わが聖地・チベットの苦しみ:野口健(アルピニスト)(3)
2008年4月10日(木)14:50(2から続き)
いま発言しなければ、僕は十字架を背負う
山際 そういう意味では、国際社会はチベットの声を受け止めていますね。3月21日、アメリカの米議会下院議長のペロシ氏がインドでダライ・ラマと会談し、中国政府の行動を強く非難したうえで、「中国政府の弾圧に声を上げないなら、人権を語る資格を失う」といいました。
野口 EU議会も「北京オリンピック開会式のボイコットも辞さない」と発言しました。実際にボイコットするかは別にして、いま中国はそういわれるのがいちばん怖い。EUはそのカードを切った。日本ももっと人権問題など、さまざまなカードを使うべきでしょう。
山際 アメリカではリチャード・ギアやミア・ファロー、ミア・ファローに煽られたスティーブン・スピルバーグなど、数えきれない人が非難の声を上げています。しかし日本では、町村官房長官が「基本的には中国の国内問題というものの、双方の自制を求める」という、何がいいたいのかよくわからない発言を行なった程度でした。
野口 中国は最初、チベット人が店舗を壊し、物品を略奪する映像を外部に流しました。予備知識なしであの映像に出合えば、おなかをすかせた農民一揆のように見える。それに対して「正当防衛で撃った」というんです。「双方」という言葉を使った時点で、中国に加担していることになる。
山際 そんな状況下、野口さんが声を上げられたのは素晴らしいことだと思います。
野口 じつは登山家は皆、現状をよく知っているんです。チベットと登山家の縁は深く、チベット人に対する思いも同じ。問題は、その思いを公の場でいうか、それともいわないか。僕がチベットについて自分のブログやホームページに書いたときも、「よく書いたな。おまえはもうチベット側から登れないぞ」といわれました。実際にそうだと思います。僕の最終目標はエベレストをチベット側から登ってネパール側に降りることでしたが、それが失われてしまった。登山家の多くが自身の欲望のために発言を控えるのは、ある意味、当然のことでしょう。
しかし、僕はその欲望と、現場を知ってしまった人間の思いのどちらを優先すべきか、自分に聞いたんです。そして、やはり後者を優先すべき、という答えが出た。いま発言しなければ、そのために僕は十字架を背負うことになるんです。
オリンピック選手にしても同じですが、しかし登山家とは違い、彼らは現役年齢が限られている。4年に1度のチャンスを奪うのはきわめて酷な話です。彼らが発言できないならば、代わりに政治家がいえばいいのに、日本はそうしない。
登山家や政治家だけではありません。メディアも一緒です。騒乱が起こる前ですが、ある新聞の取材で「もうすぐチベットで大変なことが起きる、そう書いてください」といいました。しかし「オリンピックの取材許可が下りなくなるから、無理です」と返された。事態はそこまで進んでいるのか、と愕然としましたね。
しかし、本当に日本人はチベット問題に関心がない。一昨年、アメリカのボルダーという町に行きましたが、至るところで「フリー・チベット」という看板を見掛けました。本屋にもチベットの旗がはためいていた。日本でそんな光景に出合うことはないでしょう。
山際 日本とチベットは近い国なのに、あまりに態度が冷淡です。
野口 父親にいわせれば、扱うのが面倒なテーマらしいんです。その話題に触れるだけで、日本と中国の関係が冷えきっていく。触れないほうが無難、と判断しているようですが、本当にそれでいいのか。
山際 最終的にこの問題は、どうやって収束させればよいのでしょうか。
野口 北京オリンピックまでは中国もある程度、自制すると思います。僕がいちばん恐れているのは、オリンピック後、中国が復讐に出ること。暴動が起きた場所に調査団を置いて、復讐できないシステムをつくることが不可欠でしょうね。4月にネパールで7年ぶりの選挙がありますが、あの国は政府と共産ゲリラがずっと戦っていて、日本の自衛隊などさまざまな国の軍隊が、選挙がきちんと行なわれるかを監視する。チベットでも同じようなことをやればよい。
単純にボイコットせよ、というのではなくて、ボイコットはしない。代わりに調査団を設置させよ、ダライ・ラマとも直接対話を行なえ、といえばいいんです。いちばん避けるべきは、無責任にオリンピックに参加すること。オリンピックを開催したため、新たな血が流れる可能性がある。そうなれば選手だって傷つきます。自分が金メダルを取ってもその後に血が流れれば、生涯、十字架を背負って生きなければならない。直接的ではないにせよ、そうすること自体が中国への「加担」ですから。
山際 オリンピックというのは平和の象徴であり、正義の象徴です。
野口 ある意味で、政治の象徴でもあるんです。「政治をよくしていく」というポジティブな意味で。今回のチベット問題も、まさに政治問題でしょう。オリンピックによって実態を世界中が感知し、政治路線が変わっていくなら、それは世界にとってプラスです。「オリンピックと政治は別だ」と中国はいいますが、両者は必ずしも切り離せない。過去の歴史がそれを証明しています。ならばその関係を、ポジティブな意味に捉え直さなければならない。
山際 おっしゃるとおりですね。
いま発言しなければ、僕は十字架を背負う
山際 そういう意味では、国際社会はチベットの声を受け止めていますね。3月21日、アメリカの米議会下院議長のペロシ氏がインドでダライ・ラマと会談し、中国政府の行動を強く非難したうえで、「中国政府の弾圧に声を上げないなら、人権を語る資格を失う」といいました。
野口 EU議会も「北京オリンピック開会式のボイコットも辞さない」と発言しました。実際にボイコットするかは別にして、いま中国はそういわれるのがいちばん怖い。EUはそのカードを切った。日本ももっと人権問題など、さまざまなカードを使うべきでしょう。
山際 アメリカではリチャード・ギアやミア・ファロー、ミア・ファローに煽られたスティーブン・スピルバーグなど、数えきれない人が非難の声を上げています。しかし日本では、町村官房長官が「基本的には中国の国内問題というものの、双方の自制を求める」という、何がいいたいのかよくわからない発言を行なった程度でした。
野口 中国は最初、チベット人が店舗を壊し、物品を略奪する映像を外部に流しました。予備知識なしであの映像に出合えば、おなかをすかせた農民一揆のように見える。それに対して「正当防衛で撃った」というんです。「双方」という言葉を使った時点で、中国に加担していることになる。
山際 そんな状況下、野口さんが声を上げられたのは素晴らしいことだと思います。
野口 じつは登山家は皆、現状をよく知っているんです。チベットと登山家の縁は深く、チベット人に対する思いも同じ。問題は、その思いを公の場でいうか、それともいわないか。僕がチベットについて自分のブログやホームページに書いたときも、「よく書いたな。おまえはもうチベット側から登れないぞ」といわれました。実際にそうだと思います。僕の最終目標はエベレストをチベット側から登ってネパール側に降りることでしたが、それが失われてしまった。登山家の多くが自身の欲望のために発言を控えるのは、ある意味、当然のことでしょう。
しかし、僕はその欲望と、現場を知ってしまった人間の思いのどちらを優先すべきか、自分に聞いたんです。そして、やはり後者を優先すべき、という答えが出た。いま発言しなければ、そのために僕は十字架を背負うことになるんです。
オリンピック選手にしても同じですが、しかし登山家とは違い、彼らは現役年齢が限られている。4年に1度のチャンスを奪うのはきわめて酷な話です。彼らが発言できないならば、代わりに政治家がいえばいいのに、日本はそうしない。
登山家や政治家だけではありません。メディアも一緒です。騒乱が起こる前ですが、ある新聞の取材で「もうすぐチベットで大変なことが起きる、そう書いてください」といいました。しかし「オリンピックの取材許可が下りなくなるから、無理です」と返された。事態はそこまで進んでいるのか、と愕然としましたね。
しかし、本当に日本人はチベット問題に関心がない。一昨年、アメリカのボルダーという町に行きましたが、至るところで「フリー・チベット」という看板を見掛けました。本屋にもチベットの旗がはためいていた。日本でそんな光景に出合うことはないでしょう。
山際 日本とチベットは近い国なのに、あまりに態度が冷淡です。
野口 父親にいわせれば、扱うのが面倒なテーマらしいんです。その話題に触れるだけで、日本と中国の関係が冷えきっていく。触れないほうが無難、と判断しているようですが、本当にそれでいいのか。
山際 最終的にこの問題は、どうやって収束させればよいのでしょうか。
野口 北京オリンピックまでは中国もある程度、自制すると思います。僕がいちばん恐れているのは、オリンピック後、中国が復讐に出ること。暴動が起きた場所に調査団を置いて、復讐できないシステムをつくることが不可欠でしょうね。4月にネパールで7年ぶりの選挙がありますが、あの国は政府と共産ゲリラがずっと戦っていて、日本の自衛隊などさまざまな国の軍隊が、選挙がきちんと行なわれるかを監視する。チベットでも同じようなことをやればよい。
単純にボイコットせよ、というのではなくて、ボイコットはしない。代わりに調査団を設置させよ、ダライ・ラマとも直接対話を行なえ、といえばいいんです。いちばん避けるべきは、無責任にオリンピックに参加すること。オリンピックを開催したため、新たな血が流れる可能性がある。そうなれば選手だって傷つきます。自分が金メダルを取ってもその後に血が流れれば、生涯、十字架を背負って生きなければならない。直接的ではないにせよ、そうすること自体が中国への「加担」ですから。
山際 オリンピックというのは平和の象徴であり、正義の象徴です。
野口 ある意味で、政治の象徴でもあるんです。「政治をよくしていく」というポジティブな意味で。今回のチベット問題も、まさに政治問題でしょう。オリンピックによって実態を世界中が感知し、政治路線が変わっていくなら、それは世界にとってプラスです。「オリンピックと政治は別だ」と中国はいいますが、両者は必ずしも切り離せない。過去の歴史がそれを証明しています。ならばその関係を、ポジティブな意味に捉え直さなければならない。
山際 おっしゃるとおりですね。
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