minimamoralia

2008-03-21

フィロソフィア 13:57


 何だこれは? 『プラトン孔子も、よきにつけあしきにつけ、まず「提案」があり、批判というのはあくまでその提案を補強するための過程だった。』だって? 「提案」? なにを。だれに。学級会じゃあるまいに。徹夜で官能小説の校正をしていたので、目がすっかりボケきっているのかとも思ったが、どうやら小飼さんがお読みになった孔子やプラトンは、わたしの手元にある岩波文庫のそれとは違う本のようだ。でなけりゃ、こんな言い方するまいに。

 金谷治訳の『論語」にせよ、藤沢令夫訳の『国家』にせよ、実に端正で上品な日本語で訳されているので、なかなかそうとは気づきづらいのだけど、ざっと読んでみれば、どこを開いてみても罵倒と皮肉と自慢話ばかりの本だ。たとえばこんな感じに。

先生がいわれた。「ことば上手の顔よしでは、ほとんどないものだよ、仁の徳は。」*1

先生はいわれた。「ああしてわたくしを呼ぶからには、まさか形だけでもなかろう。もしだれかわたくしを用いてくれる人がいるなら、わたくしは東の周を興こすのだがね。」*2

また、パンダロスが犯した誓約と協定の破棄のことを、アテナゼウスの計らいによると主張する人がいるならば、われわれはそれを是認しないだろうし、神々の争いと裁きが、テミスとゼウスの計らいによるということについてもそうだ。さらにはアイスキュロスが次のように語っているのを、若い人たちに聞かせるべきではない――

  神は人間たちのうえに罪を植えつける

  家を根こそぎ滅ぼそうと欲したもうとき*3

例の、賽銭をもらって個人的に教えるほうの連中、――この連中のことをしも、彼ら大衆はソフィストと呼んで、自分たちの競争相手と考えているのだが、そのひとりひとりが教えている内容はといえば、まさにさっき話したような、そういう大衆自身の集合に際してつくられる多数者の通念以外の何ものでもなく、それが、このソフィストたちが「知恵」と称するところのものにほかならない、ということだ。*4

 だから意味がない、というのではまったくない。だからこそ、これらの書物はそれまでの世界をひっくりかえすほどの強さを持った。いまに至るまで、人間の精神を支配する強さを持った。かれらは「こうした方がいいと思います」などとはひとことも書いて(言って)はいない。そんな甘っちょろいことはこれっぽっちも考えていない。かれらは、かれらが生きていたその世界を根本からひっくりかえしてやろうという、怨念ともいうべきものに導かれて思索し、生きた。かれらは提案などしていない。ただ、批判、批判、批判した。かれらは提案というものの無意味さを骨の髄までたたきこんでいた。

 だいたい、孔子は春秋期の都市国家を渡り歩いては、何とか政治顧問としての職を得ようとし、その度に早々に追い出されて荒野をさまよった。プラトンはアテナイの高貴な家庭に生まれながら、師ソクラテスの刑死を回避させることもできず、ひとりアテナイを去った。役立たずとはまさにかれらのことではないか。そう、かれらは古代都市国家における政治的敗者だったのである。かれらを受け入れることも、顧みることもしなかった世界にたいし、いったい何の提案などあろうものか。

 かれらは叫んだ、そうとわからないように。「おれが正しい! おまえらみんな間違ってる! おまえらのやってることに正統性なんかない!」と。そして、かれらはひたすらこの正統性(レジティマシー)、行為や言説の正しさを基礎づけるもの、を追究したのである。そう、この正統性なるものこそが、その後の世界を変えてしまったのだ。

 古代都市国家における政治とは、東西ともに神託政治であったといえよう。まず神の意志があり、人間はその意志を図ることによって社会を統べる。神=絶対者がなんらかの形でひとびとに語りかけてくるのだ。そしてひとびとは、その語りかけられた絶対者の意志を、そのたびに対話によって確認しあい、そのたびに判断する。その対話と判断こそが政治であり、世界を生きる根本であった。しかし、孔子もプラトンもこれを否定する。それは絶対者によって定められた世界のありかた=世界の絶対性を、人知のさかしらさによって改変しようとする、相対の位置に引きずりおろそうとすることではないかと。不変であるはずのものを、変化するものとして扱おうとすることではないかと。

先生がいわれた。「ただ仁の人だけが、(私心がないから、本当に)人を愛することができ、人を憎むこともできる。」*5

先生がいわれた。「君子が天下のことに対するには、さからうこともなければ、愛着することもない。(主観を去って)ただ正義に親しんでゆく。」*6

「しかるに、国家が正しい国家であると考えられたのは、そのなかに素質の異なった三つの種族があって、そのそれぞれが自己本来の仕事を行なっているときのことであり、さらにまた、それが節制を保った国家、勇気ある国家、知恵ある国家であるのも、同じそれらの種族がもっている他の状態と持前によるものであった」

「そのとおりです」と彼は答えた。

「してみると、友よ、個人もまたそのように、自分の魂のなかに同じそうした種類のものをもち、それらは国家における三種族と同じ状態にあることによって、当然国家の場合と同じ名前で呼ばれてしかるべきことになると、われわれは期待しなければならないだろう」*7

「よき友よ、一般に認められている美しい事柄と醜い事柄というのも、このような理由によって区別されてきたと言えるのではなかろうか? すなわち美しい事柄とは、われわれの本来獣的な部分を内なる人間の下に――おそらくはむしろ神的なものの下に、というべきだろうが――服従させるような事柄であり、醜い事柄とは穏やかな部分を野獣的な部分の配下に従属させるような事柄ではないだろうか?」*8

 かれらは、世界の絶対性を絶対のままに留めておくことを何よりも求めた。人間は、ただその絶対性に従って生きるべきだと考えた。その絶対性を相対的に判断してはならないと考えた。そして、その絶対性を知りつくしたひとのみが、世界のなかで生きる価値をもつ=政治にかかわる権利を有すると判断した。これこそがかれらのいう「徳」の意味であり、知を愛すること=哲学の意味である。

 かれらにとってもっとも重要だったことは、この世界の絶対性への帰依をどのように確保するかということであり、その絶対性を、この相対的な世界のなかでいかに顕現させるかということであった。都市国家における多数者による対話と判断のなかでそれを得ることはできない。その絶対性を顕現した人物が、この相対的な世界に現れることが何よりも必要なのだ。君主が必要なのだ。だからこそ、かれらは、その君主が君主たりえる条件=君主の行為や言説の正しさを基礎づける条件=正統性について考えた。かれらのまえに、そんなことを考えたひとたちはいなかった。かれら以前のひとびとはまっすぐに知そのものへと向かった。その知が正しいものであるかどうかは別の問題だった。しかし、かれらはその正しさこそを問題とした。知そのものよりも、その正しさを確かめること=愛が、知の上位にあるものだと、かれらは考え、叫んだのだった。

 かれらの死後、都市国家の時代は去ろうとしていた。その周縁に都市国家とは異なる価値観を持つ社会が生まれていた。いうまでもなく秦とマケドニアである。帝国の時代がやってきたのだ。帝国とは、ネグリとハートによる現代の〈帝国〉の定義に従えば、「単一の支配論理のもとに統合された一連の国家的(ナショナル)かつ超国家的(トランスナショナル)な組織体からなるということ」となるが、その本質は古代帝国においても同じことだ。つまりは異る神を戴き、異ることばを使うひとびとを単一の支配論理のもとに統合する世界、ということだ。この世界において神のことばはもう通じない。戴く神が異るからだ。対話と判断も成立しない。使うことばが異るからだ。都市国家における平穏かつ奇妙な絶対性と相対性の結婚の時代は去った。この帝国の世界において、帝国が帝国であるために必要なのは、帝国の主宰者、君主=皇帝こそが世界の絶対性を顕現しているという、その正統性であったのだ。

 この帝国において孔子とプラトンの怨念は、思想は、いや、やはりフィロソフィア(知を愛すること)=哲学といおう、は鮮やかに復活した。役立たずたちの叫びが役に立つものとして聞き届けられた。かれらの哲学が追究した正統性に基づいて帝国は肥大化していった。その一時期において、かれらの哲学が禁じられることもあったにせよ、帝国は基本的にはかれらの哲学を基礎として拡大していった。帝国は、帝国とその主宰者が正統なものであるというかたちでかれらの哲学を読み替えることによって、戦争をし、ひとを殺し、世界を変えた。そう、哲学はひとを殺し、世界を変えるのだ。

 繰り返す。哲学は世界を変え、ひとを殺すのだ。もちろんそれは、哲学者もまたそこから逃れることはできないということでもある。現にソクラテスは悠然として毒杯を仰いだではないか。儒者たちは生きたまま埋められたではないか。一方で、哲学は世界を護り、ひとを生かす。世界を生みだし、ひとを生みだす。哲学は剣であり、盾である。提案なんかじゃない。もし、それが提案であるかのように聞こえるのなら、たぶんわたしたちが、かれらのことばがある程度実現された世界をあまりにも長く生きてしまっているがために、かれらの怨念がわからなくなってしまっているからだ。かれらの批判が届かなくなってしまっているからだ。かれらの愛が見えなくなってしまっているからだ。知への愛が世界を変えるということを信じられなくなってしまっているからだ。

 ただ、それでもわたしは思う。かれらへの一定の敬意を抱きながらも思う。あえていう、かれらの哲学はわたしの敵だ、かれらの哲学をわたしは却下する、かれらの哲学とは違う哲学をわたしは生きる、わたしはジジェクやネグリやデリダグラムシマルクススピノザとともに生きる、世界の絶対性から遥かに、長きにわたり遠去けられた、そしていまも遠去けられつつあるひとびとのために考えるひとたちとともに生きる、と。



 「おまえらみんな間違ってる。おまえらの祭祀のやり方は間違ってる。おまえらの音楽のやり方は間違ってる。おまえらの易のやり方は間違ってる。おまえらの礼拝のやり方は間違ってる。おまえらの政治のやり方は間違ってる。おまえらの世界の解釈のやり方は間違ってる。おまえらの生き方は間違ってる。みんなおれがぶち壊す。みんなおれが元に戻す」、こう心のなかで叫んだあと、孔子は弟子たちに向かって語り始めた。

学んでは適当な時期におさらいする、いかにも心嬉しいことだね。だれか友だちが遠い所からもたずねて来る。いかにも楽しいことだね。人が分かってくれなくても気にかけない、いかにも君子だね。*9

*1:『論語』、金谷治訳注、岩波文庫、p21

*2:『論語』、p345

*3:『国家』(上)プラトン、藤沢令夫訳、岩波文庫、p162-163

*4:『国家(下)、p40-41

*5:『論語』、p70-71

*6:『論語』、p75

*7:『国家』(上)、p304

*8:『国家』(下)、p293-294

*9:「論語」、p19-20

いしけりあそびいしけりあそび 2008/03/22 22:09 甘美な選曲ですね〜。ああ、ついこの間年が明けたとおもったらもう桜の季節だ…
ところで、業務連絡ですが、“Fuego a la Jicotea”の意味、ヤフーに質問しておきました。

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