まだ早い朝の陽射しがカーテン越しに差し込む室内に、少し高い電子音でハーレムノクターンが鳴り響く。 「ふぁあぁぁぁぁぁ…
ごそごそとベッドから手が伸びる。
寝ぼけ眼で、横島は早朝の電話に口を開いた。 「ふぁい、横島…
あ、と言って、呆然と通話の途切れた携帯を見遣る。 「まだ7時すぎじゃんか…」 京都から帰って来た翌朝。
「はぁ、しゃあねぇなぁ…」 諦めた様に呟くと、のそのそと布団から出て立ち上がる。
「それじゃあこのか、行って来るから」 「気ぃつけてなぁ〜」 いつもの遣り取りで、朝の配達に向かう明日菜を見送る。
一度布団に戻って、明日菜が帰って来る頃に起き出しても間に合うのだが、ルームメイトになってよりこちら、木乃香も習慣の様に付き合って寝起きしている。 何だかんだ言っても、家族のようなものなのだ、彼女にとっての明日菜は。
ちなみに、ネギはまだ寝ている。
「カモくんもその内帰ってくるやろし、今朝なんにしたろーかなぁ」 べらべら喋るようになったオコジョを思い出しつつ呟く。 少し悩んで、木乃香は煮魚を中心にした和食にしようと決めた。
その作業を終えると、更に丁寧に鍋などを洗い出す。 やがてやる事が無くなると、木乃香はテーブルに腰を下ろした。
「えっ? …あぁ、そやそや」 そう呟くと、慌てて懐から一枚のカードを取り出す。 意匠は凝らされているのに、中央の絵と文字が全てを台無しにしているカードを。
『おはようございます。 どないしたん、横島さん?』 『あぁ、おはよーさん。 早くに悪いな』 初めての普通の生活での遣り取り……勿論カードを介してと言う意味での、に少し紅潮して『もう起きとったしなぁ、別にえぇよ』と返す。
『それより、なんや用なん?』 『あぁ、そうだった。
その言葉に首を傾げた。 ネギをと言うならまだしも、エヴァが自分と夕映を呼び出す理由にイマイチ心当たりが無かったからだ。 これは、詠春が近右衛門を通してからと考えた為、まだ彼女自身に話が通っていなかったからである。 『ま、ええわ。
『あぁ、よろしく頼むな』 会話を終えるなり、空になったカップをシンクへと運び、ととっと部屋に戻って今度は自分の携帯を手に取った。
「これも… これも… これも… これもっ。 これもっっ」 がっくりと肩を落として夕映が呟く。
と、ソコに鳴り響いたのはホルストの木星。 2小節ほど鳴った所で、夕映はのそりと自分の携帯を手に取った。
「はい… おはようございます。 どうしたですか、このか?」 こんな時間の電話に、ごそごそと起きてきたルームメイトの のどかとハルナが、彼女へと顔を向けた。 「えぇ。 いえ、起きてましたから別に。
何やら困惑気な夕映の様子に、二人は視線を交わした。 「なんだろうね?」 「さぁ… ネギ先生の事じゃなさそうだけど」 何気なくの呟きに、ハルナの目が光る。 「もう、この娘と来たら、寝ても醒めてもネギ君の事ばかりなんだから〜」 「えっ?
無意識の発言に気付いて、わたわたと赤くなったのどかが弁解を始める。 そんな二人に気付かず、夕映は話を続けていた。 「…はい。 丁度、私も訊きたい事があったです。
「このか、なんだって?」 一頻りのどかで遊んでいたハルナは、話が終わったと見て尋ね掛けた。 「ちょっと急ぎの用があるので、申し訳ないですが私は出掛けるです」 「えっ? ゆえ、どこか行っちゃうの?」 一人で抑えきれる様な状態ではないだけに、のどかの声はどこか懇願調だ。 ハルナもまた、人手が足りなくなる事もあって、じっと夕映を見詰めている。
その事は夕映も当然判っていた。
「ごめんなさい。 私が頼んでいた事なので、向こうの用事も外せないんです」 ぺこりと頭を下げる彼女に、ハルナは気にし過ぎるなと苦笑した。 「麻帆良の印刷屋は、今月いっぱいなら何とかしてくれるだろうしね。
『準備出来たえ』 「お、早かったな」 直接頭に届いた木乃香の言葉に、所在無げに佇んでいた横島の表情が明るくなった。 ここが女子高の寮と言うなら、そりゃ気持ちも浮き立っていただろう。 抑え切れず吶喊していたかも知れない。
『んじゃ、入り口のそばで待ってっから』 バンダナの下に入れたカード越しにそう言葉を送ると、よっこいしょ、と立ち上がる。
「このかお姉様に何の用なんですか?」 「って、愛衣ちゃん?」 少し不機嫌そうな声に振り向けば、既知の顔と気付いてホッとする。 彼のカードを介しての念話は、コピーとだけでなくマスター間でも繋がる。 と同時に、一定範囲内に居るカードの持ち主全てにも、満遍なく届いてしまう仕様だった。
「なんかエヴァちゃんが呼んでてさ。 で、夕映ちゃん連れて来て貰ってんだわ」 「ああ、エヴァンジェリンさんが…」 こちらは理由に思い当たるだけに、納得も早い。
と、そこへ夕映の声。 「お待たせしました」 視線をそちらに向ければ、寮の入り口から出て来る、それぞれ小さなバッグを持った二人の少女の姿があった。
「あ、おはようございます、このかお姉様」 「愛衣ちゃんや〜 おはようさん〜」 朝の挨拶を交わし合う木乃香と愛衣に、夕映もぺこりと頭を下げて混じる。 「したら、愛衣ちゃんも一緒なん?」 「い、いえ。 私は不審な男性が寮の前に居るって起されて、そしたら このかお姉様と横島さんの話が聞こえてきたんで…」 その言葉に納得いった様に、木乃香と夕映が頷く。
「横島さんでは不審者扱いも仕方有りませんね」 「おいこら、なんで俺だと仕方ないんじゃ?!」 食ってかかる横島に、彼女は半目で肩を竦ませると、フッと溜め息を零した。 「言ってもいいんですか?」 「くっ…」 夕映の言葉に、心当たりがアリ過ぎて横島が怯む。 「まぁまぁ、ゆえもそぉ尖らんと…」 そんな二人の間に入って木乃香が宥めるのを、ちょっとつまらなそうに眺めた後、愛衣は3人に声を掛けた。 「取り敢えず問題なさそうですし、私はそろそろ戻りますね。
「ん? そっか。
そう声を掛ける横島に「はい」と答えて頭を下げると、愛衣は寮へと戻って行く。 「さて、さっさと行こうか。 エヴァちゃん、あんま遅いとうるさいだろーしな」 「そうですね」 3人は、葉桜になった並木道の方へと、ゆっくり歩き出した。
「なぁなぁ、横島さん?」 「ん?」 「さっき、愛衣ちゃん、また明日って。 なんやあるん?」 二人に歩調を合わせていた横島は、その質問に軽く逡巡して立ち止まった。 「ん〜
「私が聞くと拙ければ離れてますが」 「いや、言い触らさなきゃいいよ」 手を軽く振ってそう笑う。 「まぁ、ぶっちゃけた話、愛衣ちゃんや高音ちゃんと夜間警備やってんだわ」 その言葉に一瞬怪訝そうにするも、横島のみならず愛衣にしても魔法と言う異能持ちだと思い出して、夕映は納得した。 ここ麻帆良が木乃香の実家と同じく魔法使いの拠点だと、その事を彼女は認識しているのだ。 逆に認識の甘い木乃香は、心配げに訊ねた。 「そら、あぶなないん?」 横島の事は頼りになると認識しているが、それでも愛衣は彼女から見て尚 年下の少女なのだ。 「いや、あんましそー言う事は起き…」
返事を遮って掛けられた突然の怒声に、木乃香と夕映がびくりと身を震わせた。
「なんだなんだなんだ、横島。 その態度はっっ!!?」 「いや、おまいら、ホンっトに暇だな…」 繰り返すが、そろそろ日が高くなってきているものの、休みの日だけにまだ早いと言える時間帯である。
「突然休んだかと思えば、女子中等部の修学旅行に紛れて帰って来やがって!!」
周囲を取り囲む中等部から大学部にかけてらしき男たちが、血涙流して「そうだ、そうだ〜」と唱和する。
「な、なんですか、コレは?」 「いや、何と言ったらいいか…」 異様な集団を目にし、思わず横島の影に隠れて呟く夕映に、額に手を当てて言い淀む。
「問われて名乗るもっおこがましいがっっ」
轟く名乗りに合わせて、その背後にドドンっと土煙が上がる。
ちなみに、後ろの方には地に拳を構え苦笑している漢たちが居る。 どうやら、彼らが遠当てを地面に向けて効果の演出をしていたらしい。 何とも付き合いのいい事に。 「ちなみに、現在、絶賛 会員募集中っっ」 「部活かよっ!!」 思わず、横島がツッコミを入れた。 「学園側には、ちゃんと申請済みだっっ」 …本当に部活動だったらしい。 はぁ〜〜っと、その身も蓋もなさに、溜め息が零れた。
「女子中等部の佐倉愛衣嬢やっ」
どうやら追いかけっこの常連組たちは、身元の特定が済んでいるようだ。
「む〜
笑顔のまま、どこか不満を漂わせて、木乃香が尋ねる。 「ほら俺、3月の終わりにこっちに来たばかりで、ここの地理判んなかったから案内して貰ってるって、木乃香ちゃんには言った事無かったっけ?」 「…あぁ。 そないな話、前ゆーてたなぁ」 図書館島を案内した時に、確かに説明を受けている。
「で、その最初の時にさぁ。 愛衣ちゃん、ウチの学校まで迎えに来ちゃってさぁ…」 タハハ、と思わず苦笑い。 「あぁ、それでこの騒ぎですか…」 夕映も話から、即座に理解した。
まぁ、嫉妬する側からしたら、相手の都合など考慮の外。
「いつぞやの双子の小学生やっ」
「色々と、なされてるんですね。
「ま、まぁ、それは置いといてだな」 それぞれ別の理由で、プクっと頬を膨らませてる二人に、横島は愛想笑いを掛けた。 そんな様子すら、嫉妬の眼鏡越しには いちゃついているようにしか見えないのだろう。
「怨敵滅殺。 今日こそ、我等が天誅を受けよっっっ!!」 「だ〜っっ! ナニが天誅じゃボケ〜〜っっ!!
叫び返すなり、『いつもの様に』二人を小脇に抱えて走り出す。
ドドドドドっと地響きを上げて遠くなる集団が居なくなったソコに、二人の少女がスクッと降り立った。 「相も変わらず、でごさるなぁ、あの仁は」 「やはり出来るアルか?」 チャイナの古菲が、ラフなロングパンツ姿の楓へと尋ね掛ける。
「拙者が初めて会った時には、あの伝で30分ほど山の中を走り回っておったでござるよ」 「む… なかなかの体力アルな」 歳を考えると天才的と言っていい古菲であるが、そんな彼女にも彼の実力は判別し難かった。
だがそうである故に、あの走りは不自然な点も多かった。 如何に軽いとは言え、少女二人。 荷物と合わせれば80Kg近くになるだろう。
それに。 「追いかけてる中に、見た顔が有るアルよ。
朝のトレーニング相手の何人かが混ざっていた。
「なかなかの練度の者が、確かに混ざっていたでござるな」 「楓もそう思うアルか?」 こくりと頷かれて、うんうんと笑顔を零す。 強い者と戦ってこそ。
そして、明らかに突き抜けた……とは言っても表に居る水準でだが……面々が、勝負を求めて横島を追い掛けている。 表情を見る限り、その筈だ。
「楓は、あの男に勝てるアルか?」 「横島殿に、でござるか? うーむ…
首を傾げるのは、戦っている姿を見た事が無い故、想像するしかないから。
予想もつかない突拍子の無さこそが横島の真骨頂なのだから、当然と言えば当然。 「…まともに攻撃が入れば、何とかなるやも知れぬ。
顎に手を当て、首を傾げ傾げに出てきた答。
彼女が知る限りで、ここ麻帆良の最強の一人なのだ、楓は。
「それほど、アルか…
「あの性格故、出逢いしなに襲い掛かるより、きちんと申し込む方が良いでござろうな。
何度か顔を合わせてるだけに、そのアドバイスは的確だった。
「そか。 楽しみアルな」 本当に嬉しそうに、歳相応の笑みが零れる。 バトルジャンキーに付け狙われるのは、最早 横島の運命と言ってもいいのかも知れない。
【続きは… 神の思し召すままに】
ぽすとすくりぷつ ちなみに、ネギはまだ寝てます。 もう暫くすると明日菜が帰って来て、2度寝に入るかなってくらいの所ですね。 彼らに関しては、次回辺りで触れられる……かなぁ?(^^; そりと、この話では夕映の部屋も のどかたちと一緒にしちゃってますけど、実際の所、部屋割りってどうなってるんでしょうねぇ? 明日菜・木乃香と亜子・まき絵、楓・鳴滝姉妹と千鶴・夏美・あやかの4部屋は描かれてますけど… 千雨はなんか一人部屋っぽいし、ハルナとのどかも会話からそうらしいってだけだし。
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