「10月からは救急受け入れをやめるしかない。今入院している患者を無理やり在宅になんて帰せないが、ベッドがない」―。新潟市内で二次救急を担う桑名病院の渡辺正人院長は、現場の惨状を訴えた。国が進める療養病床削減と2008年度診療報酬改定が、混乱する救急医療に追い打ちを掛けた。「9月末までに何とかしなければ、病院がつぶれてしまう」。地域の救急医療を担ってきた二次救急に今、何が起きているのだろうか。(熊田梨恵) ■病床削減と08年度改定が追い打ち
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療養病床削減が救命センターからベッドを消す 人口80万人の新潟市。高齢化率の高い東部地域で、50年以上地域医療の中核を担ってきた同院は、脳卒中センターを備え、急性期病棟132床、療養病棟48床など計230床を有する二次救急医療機関だ。急性期の治療を終えた患者の回復期リハビリテーション病棟、療養病棟のほか、在宅の患者のための訪問看護ステーションや居宅介護支援事業所も併設するなど、トータルで患者を支援する体制を整えている。昨年は約2,100件の救急搬送を受け入れており、脳外科医不足が深刻な新潟市にとって頼みの綱だ。
しかし、地域医療に貢献してきた同院を暗雲が覆った。国が医療費抑制を目的に始めた療養病床削減と、08年度診療報酬改定だ。
「ここまで厳しいことをされるとは思わなかった」と、渡辺院長は漏らす。今回の診療報酬改定では、特殊疾患病棟入院料と障害者施設等入院基本料を見直し、脳卒中の後遺症や認知症の患者が10月以降、これらの算定要件の対象から外されることになった。同院では、療養病棟(障害者施設等入院基本料算定)の9割を脳卒中の後遺症患者が占めているため、10月以降は同基本料を算定できなくなる。現在の職員数のまま看護配置を見直せば、ベッド数を減らして在院日数も短縮しなければならない。医療経営コンサルタントからも、考えられる案がないと言われた。「入院料が算定できなくなれば、経営を維持できない。しかし、身寄りもなく寝たきりの患者を、サービスを整えられる余裕のない在宅などに帰せないし、施設の受け入れ先もない」と、渡辺院長は訴える。 同院への入院は年間1,000件超で、うち約600件が救急搬送からの入院のため、ベッドを空けなければ新しい患者を受け入れられない。しかし、三次救急の新潟市民病院と同様、慢性期の患者の受け入れ先自体が減っているため、脳卒中の後遺症患者など医療区分が低い患者の受け入れ先はほとんど見つからない。1年以上入院している患者もおり、受け入れ先があっても、自宅から車で1時間半以上も離れた介護老人保健施設(老健)だったりと、本人や家族が望む所を見つけるのは難しい。
「状態が安定していても、介護が必要な患者は多く、家族状況や経済面など社会的背景から、在宅での介護サービスの利用を想定しても、在宅療養が難しい場合が多々ある」と、同院の医療ソーシャルワーカーは話す。特別養護老人ホームや老健は待機者があふれており、有料老人ホームは入居金などの経済的負担が患者や家族にとって大きい。回復期リハビリテーション病棟も、今回の診療報酬改定が影響して、在宅復帰が見込めない患者の受け入れに消極的になる恐れがある。「受け入れ先を探す場合、患者の病状やADL、社会的背景などを考慮し、どのような患者の受け入れが可能か、これまで以上に(受け入れ先と)相談する必要がある」。例えば、身体拘束が必要な患者は受け入れ先から敬遠されることが多いため、医療ソーシャルワーカーと看護師らで連携して何とか拘束用ミトンを外し、受け入れてもらいやすいようにするなど、「地道な努力を続けるしかない」という。 世帯構造の変化も、患者の在宅復帰を阻んでいる。新潟県内には約80万世帯あるが、65歳以上の単身世帯が05年には5年前に比べて約1万2,000世帯増加、65歳以上の夫婦のみの世帯も約1万1,000世帯増えた。老老介護や独居の高齢者が増え、介護の担い手がいない家庭が増えている。医療ソーシャルワーカーが在宅復帰を家族とともに考えても、高齢者のみの世帯や共働きで幼い子どものいる核家族では、ヘルパーがいない間の介護の担い手がいない。「全介助の寝たきりでトイレに行けなかったり、認知症で大きな声を上げたりする患者は、家族が在宅復帰を渋る。せめて寝たきりの患者が帰っても安心して暮らせるだけの介護のマンパワーとサービスがあれば」と、同院の職員は話す。
「一日も早く自宅復帰できる療養病床を」と、東京で先駆的な運営を続ける永生病院の飯田達能院長は、「これは全国的な問題。脳血管疾患の患者は特に行き場がないので、急性期の病院はパンクしてしまう。療養病床は急性期と介護施設や在宅との間で有効に機能していた『クッション』で、平均在院日数が少なくなっても患者を支えられるのは療養病床があるから。これが切り取られては回復期や在宅も成り立たなくなるし、今後の医療提供体制が崩れてしまう」と危機感を募らせる。
療養病床削減が救急医療を圧迫している現状に関して、厚生労働省では「療養病床は閉鎖ではなく、医療が必要ではない人には介護に移ってもらうために転換を進めている」という認識だ。担当者は「今後、団塊世代の高齢化などを考えると、医療従事者や財源など限りある資源を効率的に配分する必要があるが、慢性期医療が必要な人のための医療は残さねばならない。実態を見て地域の医療を確保していくことは、国と都道府県の使命だ」と話している。 今年度、厚労省は都道府県が出した療養病床転換推進計画を基に、あらためて療養病床再編の方針を決め、全国医療費適正化計画を策定する。国が現場の声にどう応えるかは、計画に盛り込む数値次第だ。
最近、桑名病院の近隣の脳外科専門病院が医師や看護師の不足を理由に、夜間はかかりつけの患者以外の救急を受け入れないようになったため、同院に搬送される脳外科対応の患者が一層増えた。これまでは満床になった時でもベッドをやり繰りして何とか受け入れてきたが、満床が続くことが多くなったため、救急隊の受け入れ要請を断るケースも出てきた。
「患者を診たいのに、ベッドがない。入院基本料が算定できなくなる10月まであと半年。病院がつぶれるか、救急の受け入れをやめるか」(渡辺院長)。地域に根付いた医療を提供して二次救急を支えてきた病院が、医療崩壊の荒波にのまれようとしている。(続く)
更新:2008/04/15 14:06 キャリアブレイン
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高次脳機能障害に向き合う 医師・ノンフィクションライター山田規畝子
医師の山田規畝子さんは、脳卒中に伴う高次脳機能障害により外科医としての道を絶たれました。しかし医師として[自分にしかできない仕事]も見えてきたようです。