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医療クライシス:医療費が足りない/1 自己負担の重荷

生活保護を受けることで、ようやく咽頭がんの手術が受けられた弟を見舞う姉=京都市内の病院で3月11日、河内敏康撮影
生活保護を受けることで、ようやく咽頭がんの手術が受けられた弟を見舞う姉=京都市内の病院で3月11日、河内敏康撮影

 ◇払えず死ぬ悲劇

 「苦しくなると、病院に電話がかかってきた。でも、『外来に来て』とお願いしても、来なかった。お金がかかるからって……」

 埼玉県南東部の総合病院に勤務する医療ソーシャルワーカーの女性(25)は今でも、今年1月に亡くなった60代の肺がん患者の男性を忘れられない。

 男性は、60代の妻と自閉症の20代の長男の3人で暮らしていた。昨年3月、心不全のため救急車でこの病院へ搬送。その後の検査で肺がんが見つかった。

 収入は男性のアルバイト代と、妻と長男の年金で月20万円余りあったが、病気で激減。国民健康保険の保険料は払っていたが、自己負担が壁となり、手術や抗がん剤治療を断った。医療費の自己負担が収入の2割近い月3万円以上になる可能性があったためだ。

 悪化して呼吸が苦しくなっても、酸素吸引の治療すら月約2万円の自己負担が重荷となり途中でやめた。12月に入院したが、結核性の脊髄(せきずい)炎で死亡した。

 医療ソーシャルワーカーは「家族第一の人で、最後まで家族のことを心配していた。治療費の心配がなかったら、治療できたかもしれない」と悔しさをにじませる。

   ■  ■

 費用を理由に受診を控えたことによる悲劇が各地で起きている。

 京都市の50代男性は昨年11月、物がのどを通りにくくなった。しかし、「金がかかる」とすぐには病院に行かなかった。2年前に糖尿病による網膜症で視力が低下してタクシー運転手をやめており、アルバイトのわずかな収入しかなかった。

 症状は悪くなる一方で、お茶漬けを食べるのに1時間もかかるようになり、男性の姉は「このまま死んじゃうのかなあ」と覚悟を決めた。今年1月下旬、生活保護を受け初めて病院に行くと、咽頭(いんとう)がんだった。手術を受けたが、闘病は続く。

 東日本の総合病院に糖尿病で通院中の50代男性。昨年11月の離婚後も世話を続ける元妻は「治療費が払えないので、離婚して夫に生活保護を受けさせた」と明かす。

 男性は一昨年、糖尿病に加えて脳梗塞(こうそく)も発症した。仕事ができなくなり、収入は元妻のパートなどの月10万円余りに。3割負担は重く、男性は糖尿病の薬や通院を控えるようになり、まともに歩けないほど症状が悪化した。元妻は訴える。

 「収入に関係なく、病気を治したい気持ちはみんな同じだ。最低限の医療すら受けられない国に未来はないのではないか」

   ■  ■

 国保料を払えずに国民健康保険証を取り上げられ、窓口で全額自己負担が必要な「資格証明書」を発行された約34万世帯は、より受診が困難だ。全国保険医団体連合会の推計では、資格証明書を持つ人の医療機関受診率は一般の約50分の1。受診を控えたための死者も報告されている。

 後期高齢者医療制度の開始に伴い、75歳以上も資格証明書の交付対象となった。交付が進めば、受診の手控えが広がるのは必至だ。

   ×   ×

 医師不足の深刻化など「医療クライシス」の背景には、国が続ける低医療費政策がある。医療費が足りない現場で何が起きているのかを追う。=つづく

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 ご意見、ご感想をお寄せください。ファクス(03・3212・0635)、Eメール t.shakaibu@mbx.mainichi.co.jp 〒100-8051 毎日新聞社会部「医療クライシス」係。

毎日新聞 2008年4月15日 東京朝刊

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