熊谷市佐谷田の市道で2月、夫婦2人が死亡、7人が重軽傷を負う事故があった。捜査当局は、泥酔状態で乗用車を運転した男(32)とともに、男に酒を提供した同市内の飲食店経営者(45)を逮捕、起訴した。飲酒運転に対する厳罰化の機運が高まり、酒を提供する飲食店の刑事責任が問われ始めている。飲食店側の飲酒運転対策はどうなっているのかを探った。【町田結子】
2月17日午後7時25分、ゆるいカーブを描く道だった。3人乗りの乗用車が時速100キロ超のスピードでセンターラインを越え、2人乗りの乗用車に接触。さらにその後続の一家4人が乗った軽乗用車と正面衝突した。軽乗用車の夫婦(ともに56歳)が死亡し、4人が重体、3人が重軽傷となった。男の血液から、酒気帯び運転となる基準の7倍の1ミリリットル当たり2・2ミリグラムのアルコールが検出された。
「罪悪感でいっぱいです」。酒を出した大衆食堂の経営者は、取材に震える声で答えた。「車で来たことは知っていたが、少しならいいかという気持ちで出してしまった。うちで飲ませなければ……」。この約3時間後、道交法違反(酒類提供)容疑で逮捕された。
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今回の事件は、酒と車の問題の根深さを改めて浮かび上がらせた。
公共交通機関の利用が難しく、日常の足を車に頼る地域の飲食店経営者らは、「すべての客が酒を飲むわけではない。駐車場がないと商売にならない」と口をそろえる。逮捕された経営者の店も数十台分の駐車場を備え、車での来店者が多いにもかかわらず、求められるまま酒を出した。「代行運転の利用は勧める。けれど(利用するかの)最後は客の判断。うちだけ厳しくすると、売り上げに響く」。県北のある飲食店経営者(39)はこう本音を漏らす。
しかし、沖縄県うるま市の飲食店では、客の入店時に車のキーを預かり、飲酒した人にはキーを渡さないシステムが浸透している。沖縄県は、飲酒運転の検挙件数が人口比でここ数年全国一。その中でうるま市は05年(621件)、06年(663件)と検挙数がワースト1だった。その汚名を返上しようと、07年5月から市内の飲食店の約7割の約200店が「カギ預かり板」を設置した。入店時に客のキーを預かり、客が飲酒すると、従業員が直接、キーを運転代行やタクシーの運転手に手渡す。住民意識の高まりもあり、07年の検挙数は前年比45%減の364件まで減少した。
だが、埼玉県東部の居酒屋経営者はこの取り組みについて、「うちだけ無理に押し付けたら、客とトラブルになりそう」と及び腰だ。
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県内でも飲食店側が足並みをそろえて、飲酒運転撲滅に乗り出したところもある。
昨年12月、神川町料飲組合(40店)が、運転代行を利用する客に500円の割引券を渡すサービスを始めた。代行業者が300円、飲食店が200円を負担する。
モデルにしたのは同町元原の「手づくり酒房 はんぞう」(山口健一店長)の取り組みだった。
はんぞうは児玉工業団地内にある。客は車通勤の工場の従業員が多いため、50台収容の駐車場を備えている。飲酒運転への風当たりが強まったことで、02年ごろから「店の売り上げが落ちた」(山口店長)という。そこで同店は「客のニーズにあった店づくりを」と、運転代行を頼む費用の割引サービスを5年前に考案した。
神川町の料飲組合と契約する代行業者は6社。割引サービス開始から3カ月間で、約1100枚の割引券が利用された。「代行が使いやすくなったという客の声が多く寄せられている」(同町商工会)という。
同様のサービスは、美里町で07年5月、鷲宮町で同年6月に導入された。だが、両町とも商工会に費用負担を求め、予算不足からともに今年2月で終了した。
「飲ませたら乗らせない」という運動に、地域の飲食店が連携して取り組む動きはまだ限定的だ。しかし、他県では▽市内一律1000円の会員制運転代行(岐阜県海津市)▽市民ニーズに対応した夜間バス運行(松山市)--など、飲食店と行政、民間企業が協力した事業が進んでいる。
酒を飲んで運転すれば車は凶器に変わる。人の命にかかわる逼迫(ひっぱく)した問題だ。福島哲雄県警交通企画課次席は「酒の提供者に対する取り締まりはいっそう厳しくする」と話す。飲酒運転撲滅は、酒を提供するすべての飲食店にとっての共通の課題だ。
飲酒運転根絶に対する社会的機運の高まりや改正道交法(02年4月施行)による罰則の強化が抑止効果をあげているといわれるが、飲酒運転による事故は後を絶たない。警察庁によると07年は全国で7558件あり、県内では334件だった。
昨年9月には、飲酒運転を助長、容認している周辺者にも罰則を科す「酒類提供罪」や「同乗罪」(いずれも3年以下の懲役、または50万円以下の罰金)などを盛り込んだ改正道交法が施行された。
毎日新聞 2008年4月9日 地方版