「すみれさんに、荷物がとどいてるわよ。」
事務局のかすみが、サロンでくつろぐすみれに声をかけてきた。
「え?また私にですの‥‥‥はぁ〜」
すみれは、大げさにしなをつくり額に手をあて深いため息をついた。
「殿方のファンからの贈り物ですわね、もう私のクローゼットと宝石箱にはなにもはいりませんわ。」
むろん本気で困っているわけではない。口元は笑っている。
その様子を近くで見ていたカンナが、あきれた調子で毒づく。
「すみれは、金持ちのじじいにだけは人気がありやがるからな〜」
「ま、カンナさん‥それはどういう意味ですの!」ソファーから腰を浮かせすみれが食ってかかる。
「子供だけにしか人気のないあなたに、そんなこといわれる筋合いはなくってよ!」
すみれも負けてはいない。
「なにを!このやろう!やろうってのか!」椅子を蹴倒してカンナが立ち上がる。
「望むところですわ!決着をつけてさしあげますわよ!」
二人は、こぶしを握りしめ、互いの息がかからんばかりの距離でにらみ合う。
「まぁまぁまぁ、お二人さん。落ち着きなはれ。見てみぃ かすみはん呆れとるで」
絶妙のタイミングで、奥で紅茶をすすっていた紅蘭が声をかける。
団員にとっては、二人のケンカ騒ぎなど日常茶飯事にすぎない。
二人は、半ばあきれ顔でそばに佇むかすみの姿を確認し互いに顔を見合わせ、二人同時に「ふん!」
ときびすを返し自分の席に戻る。
「で、どなたからですの?」
すみれは何事もなかったようにかすみに話しかけた。
(なにが‘で’よ!なにが!)かすみは、心の中で苦笑しつつ自分より六つ年下の高慢ちきな美少女
を見やる。艶やかな栗色の髪、涼しげな目元、幼さを感じさせぬボディライン、瑞々しさと妖艶さを
合わせ持った16才の肉体は、同性のかすみの目からさえ眩しく感じられる。
(確かに男好きのする娘だわね)
かすみは心の中でそんなことを考えている素振りもみせず返答する。
「それがね、ちょっと変なのよ。いつもは事務局宛に直接荷物が届くんだけど、これは違うの、売店
の椿ちゃんが見つけたの。なんでも、ふと気がついたら売店の商品の上に乗ってたんだって。」
「見てもらったほうが早いわね」
かすみは、手に持っていた紙袋からビロウド張りの小箱を取り出した。どうやら指輪を入れる小箱の
様だ。「これとね、すみれ様にプレゼントですってメモが‥あっ!」
かすみの話が途中なのにもかかわらず、すみれが小箱をひったくった。
「おーほっほ、私の美しさの崇拝者が、また一人増えたようですわ!」
「名前も名乗らずに、指輪だけをそっと置いておくなんて、なんと奥ゆかしい、いったいどんな指輪
が入っているのか‥そうだ、皆さんにも見せてあげてもよろしくてよ!」
「宝石箱はいっぱいじゃなかったのかよ」呆れてカンナがつぶやく。
皆が呆れる中、すみれは小箱の蓋に手をかける。どうやらこの場で開ける気らしい。
「さぁ!いきますわよ、さん、はいっ!」
すみれは、勢いよく右手を持ち上げた。蓋が開き、好奇心から皆がのぞき込む。
場が凍りついた。
「キヤァアアアアアアア!」「うわあああっ!」
「うひゃあああっ」「いやあぁあああっ」
その場の全員が悲鳴を上げ、すみれは思わず小箱をほうり投げた。
すみれは、青ざめた顔をブルブル震わせ、床の一点を見つめている。
視線の先には、箱からこぼれたものが、サロンの真っ赤な絨毯の上にポツンと白く浮かび上がって見える。
指輪は入っていた、しかし、“指ごと!”
皆ショックで声もでない。重苦しい沈黙が流れた後、そっと紅蘭が床に落ちているものに近づいた。
「こ、紅蘭‥‥そ、そりゃあ一体‥よく見えなかったんだけど、まさか人の‥‥」
またもや椅子を蹴倒して、今度は腰を抜かしているカンナが問い掛ける。
紅蘭はこちらに背を向けたまましゃがみこみ、答えない。
「紅蘭‥‥さん?」 沈黙に耐えかねてすみれが声をかける。
「指や‥‥」
背を向けたまま紅蘭が答え。そしていきなり振り向いた。右手にその物をつまんでいる。
「きゃっ!」かすみが短い悲鳴をあげる。
「ただし、お.も.ち.ゃの指や」
もったいぶって紅蘭が答え、言い終わった後、ニコッといい笑顔をみせる。
「おもちゃあ〜?! まったく悪い冗談だぜぇそいつは!!」
カンナは、ほっとした様子で立ち上がり。ガハハと笑い飛ばす。
「まったく悪趣味ないたずらですこと!」「許せませんことよ!」
すみれもようやく自分を取り戻したようだ。場にほっとした空気が漂う。
「しっかしよぉ!すみれのファンってのは、ろくでもないやつばっかりだなぁ!」
「な、なんですってぇ〜!」
またも、口喧嘩を始めたすみれとカンナを横目に見ながら、紅蘭はケンカの原因となったそれを調べている。
(しかし、よくできてるわ〜これ、材質はなんやろか、なんやこのぶよぶよした肌触り、わいもこんなん
はじめてや‥‥ん!これは?)
「やっぱりよお!お前にはおもちゃの指輪がお似合いだぜ!」
「きぃいいいい〜っ!」
その時。紅蘭が声をあげた。
「待ちいな!これ!指輪だけは本物やで!」
今、まさに取っ組み合いのケンカをせんばかりのすみれとカンナが同時に振り向く。
「見てみぃ!ほんまもんのダイヤの指輪や」
紅蘭は、指輪をダミーから抜き取ると皆に差し出した。
「なにい!ダイヤだぁ〜」「ええ〜見せて!見せて!」
カンナとかすみが手を伸ばした瞬間!
ひょいと、またもやすみれが紅蘭から引ったくる。
「お〜ほっほっ!やっぱりトップスタァにはダイヤの指輪がふさわしいのですわ!」
すみれは、指輪を高くかかげ、皆に見せびらかすように光にかざした。
「!」
すみれの動きが止まった。
「こ、これは、‥‥」「この‥‥指輪は‥‥」
すみれは何かに気づいたのだ、決定的な何かに、顔面は蒼白、小刻みに肩が震えている。
すみれの異変を目にした仲間が、次々と声をかける。
「ど、どないしはったんや、すみれはん」「すみれ!大丈夫か!」
「この‥‥指輪は、お母様の‥‥」
それだけ言って、すみれは失神した。