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気持ちを落ち着けたいときにはプラモデルを作るという松緑に、西森は「歌舞伎の俳優さんでガンダムに詳しいというミスマッチがおもしろいですよね」
撮影協力:すずめの御宿(渋谷 TEL:03-5458-2760)
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vol.352
劇団InnocentSphere『ハリジャン』三軒茶屋シアタートラム 4月19日開演
歌舞伎役者 尾上松緑 × 演出家 西森英行
徹底した人間洞察と心理描写で、執拗なまでに“人間”を描き続ける劇団InnocentSphere主宰の西森英行と、歌舞伎界の若きスター・尾上松緑。一見接点のなさそうなふたりが出会ったのは約3年前。それからふたりは幾度となく飲み、芝居から趣味、日々の出来事までさまざまなことを語り合ってきた。両者の絆は深まり、役者と演出家それぞれの立場から「よりおもしろいものを作る」ためにタッグを組むに至った。西森が脚本を書き、演出し、尾上松緑が初めて小劇場の演目に出演する舞台『ハリジャン』は、三軒茶屋シアタートラムで4月19日に幕を開ける。
男は落日の姿がいい。みじめなところがカッコイイ
ぶっ倒れるほど飲んだ
松緑 初めて西森君の芝居を観たのは3年くらい前かな。友人から“おもしろい演出家がいる”と勧められて観に行ったんだけど、それが『ZION〜目覚めよと呼ぶ声が聞こえ〜』だった。これがもうおもしろくて、一緒に行った友人とふたりで朝まで『ZION』の話をしてたからね。僕はそのころ、チャレンジする意欲を失いかけてた時期で、このまま歌舞伎役者で生きていけばいいやって思いかけてた。でも西森君の芝居で衝撃を受けて、何度か観るようになってからは何か一緒にやりたいと思って、僕自身の閉じかけてた扉も開くようになったんだよね。
西森 光栄なことですよね。最初は、恐れ多いみたいな距離感を抱いて会ったけど、初回から意気投合して飲んで、あらしさん(尾上松緑の本名)が酒が強いのには驚いた。
松緑 西森君、ぶっ倒れてたから(笑)。
西森 あらしさんは芝居のエネルギーもものすごいじゃないですか。今回ご一緒することになって、うちの劇団員に歌舞伎のワークショップをやってもらえたのもすごく贅沢だと思ってるんですよ。小劇場は小さい会場が多いので表現が手狭になりがちで、場所が大劇場に変わっても抜けないところがある。劇団としては、よりダイナミックなこともやっていきたいと思っているから、歌舞伎で受け継がれていることを教えてもらいたかった。
松緑 僕は割とパワープレイが好きだからね。でも今回のシアタートラムのような箱でそれをやると、ある大きさの風呂桶に倍の量の豆腐を押し込んだみたいに、グシャグシャっと余計なものが出てしまう。だから僕としては、風呂桶なら風呂桶サイズのものをきれいにはめ込みたい。もうひとつ緻密な芝居をしたいから、それを一緒に作っていけるのがすごい楽しみなんだよ。
松緑演じる主人公は悪
松緑 演劇を観るお客さんって、なんであれある程度の逃避を求めていると思うけど、女性がきれいなものに憧れるのに対して、男ってえぐいものに憧れるところがあるよね。僕は子供のころに、親父に無理やり『エレファント・マン』を観せられてすごく怖かったんだけど、親父が死んで、15〜16歳でもう一度『エレファント・マン』を観たとき、“俺はこれをやろう、やるんだ”と思った。そういう強烈なインパクトやカタルシスを観てる人に与えたいって西森君と話したよね。きれいな主人公だけは勘弁してくれって。
西森『ハリジャン』はそういう主人公の話ですからね。僕としても、あらしさんが歌舞伎の世界ではやれないことをやってもらいたいし、そこをやってもらえるのは最高に芝居冥利に尽きること。だから、“この芝居はこの人のために全部作ろう”と思ったんですよ。
松緑 僕はひねくれてるのかもしれないけど“我が世の春”っていう感覚がすごく嫌いで、男の何に美しさを感じるかといえば、落日の姿なんだよ。僕、ドMだから(笑)。斜陽から落日の、みじめなところがカッコイイと。それを初めて思ったのは『プラトーン』かもしれない。
西森 ああ、分かる。
松緑 玉座の上でふんぞり返るより、泥の中をはいずり回るチャーリー・シーンに美しさを感じるようになった。
西森 あらしさんとは育ってきた環境は全然違うけど、共通してるのが、すべてきらびやかで美しく表現しましょうみたいなものに、“ウソでしょ”って言いたくなるところですね。
松緑 非の打ち所のない理論って、すごく胡散臭いよね。
西森 そう。そこに対して“えっ?”っと入って行きたがるところが似てる。今、平和に暮らしているように見えて、絶対に見ないようにわざと避けているものがいろいろあると思うんですよ。だから今回の芝居では、そういうものを逆に表に出しちゃったらどうだって。見たくないものを見せてやるって。えぐいと思われるかもしれないけど、やるんだったらそこまでやらないとダメかなと。
松緑 それに僕がどう取り組もうと思っているかというと、果たして毒蜘蛛は悪なのか、サソリは悪なのかってとこだよね。人にとっては悪だけど、彼らはそれで生を受けたから生きてるわけで、悪いことをしてやろうと思いながら生きてるわけじゃない。だから、主人公は悪役だと西森君に言われたけど、僕はあえて悪役ととらえないでやりたい。
西森 人って分かりやすくしたがるんですよね。善か悪か、白か黒か、正しいか正しくないか。安心して落ち着きたいから、理解できないものや不安にさせるものを悪と言ったり、見なくなったりする。そこを突いていければいいかな。
松緑 西森君の芝居は、最終的にはそこにいくからね。オーディエンス側にも考えさせて、あとはあなたの主観に任せますと。
西森 僕だって全然違う場で仕事をしたら、ハッピーエンドも好きは好きでやるんですよ。でも、あえて劇団というホームグラウンドなら違うことをやらないと。それがお客さんに届くか届かないかは分からないけど、白黒はっきりさせようと落ち着いちゃってるところを、どれだけ不安にさせるか。そこはどうなの?っていうグレーゾーンを探してつまみ上げていくのは、僕にとっては大事な作業なんですよ。
終わるのが楽しみ
松緑 いつも西森君の芝居を観た後は、自分だったらどこに組み込まれるかなと考えてたけど、実際これから約40日間、本当に楽しませてもらえると思う。ある意味、僕が一番チャレンジャーだけど、だからこそ楽しいしね。好きだったものにトライできるっていうのは幸せなことだし、僕からしてみたら、名だたる演出家よりも西森君のほうがよっぽど偉大な演出家だから。
西森 いやぁ…。でも僕も今、本当に幸せですよ。
松緑 同世代だから、これからも西森君が演劇に携わっていく限り、僕も関わっていける。自分の席は歌舞伎というところにあるけど、これが最初で最後じゃなくね。まあ、本来ならこれは『ハリジャン』が終わったときに言うことなんだけど。
西森 終わったときにどうなるか、今から終わるのが楽しみですね。
松緑 もう二度とやらないと思ったりしてね。西森君も、あいつは二度と使わないとか(笑)。
西森 ははは。
松緑 そういう可能性もあるからおもしろいんだよ。
(取材・文/幸野敦子)
InnocentSphere『ハリジャン』【日時】4月19日(土)〜27日(日)(開演は月〜金19時30分、土日19時。20日(日)、23日(水)、26日(土)は14時の回あり。※27日(日)は15時の回のみ。開場は開演30分前)【会場】シアタートラム(三軒茶屋)【料金】全席指定 前売・当日3800円/ペア割 一組二名 7000円/学割 高校生以下2500円(当日取り置きのみ、受付にて学生証提示。InnocentSphereチケットフォームのみで取り扱い)【問い合わせ】InnocentSphere(TEL 090-9801-0715〔HP〕http://www.innocentsphere.com/)【作・演出】西森英行【出演】尾上松緑/狩野和馬、倉方規安、坂根泰士、日高勝郎、足立由夏、黒川深雪、三浦知之、間野健介、八敷勝、こうのゆか、中田真弘/大谷幸広、吉田久代(ククルカン)、窪田道聡(FIP/世界名作小劇場)、名越健一(AUN)、筒井則行(ごりぱんかにー)、斉藤みのり(ハーツエージェント)、成島かれん(ハーツエージェント)、横道毅(花組芝居)、小澤恵(劇がく杜の会)、川本裕之(KAKUTA)、伊藤優 ※出演予定だった長谷川耕(AUN)は急病のため降板
〈あらすじ〉 生後間もなく川に流され捨てられた異形の子「渋谷ヱビス」。やがて彼は生きた悪魔となって、人々を次々と悲劇の底に陥れていく――。ヱビスの腹の底に蠢く強烈な悪意の正体とは…。
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