昔から、食べ合わせで腹痛を起こしたり、死んだりすることもあった。貝原益軒は、食べ合わせについて、『養生訓』のなかで、つぎのように述べている。 中島陽一郎『病気日本史(新装版)』2005(雄山閣) というわけで、貝原益軒の食い合わせリストがスタートする。 しょっぱなを飾るのが、「豚肉に、生薑(しょうが)・蕎麦(そば)・胡荽(こすい)・炒豆(いりまめ)・梅・牛肉・鹿肉・すっぽん・鶴・鶉(うずら)がいけない」(松田道雄訳——孫引き)。 いきなり、豚のショウガ焼きがアウトを食らっている。 ひき肉の定番である牛・豚の合挽もダメ。トンカツの梅じそ巻きもいけないらしい。 と、見ていくと面白い。
「酒のあとに茶を飲んではいけない」等ともあり、アルコール&カフェインを敵視するアメリカ人の健康志向を先取りしている感もある(笑)。 現代で食べ合わせというと、かならず「ウナギと梅干し」という俗信が話にのぼるが、『養生訓』では「銀杏(ぎんなん)に鰻」しかウナギの出番がないようだ。 俗信といえば、明治を迎えるまで日本人は肉食を忌避していたのかと思い込んでいたが、ぜんぜんそんなことはないらしい。 『養生訓』の食べ合わせリストには、豚・牛・鶏肉はもちろんのこと、鹿・すっぽん・鶴・ウズラ・雉・ウサギ・かわうそ・アヒル・スズメ——と、メインの食材として獣肉が続々登場する。 まず、リストの筆頭が「豚肉」であることに注目したい。 「奈良時代に仏教が国教化したことによって、豚の飼育も途絶えてしまった」「明治維新以後、豚も再び飼われるようになった」(Wikipedia)というのが通説だとしても、本当にそうであれば、1713年成立の『養生訓』で豚肉が筆頭にあげられるはずがない。 「豚肉はダメ」という食タブーとしてではなく、「ブタとショウガの組み合わせはダメ」といった“食い合わせ”の問題としてリストアップされているのだ。 そもそも「ブタ」という和名があるほど、ブタは古来日本でもメジャーな食用家畜だった(食用家畜として飼育される以外にブタが棲息しつづけるとは考えにくい)。江戸中期に至っても、ブタは引きつづきメジャーな家畜として飼われつづけ、食用に供されていたと考えるのが自然だろう。 他の獣肉も、食べられつづけていたはずだ。 かつてウサギを1羽・2羽と数えていた慣習があり、その理由を、「鳥だから食べてよい」(ウ+サギだから鳥の仲間だとか、耳が鳥の羽根っぽいからとか)とこじつけるためだったと説明するのが通例になっている。だが、それが通説として説得力を持つためには、肉食禁止という食タブーを前提として踏まえると同時に、鳥やウサギがごく普通に食べられているという(当時の)共通認識がなければならない。 が、はたしてウサギ食は「普通」だったのか? 焼き鳥をはじめとする鶏料理が、江戸時代からさまざまに花開いて現在に至る一方、ウサギ肉は今もって日本料理のメジャーな食材ではない。 実際にウサギがどれほど食べられていたかどうかは別として、(食タブーにもかかわらず)獣肉を日常的に食べている一般庶民が、“そうでないはずの敬虔な仏教徒さえ、ウサギを鳥と偽って食っている”という諧謔を覚えなければ、その通説は通説たりえないと思われる。 仮に日本において、(食タブーを意識しつつも)肉食がずっと普通に行なわれていたとする。 それがなぜ「明治以来」と修正された形で、私たちに伝えられているのか? 次に考えなければならないのは、そこである。
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Total entries in this category: Published On: Jun 01, 2007 04:32 AM |