診療所を悪者にする論調は心外

【特集・第6回】 2008年度診療報酬改定(6)
中川俊男さん(日本医師会常任理事)

 2008年度の診療報酬改定では、最大の焦点になった再診料の引き下げは阻止したものの、外来管理加算の見直しなどが決まった。医科の診療報酬引き上げ分の財源は、全額が病院の勤務医対策に回されたため、今回の改定は、診療所にとっては実質引き下げになる。それにもかかわらず、改定をめぐる議論の過程で、「病院勤務医に比べて診療所はもうけ過ぎ」という雰囲気が最後まで付きまとった。診療側委員として中央社会保険医療協議会(中医協)の議論に参加する日本医師会常任理事の中川俊男さんは、診療所を悪者にする論調に反論する。(兼松昭夫)

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■プラス改定なのになぜ減収?
―2008年度診療報酬改定をどのように受け止めていますか。
 中医協でわれわれ診療側は、地域医療の再生のために大幅な点数引き上げを求めましたが、残念ながら微増で終わりました。これでは言うまでもなく、医療を充実させるには全く足りません。特に、診療所にとっては厳しい内容です。医科部分のプラス改定に伴う新しい財源はすべて病院医療に回され、さらに病院勤務医の過重労働対策のために、医療費ベースで約400億円を診療所から病院へ財源移譲しました。外来管理加算が見直されて診療時間の「5分ルール」が加わり、デジタル映像化処理加算の廃止も決まった。このほか、軽微な処置の基本診療料への包括化や、検体検査判断料の引き下げも決まった。診療所の先生の間には、「プラス改定のはずなのに、なぜ減収になるのか」という不満が広がっています。至極当然な指摘です。その背景には、議論を通じて、病院の勤務医に比べて診療所の医師が楽をしているという、全く根拠のない論調を最後までぬぐい去ることができなかったことがあります。これは非常に心外ですし、残念です。

―今回の診療報酬改定は、報道に大きく影響されたようにも感じます。
 その通りですね。例えば、再診料についてまだ何も決まっていないのに、「引き下げ決まる」という報道が出たりしました。あれは非常に困る。何も決まっていない中で、あのようなことを書かれれば、中医協での議論自体が変質する可能性があります。それより少し前、昨年末の診療報酬改定率が決まっていない段階で、さも決まったような書きぶりの報道もありましたが、あれも問題です。例えば「改定率プラス0.1%」などと書かれると、政府・与党内にも「まあ、これくらいだろう」という相場観みたいなものが生まれてしまう。こうした相場観がいったん出来上がってしまうと、それをぬぐい去るのは非常に大変です。

―診療所に限ってみると、今回の改定は実質引き下げなのに、おっしゃるように「診療所はもうけている」という雰囲気が最後まで消えませんでした。
 診療所たたきとしか思えません。外来管理加算の見直しや処置の包括化などで、診療所の財源が400億円も削られるのですから、もしかしたら、再診料の点数引き下げよりもきつかった可能性もあるわけです。「それなのに…」という思いが、われわれにはあります。今回の改定では、病院と開業医による財源の奪い合いという形にされてしまった。それが非常に不本意ですね。

―今回、最大の焦点になった再診料の引き下げは最終的に見送られました。
 ただ、外来管理加算の見直しなどがありますから、「引き分けか、それ以下」というのが率直な心境です。今回、厚生労働省があそこまで再診料の引き下げにこだわったのは、点数自体よりもむしろ、技術料の本体を引き下げるという目的があったからではないか。診療所の先生にとって再診料というのは、地域医療を守っていくためのいわば魂のようなものです。簡単には引き下げられない。いったん引き下げが始まると、それ以降の診療報酬改定にも確実に影響を及ぼします。そういう怖さがあります。

■診療所の再診料下げにこだわり続けた厚労省
―厚労省は今回、診療所の再診料引き下げにこだわり続けました。
 けれど、改定率が決まる前と後では、気分はかなり違ったはずです。医科部分の0.42%の引き上げが決まった時点で、「再診料には手を付けられないな」と思ったのではないでしょうか。曲がりなりにもプラス改定ですから、「再診料を下げる」と言っても、なぜ引き下げるのか説明できないし、われわれ日医が受け入れるはずがありませんから。仮に前回並み(06年度本体マイナス1.36%)の引き下げになっていたら強く出られたのでしょうが、引き上げが決まった段階で「これは無理だな」と役所が読んだ。そんな印象があります。しかし、彼らは最後の最後まで「診療所の再診料は引き下げる」と、水面下でこだわり続けていました。どこまで本気だったかは分かりませんが、こちらは本気で反対したわけです。

―再診料をめぐっては、いわゆる病診格差を指摘する声もあります。
 病院と診療所で再診料の意味合いが異なるのは当たり前のことです。「診療所は外来、病院は入院を担う」という基本的な役割の違いがあるからです。入院が主体の病院と違って、診療所では算定できる診療報酬項目が病院に比べて圧倒的に少ないわけです。内科の無床診療所をイメージしていただければ分かりやすいと思います。今回の外来管理加算にしても、見直しによって受ける影響は、病院と診療所では一律ではないわけです。そのような観点で言えば、診療所の再診料が病院より高く設定されているのは当然です。点数の格差だけを問題にしていては、本質は見えてきません。次回以降の改定では、病院と診療所の初・再診料の抜本見直しが話し合われるでしょうが、われわれとしても、施設の機能分化に合った点数設定にしていただきたい。

■「診療所=悪者」は巧妙なすり替え
―患者さんからの視点では、診療所の再診料の方が高いので、病院の外来を受診しようというインセンティブが働くことになります。
 確かにそれもあるでしょう。ですから、考え方としては診療所の再診料を引き下げるのではなく、今回のように病院の再診料を引き上げるというのが本来の在り方でしょう。

―与党内には、社会保障費削減の見直しを求める声も高まっています。
 既に限界に達しています。削減を見直さない限り、地域医療の崩壊は止まりません。政府は過去5年間の社会保障費の削減額を国庫ベース1.1兆円としていますが、本来の自然増分を勘案すると、実質的には5年間で削減額は3.3兆円にもなります。政府は「診療所がもうけ過ぎているから病院医療が崩壊する」と言わんばかりです。まるで診療所が悪者扱いで、これは巧妙なすり替えです。地域医療がここまで崩壊したのは、政府による医療費圧縮が原因で、地域医療体制を維持し、発展させていく財政的裏付けを無視し続けてきたからです。診療所が悪いわけでは全くありませんから。


更新:2008/04/11 14:09     キャリアブレイン

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08/01/25配信

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医師の山田規畝子さんは、脳卒中に伴う高次脳機能障害により外科医としての道を絶たれました。しかし医師として[自分にしかできない仕事]も見えてきたようです。