救急受け入れ「ベッドがない」〜特集・救急医療現場の悲鳴(1)

 療養病床削減の影響により、救命センターで患者を受け入れられない事態が起きている。国が医療費抑制のために進めている療養病床削減が、受け入れ不能などに混迷する今の救急医療現場に与えている影響とは何なのか。市民の命を支える救命救急センターや二次救急、救急隊に何が起きているのか。被災経験が教える地域の在り方とは―。
 きょうから4回シリーズで、救急医療現場の実態について特集します。(熊田梨恵)

■療養病床削減が救命センターからベッドを消す

 人口93万人の新潟医療圏を支える救急医療の最後のとりで、新潟市民病院(660床)。救命救急・循環器病・脳卒中センターや周産期母子総合医療センターを備え、年間約1万6,000件の救急患者を受け入れる三次救急医療機関だ。同院の広瀬保夫救命救急センター副部長は「患者を診たいのに、ベッドがないから新しい救急患者を受け入れられない」と、苦渋の表情をにじませた。

 橋本幸平さん(78歳、仮名)は、平均在院日数が14.1日(2007年10月現在)の同院に、2年以上入院している。橋本さんは道路を横断中に車にはねられ、同院に搬送されて一命を取り留めたものの、頸椎(けいつい)を骨折して寝たきりの状態になった。気管切開して人工呼吸器を使用、経管栄養となり医療区分は最重度の状態だ。橋本さんは住所がなく、唯一の家族である息子とも関係は断絶状態。未収金などのリスクが懸念され、受け入れ先がいまだに見つからない。「40日や50日入院している患者も最近は多い」と、広瀬医師は漏らす。

 「今まで転院先になっていた療養型の病院が、受け入れてくれなくなった」と、医療ソーシャルワーカーの星龍実さんは話す。これまで同院で急性期の治療を終えた患者の受け皿となってきた病院が、相次いで病棟閉鎖や病床削減に追い込まれたり、介護保険適用の施設に転換したりしたため、同院のベッドは受け入れ先の決まらない患者で埋まるようになってきた。同医療圏では、90床の療養病床を有していた済生会の病院が「経営を維持できなくなった」として、ファンドに土地を売却。3月末に閉院し、6月に有料老人ホームに転換する。療養病床を介護老人保健施設(老健)に転換した病院や、約80床の病棟を閉鎖して診療所になった病院もあった。

 新潟県内の療養病床は5,378床(医療型3,068床、介護型2,310床、08年4月1日現在)で、5年前に比べ131床減っている。背景には、国が進める療養病床削減政策がある。国は年間1兆円ずつ膨張する医療費を抑制するため、受け入れ先がないために入院が長期化するなどのいわゆる「社会的入院」の多い療養病床を削減する方針を打ち出しており、12年度末までに現在36万床ある療養病床を20万床までに削減し、介護型は全廃する考えだ。

 このため、06年度の診療報酬改定で、医療依存度やADLで入院基本料に差をつける療養病棟入院基本料を創設。医療依存度の低い患者を介護保険施設などに移らせるため、中心静脈栄養(IVH)など最も重度の患者と軽度の患者とで、診療報酬に約1,000点の差をつけた。このため、経営が悪化して病床の転換や閉鎖を迫られる施設が相次ぎ、残る療養病床も医療区分の低い患者では受け入れない施設が増えている。現在では、診療報酬の低い軽度の患者では受け入れ先がほとんどないのが実情だ。回復期リハビリテーション病棟も診療報酬改定が影響して、在宅復帰の見込みが少ない患者の受け入れには消極的だ。療養病床が老健に転換してベッド数自体が確保されていたとしても、老健での日常的な医療は介護保険施設サービス費に包括されるため、投薬が減ったり、医療依存度の高い人を敬遠したりするなどの問題も指摘され、「療養病床でなければ、慢性期を担うのは難しい」との声が現場から上がっている。

 こうした状況から、同院に救急搬送された患者が急性期治療を終え、一般病棟に移っても、慢性期の受け入れ先がないために入院が長引く患者が増え、新しい救急患者を受け入れられない状況が常態化している。1999年は3.8日だった救命救急センターの平均在院日数も、今では約1日延びた。このため、最後のとりでの三次救急である同院も、救急隊の受け入れ要請を「満床」を理由に断らざるを得ないことが近年増えてきた。「患者を診たくても、受け入れられないのがわれわれの最大のストレス。せめてベッドの回転が良くなる仕組みがあれば」と、広瀬医師は訴える。

 特に橋本さんのように、住所不定で無収入のほか、老老介護や独り暮らしなど、在宅復帰や家族との関係が難しいケースでは、受け入れ側が難色を示す。広瀬医師は「高齢化とともにそういう人が増えているので、なおさら受け入れ先を探すのが難しいが、救急で運ばれてきた患者は断れない」と話す。入院中に成年後見制度を利用するケースが昨年は3回あるなど、搬送患者の福祉的な支援のため、入院期間が延びることもある。広瀬医師も「今後、団塊世代が高齢化すると、大量の医療・介護難民が出るのではないか」と懸念する。

 こうした状況は、新潟にとどまらない。東京では療養病床が足りないため、近隣の県に慢性期の患者を送るケースが増えている。長野県内で、病院や特養、老健、有料老人ホームなどを展開している松本協立病院の医療ソーシャルワーカー、赤坂律子さんも「地域で対応できるようにさまざまな施設を備え、何とか対応してきたが、最近は急性期からの受け入れ先が足りなくなってきた。制度そのものがおかしいとしか思えない」と指摘する。

 昭和大学病院の有賀徹副院長(医学部救急医学教授)は「日本の縮図」と、新潟県の現状を指摘する。「救急医療に携わる医師は後方ベッドの確保を第一に考えてきた。救急患者の出口の議論をせずに、入り口の話だけをする今の政策には意味がない。今にどこの病院のベッドもパンクしてしまう」と語る。「国はまず、医療全体のあるべき姿を描き、国民に理解を求めることから始めなければ。今のような行き当たりばったりの政策ではいけない」と訴える。

 新潟市民病院のICU。急性アルコール中毒で搬送されて来た独り暮らしの高齢の男性が寝ている。広瀬医師は昨年も、救急搬送されて来た彼を診た。退院しても、こうして何度も運ばれて来る患者もいる。「これまでは、頑張っていれば救急医療もだんだんと良い方向に向かうのだろうと、漠然と思っていた。でも、今は先の見通しがまるで立たなくて、不安の方が強い。この中でどうやって頑張れというのか…」。広瀬医師は患者を前にうなだれた。(続く)


更新:2008/04/14 23:32     キャリアブレイン

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08/01/25配信

高次脳機能障害に向き合う 医師・ノンフィクションライター山田規畝子

医師の山田規畝子さんは、脳卒中に伴う高次脳機能障害により外科医としての道を絶たれました。しかし医師として[自分にしかできない仕事]も見えてきたようです。