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【土・日曜日に書く】東京特派員・湯浅博 中国の海だなんて奇怪な
◆ベトナムの奮闘
チベット騒乱をよそに、1面コラム「くにのあとさき」で、中国がベトナム東部のトンキン湾では「中間線を主張していた」と書いた。すると、そんなフトドキな話は、もっと詳しく報告せよと読者から注文をお受けした。
それはもっともな話で、中越の重要協定が決められたものの、公表されたという話を聞かない。一部の国際法学者はともかく、一般には意外感が強いのだ。
そこで、まず掲載図を見ていただきたい。トンキン湾は東から中国の海南島が食い込んできて、「く」の字に曲がっている。ベトナムの主張は、海南島近くに海溝があるから湾全体がベトナムの大陸棚にあたるというものだ。
まるまる自国の海だというところなど、日中交渉でうそぶく中国とそっくりではないか。東シナ海の沖縄近くに海溝(沖縄トラフ)があるから、全部が中国の海だという理屈である。
ただ、ベトナムは初めに高値を設定し、値切り幅を少なく抑えるバザール商法をとっているとみた。何しろ相手は、1979年の中越戦争で10万の侵略軍を送り込んできた怖い国である。
その中国が、トンキン湾では「国際判例は中間線ではないか」とまともなことをいった。それは極めて妥当な認識で、1980年代から今日に至るまで2国間で争う係争海域は、すべて中間線が落としどころになっている。
◆中間線は世界の常識
国際司法裁判所や仲裁裁判の判例から導き出される解決法は、まず双方の海岸線から等距離の海域に「暫定的な中間線」を引く。そこから、小さな島の位置を勘案して微調整することになる。
トンキン湾でいえば、ベトナム側に地図上では点のような小島が散在している。海南島とこの島を結んだ線の中間から25%ベトナム側にポイントをおく。最終的に21のポイントを決めてつないだ線を境界線とした。
そこで過去の国際判例を振り返ってみる。近年では1985年のリビア・マルタ大陸棚境界画定事件の判決で、「暫定的な中間線を引くことが思慮ある方法」とされた。しかも、海底の地形がどんなであろうと、いっさい考慮されないことが判例になった。つまり大陸棚論は無視されたのだ。
続く93年のデンマークとノルウェーの境界画定事件▽99年のエリトリア−イエメン仲裁判決▽2002年のカメルーン−ナイジェリア境界事件▽06年のトリニダード・トバゴ−バルバドス仲裁判決など一連の係争は、すべて「暫定的な中間線」からの一部修正で決着している。
したがって、トンキン湾で中国が「暫定的な中間線」を交渉のベースにしようという主張は妥当なものだった。中越はなんと30年近くの押し問答のすえに、2000年12月にめでたく11条からなる協定を結んだ。
◆祖国のためのウソ
ここで重要なことは、中越協定の締結によって、当の中国自身が中間線で処理する国際判例の仲間入りをしたということである。
だが、日本の尖閣諸島の近くから天然ガスが出ると聞いて、中国は大陸棚論を持ち出し自分のものだといいだした。だから中越が協定を結んで、日本と同じ中間線を主張してきたなどおくびにも出さない。奇っ怪な話だ。
中国が東京裁判に判事を出した中華民国を武力で倒し、日本に「判決を守れ」と説教するほどにおかしい。理屈をねじ曲げること、かの国にとっては屁(へ)でもない。要は、トンキン湾でも東シナ海でも、自国に有利なモノサシを引き出し、相手に呑(の)ませればよいと考えている。
そこで、おなじみビアスの『悪魔の辞典』を引く。外交とは「祖国のために嘘(うそ)をつく愛国的な芸」という皮肉は、やはり中国にこそふさわしい。
ただ、中国の相手国に対する「傲慢(ごうまん)」と「身勝手」とは、実際には中国の強さからではなく、弱さからくるのだと思う。中国内に胡錦濤派と江沢民派の争いがあると、現政権への揺さぶりに外交や軍事が利用されるのが常だ。
北京五輪の聖火リレーがチベット弾圧にからんで抗議を受けると、逆に中国の民族主義が燃え上がる。政府はこれを抑えられず、さらに強硬になる。国内の圧力が強くなれば、外交の柔軟性など期待すべくもない。で、当方は一歩も譲らぬ覚悟が欠かせなくなるのである。(ゆあさ ひろし)