山スキー記録    熊谷トレッキング同人

雷鳴とどろく風雪の北アルプス
爺が岳・扇沢滑降


山域山名:北アルプス・爺が岳(長野県)<当初目的ルート:鹿島槍ヶ岳コヤウラ沢滑降>
期  日:2005年5月13日(金)〜15日(日)
参 加 者:浅見、宮田(計2名)
行動記録:
5/13 循環器病センター(21:00)=扇沢(0:30)

 高速の車内で明日の行動を打ち合わせる。計画の扇沢直登は、残雪の状況、沢底から種池小屋付近稜線までの急傾斜地形、ここ2日間の寒気による新たな積雪のため、安全に登れる状況ではないと判断し、冬の一般ルートである爺が岳南尾根に取り付くことに決め、すぐに留守本部安藤氏にメール送信を行う。
 扇沢駐車場に着くと、アルペンルートで立山に向かう山ヤのテントがいくつも張られ、ひんやりとした満天の星空に天の川が輝いていた。「今回の計画どおりに行動できたら、かなりハードなものになるだろう」と健闘をビールで乾杯し、羽毛シュラフにもぐり込む。

5/14 扇沢橋1330m(6:15)→爺が岳南尾根1650m(7:00/7:15)→1910m(8:12/8:30)→
 2120m(9:20/アイゼン装着/9:40)→JP2320m(10:15/10:30)→
 南峰直下2500m(11:15/アイゼン脱/11:40)→爺が岳南峰2660m(12:10/昼食/12:40)→
 白沢源頭滑降to2560m→爺が岳南峰(13:10/13:40)→北峰北側直下2550m(14:25/14:35)
 →冷池山荘2420m(15:16)

<天候;快晴>
 車を南尾根ルート取り付きの扇沢橋に移動する。道路脇にはすでに千葉ナンバー乗用車が2台があり、先発しているようだ。雪のない柏原新道をシートラーゲンで登り始めるが、ザックの両サイドにつけたスキー板が枝に当たり、体も気力も消耗する。1750m付近で
‘ここから夏道を外れ尾根上を登るように’との立て看板があった。我々は出来るだけ刈り払われた空間を登りたいため、‘夏道が1950m地点で尾根上を抜けている所まで’ともう少し登ってみたが、すぐに硬い残雪のトラバースに阻まれ、仕方なく尾根上を進む。
 冬期から6月上旬まで歩かれているこの南尾根ルートは、踏み跡は割としっかりしていた。しかし、頭上の枝は如何ともし難く、スキーのトップとテールが、交互に、同時に、容赦なくぶつかりその都度ストップ。お互いに「右、左、後退」と声を掛け合い通過していく。2000m付近からうっすらと昨日までの新雪が積もり、2050m付近からは尾根東側雪庇上を登れるようになった。「これで枝との格闘から解放される」と、ホッと一息である。2120mでアイゼン装着し、グングン高度をかせぐ。
 2320mで本当の南尾根とぶつかるが、ここで初めて爺が岳の山頂が見えた。尾根奥の爺が岳南峰と、白沢をはさんでその右に尖った中央峰が美しい。振り返れば、針ノ木雪渓の奥にマヤクボカールをしたがえた針ノ木岳、赤沢岳、岩小屋沢岳へと続く稜線は、この2日間にたっぷりと積もった新雪で真っ白に輝き、ルンゼや岩壁では昨日から今朝にかけての無数の表層雪崩跡が確認できた。まるで冬山の様相である。また、扇沢から種池小屋に突き上げる稜線下にも、小規模ながら2箇所雪崩れたようだ。今日の条件であれば、この南尾根ルートが正解だろうと話す。この先も素晴らしい景色を楽しみながら、快適な雪稜登行が続く。
 2500m付近で岩の露出が多くなり、アイゼンを脱ぐことにする。途中で抜いた日帰りの千葉の山スキーグループがここで追いつき、扇沢滑降の話しとなる。彼らも扇沢底までの雪の状態に確証がないらしく、我々に話しかけてきたのだ。「雪がつながっていれば山頂からダイレクトに落ちる斜面が最高であるが、ダメなら南尾根2450mからの支尾根を回り込んでから扇沢に滑りこむルートしかないか」、との考えで一致した。(我々は明日、ダイレクトに攻めて、この心配どおりのことになる……)
 南峰頂上に立つと、吊り尾根で結ばれた双耳峰が優雅な鹿島槍ヶ岳が目に飛び込む。黒部川を挟んで、毛勝三山、剣、立山と絶景だ。昼食の後、山頂から一気に落ち込む白沢源頭を滑ることにする。眼下には大町盆地、真正面には槍ヶ岳、何とも最高のロケーションだ。さあ行きましょう、浅見さんがまず飛び込む。最初の2,3ターンは新雪も5p程度で快適ターンだ。しかし、下に行くほど重たい新雪が20p程に厚さを増し、板が回しづらくなってきた。まだまだ素晴らしい斜面は続くが、標高差100mで打ち切る。
 南峰頂上に再び登り返し、またシートラーゲンで冷池山荘に向かう(結局は2日間とも、登りでは板を担ぎっぱなしであった。晩春は短いスキー板がよい)。西斜面につけられた登山道には吹き溜まりで50p以上の新雪がたっぷり詰まり、まるで初冬の山を歩いている気分だ。足を取られながらで思ったより時間がかかったが、午後3時過ぎに昨年新築したばかりの冷池山荘に到着。今日の宿泊者は同じ南尾根ルートを登ってきた年輩の男性3人組のみ、貸し切り状態だった。すぐに部屋脇の廊下(というより、ベンチが置かれたサンルームとでもいえようか)で剣岳を眺めながら、ビールとウィスキーで夢心地となる。翌日の雷、吹雪など、この時には夢にも想像はしていなかった。
 ※1泊8600円、水1Lは無料、足らない時は150円/L、越冬ビール1本サービス、トイレの手洗い水道が出なかった以外はとても快適でした。

5/15 冷池山荘2420m(9:50)→爺が岳南峰2660m(11:40/12:00)→
 南峰直下南西側2530m(12:15/12:30・滑降開始)→扇沢右俣滝上1900m(13:20・登返し)→
 支尾根2100m(14:30/14:50・滑降開始)→扇沢底1720m(15:00/15:05)→
 扇沢堰堤上1450m(15:20/スキー脱/15:30)→扇沢橋1330m(15:50)=大町温泉=
 循環器病センター(20:40)

<天候;吹雪&雷(標高2000m以下みぞれ、雨)>
 前夜の天気予報が当たり、午前5時に起床した時には吹雪となっていた。残念だが、この天気では鹿島槍は諦めだ。7時のNHK天気予報で今日の天候を確認する。函館沖に寒気を持った低気圧が東北地方に南下中、北海道や東北は雷を伴い大荒れ、長野北部も午前、午後とも降水確率50%で時々雨だが午後は平野部で晴れ間があると予報。レーダー解析をみると、ちょうど今上空の前線が南下中のようだ。午後の回復に一途の望みをつなぐしかないのか。(翌日の新聞で、夕方に都心でも5年振りにヒョウが降ったことを知った。寒気はかなり強くて、南下したということである)
 今日の行動を相談する。視界がなければ扇沢滑降はとても無理、かといって南尾根をスキー板を担いで下るのも‘地獄’そのものでしかない。結論は、視界不良の最悪の場合は南尾根下降とし、午後に視界が出てくれば扇沢滑降とする。最悪の場合の下山時間として、爺が岳まで約2時間、南尾根下降に約4時間の計6時間と想定し、小屋待機を午前10時までする。体力温存のため、ストーブ焚く温かい談話室で読書タイムとなる。話題は、次回例会学習でもある沢登りの今シーズンプランの話だ。
 午前9時から出発の準備を始め、間食にインスタントコーヒー(お菓子付き150円)で腹ごしらえを済ます。アイゼンをつけていざ出陣だ。気温はそれほど低くなく0℃前後ほどだろうか、雪はあられに近い粒状だ。稜線に出ると西風が強く、あられが容赦なく頬を叩く。ラッセルも深く、吹き溜まりでは膝上まで潜り、先頭を交代しながらひたすら登る。「これではまるで冬山登山じゃないか」。中央峰下まで登った頃、一瞬ではあるがガスが上がり、種池小屋が視界に入る。前線が通過して回復傾向のようだ、「がぜん元気が出てきたぞ」。しかし、またすぐにガスに包まれ吹雪とともに風も強まる。時々吹く突風に耐風姿勢を取った。
 小屋を出て2時間弱、休みなしで南峰に立つ。少しでも風を避けようと白沢側にステップを切りザックを降ろす。間食を食べ始めた頃、いきなり西の方向から‘ゴロゴロ’と雷鳴がとどろく。「これはやばい」、と青ざめる。正直、内心では「壮絶な山行になるかも」と覚悟する。急いでザックを締めて直ちに南尾根の下降を始める。直後、突風で一瞬ザックが浮き上がるが、耐風姿勢を取り難を逃れる。下るにつれてガスが薄くなる瞬間があり、扇沢滑降への目印とした灌木帯が視界に入る。転倒しないように注意しながら急いで降りる。灌木帯の入ると風も弱くなり、ホッと一息つく。
 雷のなか、稜線をこのまま鉄のエッジ付き板とピッケルを持って下るのはリスクが高い、雪がつながっていれば我々の力量ならスキーで扇沢橋までせいぜい2時間ほど、早く安全に下山できる。視界も出てきたためこのまま扇沢を滑降することに決める。目標とする支尾根上のダケカンバに向けて滑降開始だ、さあ、早く行きましょう。滑ってみれば快適快適、あられパウダーも楽しいではないか! トラバース気味に滑降していくと、眼下にきれいな大斜面が扇沢に続いている。浅見さんも「いいねー」と一言。もう一度地形図で確認、この斜面は山頂からダイレクトに扇沢底1729mに落ちている、仮に1900m付近で滑降不可能となっても、2000mまで登り返して小尾根を越せば沢底までは行けそうだ。今日は2人だけでスピーディに行動できる、行きましょう。
 標高差400mある大斜面バーンに、二人とも飛ぶようにターンを続ける。下るにつれて両側からブッシュが迫り、最後は幅5mほどになった。下で一部岩がでて水流も聞こえるが、左側のブッシュ下を抜ければいけそうである。板を脱ぎ、ブッシュにつかまりながら乗り越える。足場の良い場所で板を受け渡し、また滑り出す。しかし、その先には雪渓が途切れて立派な滝が落ちていた。左岸は急傾斜面に熊笹、右岸は岩斜面。「ダメだ、これでは先へは進めない。滑った斜面を登り返しだ」。板を脱いだ途端に、稲光りと雷鳴が同時にこだまし、尾根を挟んだ左俣から大きな落石の音が聞こえた。雨も強まり、一気に緊張感が走る。「こりゃ参ったな」とつぶやく。
 小滝状の流れの右岸側からブッシュづたいに巻けないかと雪渓上から岩に取り付いてみたが、濡れたもろい岩にプラ兼用靴では足場が不安でまったく登れない。このとき時間は午後1時28分、日没まではあと5時間。時間はたっぷりある、がんばろうと話す。一人づつ足場を固めてスキーとストックを雨ぶたで挟み込み、アイゼンとピッケルで急斜面を登る。トラバースでは、ピッケルともう一方の片手で雪をつかむように両手を駆使しながら、一歩一歩登る。ブッシュ越えでは、いったん板をザックから外し、1本づつ受け渡しする。再びザック雨ぶたで板を挟み、40度超の急斜面をアイゼンとピッケルを効かせて慎重に登っていく。高度100mほどを登るといくらか傾斜が緩くなり、緊張から多少解放される。だが、左岸の支尾根を巻くまではもう少し登らねばならなかった。さらに登り続けて2100m付近でやっと支尾根を越える。雷鳴とともに雨は相変わらず強い。高度差200mに1時間20分を費やした。「いやーしんどかった」。
 このような急斜面をスキーでは簡単に滑れても、そこを登り返すのは大変な体力が必要なんだ、と思い知る。が、その反面下る道具としてのスキーの利点は相当なものである。それと、これだけの急斜面となると縦走用ピッケルではどうにも長すぎて使いづらい。山スキー用には短いピッケルが必要だと感じた。
 昼食用のパン1個をテルモスのコーヒーで流し込み、急いで滑降体制に入る。眼下には30度ほどの斜面が続いていて、何とか沢底までいけそうだ。さあ、行こう。スキーを履けば何の問題はない、最後の急傾斜もクリアしてデブリ地帯の沢底に立つ。「これでもう登らなくて済む」、この時やっと‘下山できる確信’が湧いた。
 ネットをみると、この本沢を詰めて種池小屋へ登る記録もあるが、沢はデブリと落石が埋め尽くしていて、とてもこんな所から登りたくないと思う。両サイドからの落石を警戒し、できるだけ沢の中央を滑る。約1.5qも続くデブリ地帯を滑りきると、土石で埋まりかけた堰堤が見えた。上から2つはスキーで越え、3つ目の大きな堰堤手前で雪渓が切れたため、ここで滑降終了となる。振り返る雪渓奥に、行く手を阻まれた滝が見えた。大きな堰堤を右岸から越え、降り立った先に林道があった。扇沢橋には午後4時前に到着した。
 今日は悪天候のため何度か判断する場面があったが、二人という素早く行動できる条件であったこともあり、想定した時間に下山できたと思う。たくさんの教訓を得た、充実した山スキー山行であった。