北京五輪の聖火リレーが、英国、フランス、米国と行く先々で大混乱に陥っている。中国政府のチベット暴動をめぐる強圧的姿勢を世界に訴えようとの狙いがあるからだ。
聖火リレーが行われたロンドンやパリでは、激しい妨害活動が行われ、逮捕者も出た。米サンフランシスコでは、活動家が金門橋にチベット解放を訴える横断幕を掲げた。デモや抗議行動を避けるためリレーのコースを変更、短縮する措置が取られた。どの国でも聖火ランナーの周りを中国人警備担当者が伴走し、その行列を現地警官らが守る物々しさだ。
欧州では首脳らが五輪開会式への出席を取りやめた。米上下院は、チベットでの弾圧をやめチベット仏教最高指導者のダライ・ラマ十四世と対話に乗り出すよう求める対中決議案を可決している。
しかし中国政府はチベット暴動について「ダライ・ラマ集団が画策、扇動した」と、ダライ・ラマらを一方的に非難するだけだ。チベットで自由なマスコミの取材を許さず情報を統制したままでは、国際社会の理解は得られないだろう。
暴動後に中国政府の手配でチベットを訪れた外国メディアに対して、若い僧侶らが「政府の言っていることはうそだ」と訴えたことでも分かる。
ダライ・ラマが、かつてチベット独立国家建設を目指していたことは事実だが、「高度な自治」を求める穏健路線に転換している。一九八九年にはチベット自由化へ向けた平和的アプローチが評価されノーベル平和賞を受けた。その本領は非暴力主義である。
十日、訪米途中で日本に立ち寄ったダライ・ラマは記者会見で、聖火リレーが各地で妨害されたことについて「暴力行為を行うべきでない」と指示したと述べ、北京五輪の開催を支持する考えに変化がないことを強調した。ダライ・ラマを暴動の扇動者と呼ぶのは無理があろう。聖火リレーの妨害をやめさせ、チベットでの暴動を収めるためには、中国政府はダライ・ラマと対話するしか道はない。
またダライ・ラマは、デモに参加したチベット民族の摘発を強化する中国政府を批判し、実態を「国際機関が調査すべきだ」と述べた。中国政府は情報を公開する必要がある。
目覚ましい経済成長を遂げている中国は、オリンピックを開催するまでになった。国際社会の一員として責任を果たす国となるには、人権や民主主義、言論の自由といった価値を認めることが求められる。
国民参加をうたった裁判員制度が二〇〇九年五月二十一日に始動することが事実上決まった。開かれた司法へ、あと一年余と迫った。
政府・与党は裁判員法の施行日を来年五月二十一日と定めた政令を今月十五日にも閣議決定する。裁判員法は〇四年五月二十八日に公布されたが、施行日は付則で「公布の日から五年を超えない範囲内で政令に定める」とされていた。
裁判員裁判は、施行日以降に起訴された殺人などの重大事件が対象になる。初公判までに裁判員の選任が行われるが、裁判員裁判を実施する各地裁は管内の各選挙管理委員会が選挙人名簿からくじで選んで作成した名簿に基づき、〇九年の「裁判員候補者名簿」を作成し、今年十一月から十二月にかけて候補者に通知する。さらに、対象事件が起訴されると候補者名簿からくじで五十―百人を抽出し、早ければ来年七月下旬以降、裁判所での裁判員選任手続きと裁判員裁判が開かれる。
具体的な日程が見えてきたことで、裁判員制度の現実感が高まろう。最高裁が今年一―二月に行った意識調査では「あまり参加したくないが義務なら参加せざるを得ない」を含めて参加の意向を示した人が60%を上回った。最高裁は「一定の水準に達した」と評価するが、「義務であっても参加したくない」も約38%を占め、抵抗感が根強く残っている。
これまで、各地で模擬裁判員裁判などが実施され、理解が広がったのは確かだ。それでもまだまだ十分ではない。過去の取り組みを検証して課題を見いだし、制度が順調に動きだすよう、準備を怠ってはならない。国民の側も、いつ選ばれるか分からないだけに、裁判員制度への関心を高めたい。
(2008年4月11日掲載)