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e株リポート:特集 日銀の迷走 中央銀行の危機封じ込め

 ◇全図解 ドル大量供給の舞台裏

 ◇マーケットを震撼させたドル流動性危機 やがて訪れる「金融政策の限界」

 昨年末から3月にかけて行われた欧米主要中央銀行の異例の大量資金供給。その背景にあった「ドル流動性危機」の謎を解き明かす。

   ◇  ◇  ◇

 米国の信用力の低い個人向け住宅融資(サブプライムローン)をはじめとする証券化市場の混乱は、米国一国の問題にとどまらず、世界の金融・経済環境に大きな影響を及ぼしつつある。これに立ち向かう米連邦準備制度理事会(FRB)は、政策金利の断続的な引き下げに加えて、欧州各国の中央銀行と協調し、異例で大規模な金融機関の資金繰り支援に乗り出している。

 まず、FRBは昨年9月18日の利下げを皮切りに、3月18日までに6度にわたる利下げを断行、米政策金利のフェデラルファンド(FF)金利は、合計3・0%も引き下げられ、現在2・25%になっている(図1)。

 FRBはさらに、期間28日の短期ドル貸出制度であるTAF(Term Auction Facility)および、ドルと他通貨を交換する為替スワップ(180日間)の導入を昨年12月12日に発表。同時に、欧州中央銀行(ECB)、スイス国民銀行(SNB)、イングランド銀行(BOE)およびカナダ銀行の欧米主要中央銀行と協調して流動性供給策に踏み切っている。

 その後も3月11日には、プライマリー・ディーラー(証券会社)に対する米国債とMBS(不動産担保融資を裏付け債権として発行された証券)のスワップ制度である「TSLF(Term Security Lending Facility)」、同月16日には窓口貸し出し(公定歩合貸し出し)をプライマリー・ディーラーに開放する「PDCF(Primary Dealer Credit Facility)」を相次ぎ導入し、大手金融機関の破綻回避に向け、強い意思を持って対応している(表)。

 前代未聞の異例の主要国中央銀行による国際協調的な流動性供給の背景には、何があったのか。

 ◇端緒は欧州市場

 金融市場における流動性危機が最初に報道されたのは、昨年8月の欧州市場であった。昨年7月30日、ドイツの政策金融機関であるIKB(ドイツ産業銀行)のサブプライム関連損失が報道され、8月2日には同行の経営悪化が表面化。独復興金融公庫による経営支援が発表された。

 1週間後の8月9日には、仏大手銀行のBNPパリバが資産担保証券(ABS)関連のファンド3本に対し募集および、解約・返金を一時停止すると発表。同日、ECBが948億ユーロ(約14兆8000億円)の資金調整オペ(資金供給)を即日実施した。いわゆる「パリバ・ショック」である。ECBによる948億ユーロの即日オペは、2001年9月の米国同時多発テロ直後の12日に実施した693億ユーロを大幅に上回る過去最大規模であった。

 一部では、一連の金融機関の経営破綻はサブプライム関連商品への投資による損失が原因とされているが、直接的には欧州におけるドル流動性の枯渇が原因と思われる。

 03年以降のマクロ経済環境の安定化、世界的な貯蓄率の増加や、実質ゼロ金利政策を取る日本やスイスからのキャリートレード(低金利通貨を高金利通貨で運用)などを背景に、世界的な資産価格の上昇が続いていた。投資先を探す余剰資金が、世界最大の金融市場を有する米ドル建て市場に流れ込んだのは不思議ではない。

 とりわけ、03年頃から急速に発行額を増加させた証券化商品市場は、余剰となった海外資金の運用先として選好されてきた(図2)。

 ドル建て証券化商品への積極運用を行っていたのが、欧州の投資家(金融機関、伝統的投資信託を含むファンド、保険・年金、および個人)であった(図3)。欧州からの資金流入の背景にはロシア、中東産油国経由の資源マネーが含まれている可能性が高い。多くの投資家は、投資に際して、レバレッジ(借り入れによる投資資金の確保)を掛けていたことが知られている。その典型で最も積極的な姿がSIV(Structured Investment Vehicle、投資ビークル)だった。

 SIVは、投資資金をABCP(Asset Backed Commercial Paper)などの短期調達に頼り、運用側では証券化商品や金融機関の劣後債を保有するという「調達構造の長短ミスマッチ」を運用戦略の主体としていた。つまり、短期資金による調達で資金コストを低く抑え、その資金を長期で運用することで利ざや(収益)拡大を図ろうとする仕組みだ。したがって、バランスシート(貸借対照表)に流動性リスクを負った構造となり、短期流動性の変化には脆い特性を持つ。

 米大手格付け機関、ムーディーズ・インベスターズ・サービスによれば、欧州のSIVの資産残高は、世界のそれ(07年3月末残高が3570億ドル〈約35兆円〉)の約40%を占め、決して小さくない市場であることがわかる。世界のドル建てABCPはピーク時の07年7月末で1・2兆ドル弱、うち主に欧州で運用されていたドル建てユーロABCPが約2500億ドルあると推計されている。

 ◇危機の本質

 こうした状況を念頭において、再び昨年7月末から8月上旬の欧米金融市場に話を戻そう。

 8月6日に、米住宅金融大手、アメリカン・ホーム・モーゲージの経営破綻が発覚し、同行が発行するABCPの償還期限延長条項が発動された。要するに、期限通りに償還されなかったのである。ABCPはこれまで銀行預金に次いで安全性が確保されていると信じられてきたため、期限延長条項の発動はABCP投資家にとって極めてショッキングな出来事となった。これを契機に、ドル建てABCPの発行が事実上、停止状態に陥り、残高は急減する(図4)。

 7月から8月にかけて流動性危機に陥った複数の欧州金融機関の傘下には、SIVやABCP調達主体(ABCPコンデュイット〈導管体〉)が存在していた。通常、SIVは資金繰り対策として金融機関などから部分的な流動性サポートを受けている。しかし、短期的かつ急激な信用収縮は想定されておらず、仮にそのような状態が生じた場合は、資産売却で負債を返済することを前提にしていた。欧州金融機関傘下のSIVやABCPコンデュイットは、調達の主力であるドル建てABCPの発行が事実上不可能となり、資金繰り補完者である金融機関にドルの流動性支援を求めていた。

 欧州におけるドル流動性問題の本質はここからだ。

 欧州金融機関にとってドルは「外貨」である。外貨の調達のためには、ABCPのようなドル建て負債を発行するか、自国通貨をドルにスワップ(交換)するかの手法を取る必要がある。前者はABCPの発行が困難になった時点で、すでに道は閉ざされたため、後者に頼らざるを得ない。一方、後者は自国通貨(ユーロ)を借りてきて、それを為替スワップ市場でドルに転換することになるため、ユーロ金利の上昇も同時に招く(図5)。

 金融機関が最も必要とする短期流動性に対し、その調達自体が不安になるだけではなく、調達金利が上昇した状態を放置することは、中央銀行の金融政策に大きく影響する。そればかりか、金融システムにとっても看過できない。この状況を放置すれば、資金繰りに窮する金融機関が現れかねず、連鎖破綻を招く危険性さえある。短期的に米国外でドル流動性が大幅に低下したことが背景にあるとはいえ、ECB(およびその後は欧州各国の中央銀行)が異例かつ大規模な流動性供給を行ったのは、このためである。

 FRBが昨年12月12日に発表したTAFや為替スワップ・プログラム(ECBおよびSNBとの間での通貨スワップ・プログラム)は、欧州で発生したドル流動性危機と欧州金融機関のドル資金調達を支援するためのものだったことは、このような背景を知れば理解できよう。

 現状、欧米大手金融機関は、(1)SIVなどへの継続的な流動性供給の必要性、(2)証券化商品発行減に伴う証券化オリジネーター(不動産保有者など)からの借り入れ要請の急増に加え、(3)証券化を前提にバランスシートに保有する証券化原資産(住宅ローン、商業用不動産担保ローン、企業買収向けローン、およびその他証券化商品など)により、バランスシート上の資産拡大圧力に晒されている。バランスシート拡大は金融機関の資金調達圧力に直結する。

 結果、主要資金調達市場である短期金融市場では、金利ボラティリティ(変動率)が増加し、金利は上昇傾向になる。だが、限られた自己資本のなかでは、金融機関のバランスシート拡大にも制限がある。必然的に継続的なバランスシート削減を目指すことになる。これは、本来は健全な経済主体に対する与信の大幅な引き締めとなり、マクロ経済全体への信用収縮につながる。昨年の米国のサブプライムローン市場の混乱が世界的な信用収縮に発展した背景には、このように証券化商品を含む「クレジット市場」が大きく関わっていたことがある。

 ◇最終的にはゼロ金利政策か

 筆者は昨年8月以降、クレジット市場発の世界的な信用収縮への抜本的解決策として3つを提案してきた。

 1つ目は、欧米主要金融機関への迅速かつ大胆な資本注入。2つ目は高格付け証券化商品(すべてのトリプルA格商品)の買い切りオペの実施。3つ目は米住宅ローン市場への直接的な流動性・信用供与である。

 前2者(いずれも公的資金の投入には法改正や法制定が必要)は、信用収縮の直接的な要因となっている金融機関のバランスシート拡大圧力に対して直接的に影響する。すなわち、今、欧米金融機関が直面しているのはバランスシート削減に向けた「保有ポートフォリオ(資産)」の損切りであり、それに対処できうる十分な自己資本の確保である。同時に、損切り後もバランスシートに残る資産価格の安定化を図ることで、結果的に金融システムへの信頼回復と短期金融市場の安定化、そして金融機関のバランスシートの改善が同時に達成される。

 また、米マクロ経済全体を見た場合、個人消費に影響を与える住宅価格の安定化も必要不可欠だ。昨今の米住宅価格下落の遠因は、06年中盤以降の米金融機関による与信基準引き締めと考えられるため、既存債務者の救済よりは、新規需要を掘り起こすことで、住宅価格の安定化を図る必要があるといえよう。

 一方、これまでの政府・中央銀行の対応策は力不足といわざるを得ない。6度にわたる利下げは、中長期的な金融機関のファンディング環境を改善させ、また利ざや確保のための「ミルク補給」になる。しかし、その後のLIBOR(ロンドン銀行間取引金利)のボラティリティの高さや、持続的な流動性供給策に現れるように、FRBは金融機関の流動性をサポートするのが精一杯の状態で、市場からは「時間稼ぎ」と揶揄されている。

 現状、FRBを含む欧米中央銀行の流動性供給は不胎化(資金吸収)を前提にしているため、中央銀行のバランスシート規模が流動性供給の限界になる。仮に、中央銀行のバランスシートの範囲内で事態が収束できなければ、最終的には日本が経験したのと同じように、ゼロ金利による非不胎化オペ(非資金吸収)とそれに伴う中央銀行のバランスシート拡大に依存することになるだろう。米政府機関(連邦住宅抵当公庫〈ファニーメイ〉や連邦住宅金融抵当金庫〈フレディ・マック〉、FHLB〈米連邦住宅貸付銀行〉など)によるモーゲージ・ポートフォリオ拡大策は、その端緒となる可能性がある。

 一方、1990年代後半以降の日本を見るまでもなく、「流動性の罠」に陥るなかでの過剰流動性供給は、最終需要創出にはつながらないリスクも残る。今後、市場は金融システム安定化に向けたなりふり構わない政策実行への催促をすると思われる。早期の問題解決が望まれる。

大橋英敏(モルガン・スタンレー証券債券調査本部長)

2008年4月14日

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