白龍昇り立つ

「安心しろ。殺しはしない。二、三日で出してやる。ダライ・ラマに選ばれたことを恨むんだな。ラモン。だが、廃人になって、チベットを彷徨するんだ。お前を承認したダライ・ラマの威信も地に落ちる」頭に激しい電気ショックを受け、悶絶するラモン。

チベットでは祭りが行なわれる。それを見つめる二人の男。「宗教は麻薬だ。こいつらから宗教を取り上げるのは無理だ。あのノブチェってガキは、わが中国政府が仕立て上げた輪廻転生霊童だ」「輪廻転生?」「馬鹿げた信仰だ。教祖の生まれ変わりが代々続いていると彼等は信じてやがる」チベットには二人の生き神様がいる。一人は観音菩薩の生まれ変わりダライ・ラマ、もう一人は阿弥陀仏の生まれ変わりパンチェン・ラマである。ラマ教では死んでもその魂は滅びることなく、他の肉体に乗り移り再生すると信じられている。1989年にパンチェン・ラマが死亡したが、その生まれ変わりの人物探しが続けられた。

ところがパンチェン・ラマの生まれ変わりと称される子供が二人現れた。一人は中国政府が作り上げたノブチェ。もう一人はダライ・ラマが見出したラモン。なぜ、二人のパンチェン・ラマが現れたか。ことの起こりは毛沢東の宗教弾圧である。毛沢東は軍事力でチベットを中国に併合。その弾圧を恐れて、ダライ・ラマとチベット人10万はインドに亡命。しかし、ダライ・ラマは今でも中国政府と激しく対立しているチベット人の心の支えであり続けている。そんなチベット人にとって、パンチェン・ラマの生まれ変わりは誰なのかは、アイデンティティーに関わる大問題なのだ。

祭りはクライマックスを迎えるが、何者かが、祭りの柱を狙撃して倒す。混乱状態を利用して、ダライ・ラマのシンパは、ラモンを奪ってヒマラヤ山脈越えを目指す。「さあ。極楽浄土が待っているぞ。死を恐れるな。急げ」「最近、我々の仲間は山脈越えのルートで次々と消えている。よほどの山岳熟達者が敵の中にいるに違いない」シンパに黙々とついていくラモン。「さすがにダライ・ラマが選んだ子だ。この年で運命を受け入れ、死の恐れの影すらない」「中国政府は悪鬼だ。まさか拉致して廃人にしようとするなんて」「なんとしてもヒマラヤ山脈を越え、インドのダライ・ラマ様のもとへ連れて帰るんだ」

そこに山岳部隊の隊長燐が現れ、シンパたちを皆殺しにして、ラモンを殺そうとする。「中国共産党は仏より上にあるのさ」しかし、そこに雪煙が発生し、燐はラモンを見失う。燐は部下とともにラモンを追跡しようとするが、そこに雪崩がやってくる。「悪運の強いガキだ」「雪崩に二人巻き込まれました」「ムダだ。表層雪崩は時速200キロで、爆弾並みの破壊力だ。生存の可能性はない」「しかし」「あのガキを逃したら、全員軍法会議だぞ」

ラモンを追って高山の雪山を昇る燐たち。「七千メートルを越えたら、酸素が三割しかない。眩暈が」ラモンの足跡を見つめる燐。(子供のわりによい歩き方をしている。さすがは五千メートルの高地で暮らすチベット人だ)そして子供の足跡は途中から大人の足跡と合流する。そこに祭りの柱を狙撃した男が山岳ルートで逃走したという情報がはいる。「子供と狙撃者は絶対に逃がすな。全人代の絶対命令だ」面白くなったと笑う燐。「どうやら敵はプロを雇ったようだ。この逃走ルートは体力に自信があっての選択だろうが、大きな計算違いというものだ」

足跡を黙々と追う燐。(プロか。しかし、その男は二つの計算違いをしている、一つは熟練した登山家でも簡単に命を落とすチョモランマの地獄。もう一つは誰にも知られていない我々中国山岳部隊の存在だ。我々の手から逃れることは不可能なのだ。チョモランマはお前の白い墓標にしてやる)雪洞を掘って一時休憩する燐に話しかける部下。「夜は氷点下50度の極寒です。あの軽装備で子供。どうせ凍死でしょう」「うむ。だが凄腕のプロと合流しているのだ。アルパインスタイルを身につけているなら、七日まで生存できる」「アルパインスタイル」

「たった一人で高所登山に挑む超人的な体力と技術を兼ね備え、さらに高所トレーニングを積んだ者だけに可能な、最新の登山技術だ」「アルパインスタイルは燐隊長も会得されていましたね」「うむ。このチョモランマでアルパインスタイルを操れるクライマーは世界でも二十人ほどしかいまい」「ここでは極地法でも、死者を出しますからね」「極地法など、登山家の恥だ」極地法は大勢のサポートで大量の物資を運び上げ、多数の隊員を山へ送り込む登山法で、莫大な資金を必要とし、大量のゴミを生ずる問題がある。

「チョモランマは世界で一番高い山で、世界一苛酷な場所だ。高所登山は長年の経験が必要だ、七千メートルを超えた世界は、人間の生存能力を超える。平地でどんなに鍛えても、俺と同じ体になるのは無理。年中、数千メートルの高所で過ごし、最高の登山技術と経験を積み重ね、体を適応させ、初めて超人になる。何より恐ろしいのは稀薄な酸素だ」「三割の濃度しかないチョモランマの酸素は、思考能力、体力両面に襲いかかりますね」

夜があけて、ラモンを連れてチョモランマを登るゴルゴ13。「鼻から吸って、口からヒューと吹くように息を吐き出せ」「はい」高所登山では腹式呼吸が重要となる。浅い呼吸ではたちまち高山病にかかってしまう。燐の部下はゴルゴ13を追いつめるが、ゴルゴ13のトラップに引っかかり命を落とす。我を忘れて走ってしまった部下はすぐに吐き気を催す。「ムダだ。七千メートルで走ったりすれば、重い高山病にかかる。高所の鉄則を忘れおって。酸素ボンベは雪洞に置いてきた。助かる術はない」部下を射殺する燐。

そして燐はラモンと一緒にいるのがゴルゴ13と知り、部下に下山を命じる。「なぜです。隊長」「相手はゴルゴ13だ。これ以上犠牲を出したら、山岳部隊は崩壊する。心配するな。俺は山岳部隊の創設者だぞ。このチョモランマで俺の敵はいない」酸素不足に苦しみながら、ダライ・ラマからの依頼を思い出すゴルゴ13。「私はラモンをパンチェン・ラマの生まれ変わりに指名しました。慌てた中国政府は傀儡の子供を指名しただけでなく、ラモンを拉致して、チベットの収容所に収監してしまいました。私は殺生の依頼はできません。sこで、ある柱を狙撃して騒動を起こしてほしいのです」「わかった。引き受けよう」「あなたの帰路に迷える者が現れるはずです。願わくば、その者を救済してください」

燐は単独行動をとるゴルゴ13を発見する。(なぜゴルゴ13は少年と行動をともにし、そして捨てたんだ。やつにしては不可解な行動だ。この極度の寒さと稀薄な酸素で、ヤツは三日間、ろくに睡眠をとっていまい。食糧も乏しく、意識も朦朧になりがちだろう。ここまでだな、ゴルゴ13)そして夜が明け、ゴルゴ13の足跡を見つめる燐。「どうやら、サウスコルに向かったらしいな。世界一高いゴミ捨て場が、お前の墓場だ、ゴルゴ13」吐き気を催しながら、ゴミ捨て場で酸素ボンベを見つけ、酸素を補給するゴルゴ13は、燐に銃を撃たせて雪崩を起こさせて、燐を葬ることに成功する。

そのころラモンはクレバスの中でゴルゴ13が来るのを待っていた。「クレバスの中でビバークしろ。吹雪と寒波を避けるには、これしかない」「私一人ですか。あなたは」「俺が帰らなければ、一人で南のネパール側へくだれ。生還の可能性もある」「いえ。ここで待っています。あなたが帰ってくるまで」そしてゴルゴ13は帰ってくる。ほほえむラモン。(1999年1月)

 

 

ゴルゴ13(4)に戻る