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特集:シンポジウム「もし、新聞がなくなったら~」(その2止)

 <12面からつづく>

 ◆信頼性は新聞が優位--川邊氏/危機を乗り越えて--最相氏

 川邊氏 仕事柄、ネットを使う時間は多いが、新聞は全紙、本もかなり読んでいる。ストレートニュースはネットでも読めるが、ニュースの背景を知るには新聞の解説を読まないといけないし、ある事件について人物の生涯などを詳しく知るにはノンフィクションの本を読む必要がある。そういう意味では、今はまだ、ネットよりも紙媒体の方が、コンテンツを作り出す仕事の質が高いと言える。

 粕谷氏 私自身、携帯のメールやインターネットは活用している。何かの情報を能動的に調べる場合は、新聞はインターネットにかなわない部分がある。しかし、情報の一覧性や、ニュースがどんな価値を持つのかを提示する機能では新聞に優位性がある。こうしたことをいかに若い人に伝え、新聞の「読まず嫌い」を変えていくか、きっかけ作りが重要だ。

 坂東氏 一覧性と記録性は現代でも新聞の大きな強み。自分のインタビュー記事をネットで調べてもたどり着けなかった。でも紙の新聞だったら、切り抜いて情報を保存できる。

 橋場氏 ネットを使う人たちには新聞へのいろんな批判があり、それで読者につながらない部分がある。

 川邊氏 ヤフーニュースの責任者の立場としては、新聞がないとヤフーニュースは成り立たない。約70社からニュースの提供を受けており、1日に1億2000万回のページビューがあるが、その半分以上を読売、毎日、産経が占める。朝日からの提供はない。信頼性では、インターネットの世界でも新聞社に優位性があるからだろう。

 一方で、ヤフーニュースの記事には読者がコメントを付けられる。記事と一緒に読者の反応も読むことで、若い人が総合的に情報を読み解く力を付けていくのではないか。今は何が座標軸か分からない。物事を割り切れない中で、若者が情報を読む力を付けるという意味では、ネットが貢献できる部分もある。

 粕谷氏 ウィキペディアのように読み手が自分たちで情報の正しさを判断するのがインターネットの世界。新聞は正しい情報を知らせるのが役割。朝日新聞では、100人の記者が校閲作業に当たり、間違いがないかをチェックしている。新聞のこうした仕組みをもっと知らせる必要がある。

 橋場氏 新聞の危機はどこにあるのか。

 最相氏 インターネットの情報は無料で、ビジネスとして成り立たないという状況に一番の問題がある。もし紙の新聞がなくなれば、人々はネットで情報を求める。しかし、情報が無料で提供されると、新聞社を支えてきた販売制度の土台が揺らぐ。こうした販売面の課題をもっと考える必要があるのでは。

 橋場氏 「ニュースがなくなるのは困る」という意見が大半だ。ネットにニュースを提供しているのは新聞社や通信社。ネットの企業には情報が正しいかどうかを調べる力は今はない。新聞社は総合的な情報産業として生き残りを果たさないといけない。

 粕谷氏 顔の見えるニュースを提供しようと署名を増やしている。読者に必要とされるために、どうやって信頼を得ていくか。解説や事件の解明といった調査報道にもっと取り組まないといけない。それと、権力監視。報道されなければ埋もれてしまう事件を掘り起こすのが新聞社の重要な仕事。この力を宝としなければ。一方で、全国で43万人が支える世界一の宅配網を維持し、朝夕、ポストに新聞があるという文化を守るのも務めだ。

 橋場氏 新聞は読者の期待に応じているか。

 坂東氏 新聞は責任を取らなければいけないメディア。ネット上には自分が発信することに責任を取らない人がかなり跳梁跋扈(ちょうりょうばっこ)し、ブログ炎上やいじめが起きている。これこそ日本人の劣化。新聞のようにしっかりやるメディアが危機にある矛盾を解決すべきだ。

 最相氏 いかにクオリティーを保ち続けられるかが大切だ。

 橋場氏 ネットの世界で、新聞に頑張ってもらいたいことは。

 川邊氏 紙の新聞にある情報でネットに出ていないのは多い。朝日、読売、日経で運営する「あらたにす」には、書評は横並びに出ていない。これまでネットになかったコンテンツが増えることを期待する。

 ◇新聞報道の課題

 橋場氏 ネットの環境が整い、今は一人一人がジャーナリストになれる。だからこそ、ジャーナリストとしての力が問われる。ビジネスモデルを、世界的に模索している現状だ。まとめのコメントをお願いします。

 坂東氏 日本でも広告で成り立つ雑誌や週刊誌が増えてきた。インターネットもスポンサー付きで、ただで情報が入る。広告で成り立つメディアは広告主の意向を尊重せざるをえない。それは新聞の「言論の自由」、調査報道などの制約につながるという不安がある。スポンサーや読者に気を使いすぎても、独りよがりでも困る。読者を重視しつつ、読者におもねらない新聞であってほしい。国民自身も情報リテラシー(情報をつかいこなす力)を持たねばならない。

 最相氏 私はフリーでお金を持ち出して書いている。書いたものをただで読まれるのは嫌です。元手と時間をかけて懸命に書いたものは価値あるものとして認めてほしい。

 川邊氏 コンテンツからコミュニケーションに時間が流れ、コンテンツも身近な出来事に向かっている。これは一時的ではないかという気がしている。最後は王道にいく。友達が昨日食べた昼ごはんではなく、なぜ日銀総裁の不在が決まって日経平均が上がったか、地方の病院から産婦人科医がいなくなるのかという社会的なテーマに関して興味をもつことに戻るだろう。ただ前と違うのは、新聞ではこうだが私はこう思うというように、インタラクティブ性を持って考えるのではないか。もう一つはビジネスモデル。ネットによってビジネスモデルが崩壊するという危機に対してはヤフーも新聞も一緒になって考え、解決したい。ストレートニュースの有料化は無意味だが、解説、識者コメントなどが入った完全版を電子データ化して、ヤフーの決済を使い販売するなどの方法もある。新聞社がなくなれば日本の民度は落ちる。ビジネスモデルを構築したい。

 粕谷氏 新聞を取り巻く環境が良くなることはないだろう。だが、まだ読んでいない人からも、役立つという信頼を勝ちとらねばならない。新聞が伝えることは三つ。読者が好むと好まざるとにかかわらず伝えなければならないこと、記者が伝えたいこと、読者が知りたいことだ。この3点を守り読者の信頼を得ることが新聞の生き残る道。開けばそこに世界の縮図がある新聞は必要だからこそ自信を持てと言われたと思い、それぞれの記者が頑張りたい。

 橋場氏 世界中で悩んでいる問題だが、どこかで答えが出ると思う。これからも日々、読者と新聞社が対話し、解決するしかないだろう。

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 ◇1字に込めた心意気--北村正任・日本新聞協会会長あいさつ

 文字・活字文化、それを支える新聞がいかに厳しい状況に置かれているのかをわかりやすく社会に伝え、新聞の持つ特性、素晴らしさを改めて認識していただきたいと「もし、新聞がなくなったら~混迷時代の座標軸」という演題を掲げた。

 一人の市民として見ても、新聞はとてもよくできたメディアだと確信する。

 世界で起きている暴力やテロ、飢餓、深刻化する地球環境の問題から、未来につながる夢の科学技術の話題、一方で、身近な街のドラマまで、森羅万象、喜怒哀楽の出来事がこの紙の束の中に、すべて詰まっている。的確な見出しで記事の内容はすぐにわかる。扱いの大小でニュースの大きさも即座に判断できる。ページをめくりながら時代の文脈を読み込める。持ち運びも簡単。しかも、世界に誇る戸別配達網で、毎朝毎夕、決まった時間に家庭に届けられる。

 書籍や雑誌も貴重なメディア。開くと、いつでも、どこででも、先人たちと語り合える。文章を通じて、世界の広さを知り、自分の内面と向き合える。猛烈な速さで時間が流れる現代、文字・活字を通じて、自分の時間を取り戻せる。文字・活字文化は本当に素晴らしい。

 今、新聞各社は紙面の文字の大型化に取り組んでいる。情報をできるだけ減らさず、読みやすくしようと、英知を集めて奮闘している。インターネットでは、文字の数は無限に増やせ、大きさも自由に変えられる。しかし、新聞人は全身全霊をかけて、新聞紙という狭い限られたスペースを舞台に、文字・活字を「零コンマ何ミリ」広げるという限界に挑戦し、簡潔さで知られる新聞文章の文体をさらに簡潔にできないかと格闘している。

 そこに、新聞人の心意気を感じる。一滴一滴に芳醇(ほうじゅん)な味を盛り込もうと精魂を傾ける日本酒の杜氏(とうじ)のように、新聞人は文字・活字にこだわり続けている。そして、文字・活字文化を守り育てるために、今後も全力を挙げて臨みたい。

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 ◇国民の「知る権利」に奉仕-- 記者の「原点」再確認

 今回の公開シンポジウムは、「もし、新聞がなくなったら」とあえて極端な議題設定をすることで、新聞の果たす社会的役割を改めて考えるという狙いがこめられていた。これまで対立の構図で語られることが多かったインターネットと新聞だが、作家の瀬戸内寂聴さんやパネリストらの議論からは、ネットと新聞が補完し合う社会への手掛かりも見えた。

 検索サイト「ヤフー!」で配信されるニュースは、新聞など70社からの提供を受けているという。こんなエピソードがある。岩手県奥州市の伝統行事「蘇民祭」の観光ポスターが駅で掲示を断られる問題が今年初めに起きた。同県出身の新聞購読していないという大学生は「ヤフーニュースで話題になっていましたよ」と話していたが、新聞社の提供記事だ。担当の川邊健太郎さんは「新聞がないと成り立たない」と明言した。

 ネット産業が急成長する一方で、成熟期を過ぎて効率的な経営を迫られる新聞社は、逆風下にある。非効率な取材網を再編成した結果、記者の空白域が増加した地方では、新聞本来の役割である公権力の監視が従来よりも発揮できない事態が生まれつつあるという指摘もある。これに対し、台頭するネットのブロガーや市民メディアが将来、取材記者を代替する機能を担う存在になるのかどうかは、見えてこない。

 坂東眞理子さんは新聞を「責任をとらなければいけないメディア」とする一方、ネットについて「自分が発信することに責任を取らない人が跳梁跋扈している」と見る。不確かな情報が社会にあふれる中で、シンポの副題のように「座標軸」として新聞が果たすべき役割は極めて重い。

 ただ、信頼はなおあついのだとあぐらをかいてはいられない。国民の知る権利に奉仕することが私たち新聞記者の仕事の原点だ。「もし、新聞記者はいらないと言われたら」--。読者が記者に対し「原点」の再確認を迫るという、新聞ジャーナリズムにとって厳しい意味を持つシンポでもあった。【社会部メディア取材班】

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 ■人物略歴

 ◇はしば・よしゆき

 毎日新聞メディア面編集長などを経て現職。共著に「新版 現場からみた新聞学」。

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 ■人物略歴

 ◇かわべ・けんたろう

 慶応義塾大学SFC研究所研究員、青山学院大学、明治大学非常勤講師などを務める。

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 ■人物略歴

 ◇さいしょう・はづき

 著書に「絶対音感」「青いバラ」など。近著は「星新一 一〇〇一話をつくった人」。

毎日新聞 2008年4月11日 東京朝刊

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