ものみな萌(も)えいずる春だというのに、鳥の鳴き声もミツバチの羽音も聞こえず、静まりかえっている。米国の架空の田舎町を舞台に、そんな寓話(ぐうわ)から始まる「沈黙の春(原題=Silent Spring)」は、化学物質の大量生産と大量使用による環境の汚染と破壊を初めて告発する書として1962年秋に出版され、社会的論議を巻き起こした。あさって14日は、44年前に56歳で亡くなった作者の海洋生物学者レイチェル・カーソンの命日にあたる。
北京五輪の聖火リレーが行く先々で、もみくちゃにされている。開会式欠席を決めた首脳もいる。チベット情勢など人権をめぐる中国政府の対応への抗議行動は広がるばかりで、7日のパリでは柔道の五輪金メダリスト、ダビド・ドイエ氏らが大会ボイコットには反対しながらも「より良い世界のために」と記したバッジを胸につけて走った。
スポーツに政治を持ち込むつもりはない。ただ、肖像権を主張して独自の商業活動に精を出す余力があるのなら、日本のアスリートたちも海の向こうの人権状況に想像力を働かせ、声を上げられないかと思う。鳥のさえずりほどでいい。そんな気概や勇気を示せなければ、万が一、日本政府がモスクワ五輪同様の不参加を決めた場合、もの申すことなどできないだろう。
今月26日、聖火が長野市内を巡る。総勢80人の走者の中には有森裕子さん、岡崎朋美さん、荻原健司さん、北島康介さんら五輪メダリストも交じっている。言論・表現の自由は憲法で保障されている。その権利を、彼らは行使するのか、「沈黙の春」を過ごすのか。
毎日新聞 2008年4月12日 0時04分
4月11日 | 食い倒れの終えん=中村秀明 |
4月10日 | 「反小沢」357本=与良正男 |
4月9日 | 臨津江~リムジンガン=磯崎由美 |
4月8日 | 60年たったが=玉木研二 |
4月7日 | 作戦完了=坂東賢治 |