シートベルトを着用せずに車に乗る妊婦を時折見かける。窮屈に感じるうえ、おなかの赤ちゃんへの悪影響を心配するためだ。妊娠や肥満、けがなど「健康保持上の理由」がある場合、道交法違反にはならないが、研究者らは「しなくてもいいというのは誤解。母子の安全を守るためにも着用してほしい」と呼びかける。【酒井祥宏】
「おなかを圧迫すると思った」。宇都宮市で昨年7月28日夕、妊娠21週を迎えた主婦、上田淳子さん(23)は夫峻也さん(20)運転の乗用車でスーパーに買い物に出かけた。おなか回りは約80センチ。知人から「必要ない」と聞いていたため、シートベルトを着用せず助手席に乗っていた。
交差点を右折中、対向車線を直進してきたワンボックス車と衝突。上田さんはダッシュボードの下でおなかを抱えてうずくまったまま気を失った。左気胸など重傷を負ったが、胎児は無事だった。搬送された済生会宇都宮病院の飯田俊彦産婦人科医長は「胎児、子宮に影響がなかった。奇跡です」と驚く。
同12月、3105グラムの男の子を無事出産。上田さんは「よく子どもが生きていたと思う。妊婦には着用を呼びかけたい」と話す。
妊婦の安全とシートベルトの関係を研究してきた独協医大の一杉正仁准教授(法医学)は「正しく着用すれば胎児への影響を軽減できる」と断言する。
昨年、妊婦のダミー人形のおなかに3リットルの水を入れ、妊娠30週の妊婦が運転中に時速30キロで追突された場合に受ける衝撃を測定した。シートベルトを着用していれば、おなかへの衝撃を未着用時の3分の1に軽減できることが判明した。
また妊娠30週の妊婦20人に運転席に座ってもらい、おなかとハンドルの間隔を測ると平均14.5センチだった。妊娠していない人と比べ約10センチハンドルに近いが、人形を利用した追突実験で、シートベルトを着用していれば衝突時にハンドルとおなかの間にすき間ができることが確認された。
着用が義務づけられている米国では、妊婦の着用率は8割以上で、英国でも7割を超える。一方、別の研究者が94年に実施した調査では日本での着用率は32%と低い。多くの妊婦が「法的義務がないから」と未着用の理由を回答したという。
妊婦がシートベルトを嫌う理由の一つはおなかへの圧迫感だ。一杉准教授によると、ベルトを肩と腰に固定し、腰回りのベルトを大きくなったおなかの下に通せば、窮屈さは解消される。日本産科婦人科学会と産婦人科医会も、近く発表する「産科医療に関するガイドライン」で同様の着用方法を呼びかける。
警察庁は今のところ、妊婦らの着用義務を除外する道交法の規定を見直す予定はないが、「海外の事例を調査し、学会など専門家の見解を踏まえて着用の広報啓発を検討したい」としている。一杉准教授は「本人の注意だけで事故を防ぐのは難しい。妊婦と胎児を守るために、シートベルトを正しく着用すべきだ」と指摘する。
毎日新聞 2008年4月12日 12時44分
4月12日 | 妊婦:シートベルトしない方が危ない |