日本新聞協会主催の公開シンポジウム「もし、新聞がなくなったら~混迷時代の座標軸」(文化庁など後援)が、4月6日の「新聞をヨム日」に合わせて、東京都内で開かれ、395人が参加した。基調講演では作家の瀬戸内寂聴さんが、「源氏物語千年紀」と題して、日本の誇る活字文化の象徴と言える「源氏物語」をユーモアたっぷりに紹介するとともに、新聞への思いを語った。パネルディスカッションは上智大学文学部新聞学科の橋場義之教授がコーディネーターを務め、厳しい環境の中で、新聞がいかにあるべきかを4人のパネリストが話し合った。
■コーディネーター 上智大学文学部新聞学科教授・橋場義之氏
■パネリスト ヤフーシニアプロデューサー・川邊健太郎氏/ノンフィクションライター・最相葉月氏/昭和女子大学学長・坂東眞理子氏/朝日新聞社編集担当兼ゼネラルマネジャー兼東京本社編集局長・粕谷卓志氏
◆一覧・記録性が強み--坂東氏/「双方向」を模索--粕谷氏
橋場義之氏 いま新聞は、非常に厳しい状態に置かれている。「新聞は生き残れるか」という衝撃的なタイトルの本も売れた。今回は三つのテーマに分けて考えたい。ひとつは若い人たちが新聞を読まなくなっているのはなぜか。二つ目はインターネットが爆発的に普及する中で新聞メディアはどのように位置づけられるか。三つ目はグローバル化の中で新聞が座標軸になり、信頼に値するものになるにはどうしたらいいのか--だ。
日本新聞協会の調べでは、日本の新聞のピークは97年の5376万部。06年は5231万部に減った。定期購読しない人も増えている。99年の7・5%から昨年は13・0%。内閣府の調査によると10歳から29歳までで全く新聞を読まない人は昨年47・7%になった。読者の新聞離れをどう考えるか。
川邊健太郎氏 私は33歳。95年のネット出現以前に大学生を迎えた私の世代は新聞を読んでいる。中学1、2年生のように生まれた時からネットがあると、新聞を読まないのかもしれない。
最相葉月氏 職業柄全国紙は全部、1時間半くらい朝ご飯を食べながら読む。私の周囲は新聞を読むのは当然だという人が集まっているが、編集者の中でも若い人や他業種の方は「読んでいません」と言う。これが現実だと思う。新聞を読むきっかけは、生まれてからそこに新聞があったから。父は新聞配達して私を育て、高校まで通わせてくれた。新聞は私を大きくしてくれた。危機的な状況は心配だ。
坂東眞理子氏 5年前に大学に来た。公務員のころは毎日、全国紙や場合によってはスポーツ紙をチェックした。職務上新聞を読むことが当たり前だったが、大学では「新聞を読まなくてもいい」という人が多く、ショックを受けた。学生も半分近く読んでいない。ただ、就職活動をする3年生になると、毎日読む。1、2年生のうちは、新聞がなくても生活できる。教員も授業で新聞を重要視していないからだ。
粕谷卓志氏 朝日新聞は読者の半分以上が50代以上。携帯電話代にお金がかかり、朝夕刊3925円は払えないという若い人が多い。新聞情報にはインターネットなどで触れており、紙にどう結びつけるかが課題だ。
橋場氏 私の受講生のアンケートで、ニュースを見るのは主にどのメディアかという質問では、6年前に比べ、新聞は97%から76%に、インターネットは68%から80%になった。「毎日読むか」は、02年度は58%だが07年度は25%。ネットの影響が大きいだろうが、新聞に問題があるのか。
坂東氏 「新聞に」というより、大学生の関心は自分から半径3~10メートル以内で、手の届かない所で起きる政治や社会は関係ないと思っている。
最相氏 時間の取り合いでは。限られた時間の中で何を読むのかという行動形態が変わってきている。
川邊氏 ネットが登場しコンテンツ(内容)よりコミュニケーションの方が面白いという局面にある。大きな視点ではネットが持つインタラクティブ(双方向)性に若い人は興味を持っている。
粕谷氏 双方向性という意味では、読者から提供されたニュースも取材している。ネットにニュースを流すと新聞が売れなくなるという販売店の抵抗もなくなってきた。ネットで知り得た情報を自分の知識として深めるために新聞を利用することに持っていけるように模索している。
橋場氏 インターネットにより若い人の行動はどう変化しているのかを考えないと、新聞がインターネットと上手に付き合う方法も分からない。ネット社会で新聞が果たす役割とは何か。
坂東氏 自分ではインターネットの検索機能を利用している。でも、ネットの世界は膨大な情報の海で、私たちはその中でアップアップしている。情報をどう整理するのかが重要。活字時代に育った私としては、新聞が朝刊と夕刊で1日2回、情報を仕分けしてくれる機能が大変重要な意味があると思う。
最相氏 10年前に「絶対音感」を書いた際、下準備に当時のパソコン通信を活用した。本を書くために実際に人と会って取材活動するのとは別だが、取材の準備で基本的な情報を調べるにはインターネットが欠かせない道具になっている。<13面へつづく>
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◆基調講演
「源氏物語千年紀」に、まさかこれほど反響があるとは思わなかった。私が源氏物語の現代語訳を出したのは12年前。その時既に与謝野晶子さん、谷崎潤一郎さん、円地文子さんら天才文豪による見事な訳が出ていたが、国語力が低下して、名訳でさえ読み取れない人が増えていた。私は13歳の時に与謝野さんの翻訳で源氏物語に出合った。その感動を思い起こし、ぜひ若い人、日本のすべての人に読んでもらいたいと翻訳した。
源氏物語はアーサー・ウェイリーが英訳し、世界各国の人々に読まれるようになっている。以前、外国人記者クラブの記者からこう質問された。日本に派遣される前、上司から「源氏物語を読めば、日本人の感性が分かる」と言われて読んできた。ところが、日本人の記者に話をしても、誰も読んでいない、どういうことかと。非常に恥ずかしい思いをしたことがある。
源氏物語は日本の文化遺産の最たるものだ。建物や仏像など形あるものは戦災や天災、人災に遭えばたちまち消えてなくなってしまうが、長編恋愛小説として活字で残された源氏物語は永遠に残る。
紫式部は28歳か29歳の時に父親と同世代の男性と結婚したが、3年に満たずに死に別れ、暇になり家で小説を書いた。それが源氏物語の初めだといわれる。当時は書いたものを誰かに読んでもらい、書き写したりしながら広まった。
源氏物語には430人の登場人物が出てくる。紫式部は特に主役として活躍する人物の心理を事細かく書いた。これは通俗小説ではなく、純文学だ。恋愛のあらゆる形、三角関係などあらゆるものが描かれている。
主人公は光の君。いろんなタイプの女性が登場し、どこから読んでも面白い。当時のお姫様は男性の言いなり。抵抗もせずにレイプされ、結婚した。可哀そうな時代。光の君は16歳で父の妻、実の母にそっくりな継母(ままはは)の藤壺を犯す。その後は片っ端から女に手を出した。相手の女性は7割が出家している。私自身が出家した経験から、彼女たちがなぜ出家したかという視点で翻訳ができた。
よく読めば謎がたくさんあり、何度読み返しても、もしかしたらこうかな、という新しい発見がある。誇り高い小説なのだ。
(日本文学研究家の)ドナルド・キーン氏は源氏物語を読んでびっくり仰天し、こんな素晴らしい小説を書く日本はどんな国かという思いから、日本文学を研究するようになり、深い学識のある学者になった。
1000年前、世界の誰も書いていないこれほどの大長編小説を紫式部は書いた。これは日本の誇りと言える。今、日本は政治から何から、誇りを失ったために悪くなった。日本が立ち返るには誇りを取り返すことが大切だ。
私は85歳だが、今ほど悪い時代はないと思う。文化にお金を出さない国はやがて滅びる。将来を背負う子どもや孫に、本当に日本に生まれて良かったと思えるように、日本の文化、活字文化を伝えてほしい。そのために源氏物語の翻訳を読んで、面白いと思ったらぜひ原文に当たってほしい。
--新聞などの活字メディアが魅力的であるために、何が必要か。
瀬戸内さん 活字は滅びないと思う。文学を知らない若い子が、自分の思いを携帯電話で訴える「ケータイ小説」が売れている。言葉は変わり、思想も変わるのは仕方がない。新聞は若い人が読めるような文章で書いてほしい。将来を支えるのは若い人だ。
様態は変わっても活字文化は必要だ。新聞小説はいらないと言う人がいるが、そうは思わない。私が20年前にエイズの問題を書いたものなどを今読み返すと、あの時によく書いたと思う。書いておかなければならないことがある。でも、それを活字にしてもらえなければ読まれないから。
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■人物略歴
内閣府男女共同参画局長、埼玉県副知事などを歴任。「女性の品格」など著書多数。
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■人物略歴
東京本社販売局長補佐、社会部長などを経て現職。
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■人物略歴
1922年徳島市生まれ。63年に「夏の終り」で女流文学賞を受賞、73年に中尊寺で得度。92年「花に問え」で谷崎潤一郎賞。97年文化功労者、98年「源氏物語」の現代語訳(全10巻)を完結させる。旺盛な執筆、講演と説法を続けている。06年文化勲章を受章。
毎日新聞 2008年4月11日 東京朝刊