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社説:原爆症認定 選別ではなく救済の物差しに

 国の原爆症認定基準が改まり、運用が始まった。被爆者団体側は評価しながらも、今後も線引きによる切り捨てが懸念されるとし、全面救済を求めている。原爆被災後、長年公的救済から疎外されてきた被爆者の行政不信は深い。新基準の誠実な運用によって、選別ではなく救済の理念に徹した対応を望みたい。

 原爆症とは、原爆に起因し、治療が必要と認定を受けた疾病・健康障害だ。これまで認定は、原爆投下時の位置などから放射線量を推定し、性別、年齢と病気の疫学的データなどに基づき確率を算定する「原因確率」を基準にしてきた。

 しかし、あまりに機械的で個別状況にそぐわないと批判があった。実際、被爆者健康手帳を持つ約25万人のうち、原爆症認定者は約2200人と1%にも満たないのが実情だ。認定却下取り消しを求めて各地で起こされた裁判で国は相次いで敗訴し、これに促されるように新基準を策定した。

 新基準では、原因確率が10%以上なら認定。10%未満なら審査会にかけ、爆心地から3・5キロ以内で被爆するか、100時間以内に爆心地に入ったり、その後でも1週間程度滞在した人で、がん、白血病、心筋梗塞(こうそく)など五つの典型症にかかっている--などの条件を満たせば認定する。条件外の人は個別審査で総合的な検討をし、原爆に起因と判断されれば認定する。

 前基準では結果的に爆心地から約2キロ以内でないとほとんど認定されず、遠方で汚染の「黒い雨」を浴びたり、入市して残留放射能を浴びた場合など個別実態を十分反映できていなかった。原爆は第1撃の大量破壊に次いで広範囲の汚染、さらに救援のため接近する人たちの健康を破壊する。これまでの基準はこの危険性と特殊性に応えきれていなかったといえるだろう。

 今後審査は迅速化され、認定者は今の約10倍になるとみられる。「消極的で遅い」対応が改まるなら、新基準は大きな前進である。

 しかし一方で、緩和されたとはいえ基準という物差しは運用によって機械的になったり、ふるい分けのネットになりかねない。国敗訴の判決内容を踏まえ、個別審査を弾力的に運用することによって幅広い救済を強く推し進めるべきだ。

 被爆者は戦後占領期は実態を封印され、放置同然に多くの人々が亡くなった。その後も政府は積極的に実態の掘り起こしや救済に踏み出さなかった。そうした中で、社会の偏見差別や不利を避けるため、被爆体験さえ隠した人も少なくない。

 最も若い胎内被爆者でも60歳をとうに超えた。被爆者自体が年々減っている。「唯一の被爆国」を称する政府なら、司法判断に促されるまでもなく実態に踏み込み、できうる限りの施策を講じなければならない。

 今がその時だ。

毎日新聞 2008年4月13日 東京朝刊

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