社説

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

社説:少年調書出版 取材源守り抜く決意新たに

 報道や出版に携わる者が取材した相手との約束を守らないようでは話にならない。ましてや、それが端緒になって取材源になった人が逮捕されたのであれば、極めて深刻な事態である。

 奈良県で少年が起こした母子3人放火殺人事件を取り上げた単行本の出版をきっかけに、少年を鑑定した医師が逮捕・起訴された。その事件をめぐり、出版元の講談社が設置した第三者調査委員会の報告書は、さまざまな問題点を浮き彫りにした。

 取材・出版にかかわった筆者や講談社側の記者、編集者らは、取材源を守ることができなかった結果の重大性を改めてかみしめ、自戒しなければならない。

 この単行本はフリーライター、草薙厚子さんの「僕はパパを殺すことに決めた」。少年の供述調書の内容が詳細に掲載され、医師が刑法の秘密漏示罪に問われる事態に発展した。

 報告書によると、草薙さんらの取材に応じた医師は「少年に殺意はなく、誤解を晴らしたい」との意図で調書の写しを見せることに同意した。コピーをしない、直接引用をしない、医師が原稿の事前確認をするとの約束があったにもかかわらず、医師の許可を得ずに写しを写真撮影し、出版の際には医師に連絡もしなかったという。

 信じ難いことだ。これでは取材協力者をだましたようなものだ。取材源と約束したことが果たされなければ信頼関係は成り立たない。報告書が「重大な出版倫理上の瑕疵(かし)がある」と批判したのも当然だ。

 報告書はさらに▽筆者や編集者に取材源を守り抜く意識が十分でなかった▽社内のチェック体制が不十分だったうえ、編集者は社の法務担当部署に問題を指摘されるのを嫌がり、見せたのは発売のわずか1週間前だった▽本の帯に「3000枚の捜査資料」と銘打つなど、営業優先の姿勢が強い--などと指摘した。

 結局、筆者と講談社側の落ち度や取材源秘匿に対する認識の甘さが、事件を招いたと言わざるを得ない。講談社は出版倫理向上のための委員会を社内に設けるというが、早急に信頼回復に向けた取り組みをすべきだ。その点で、今回の詳細な報告書の公表はその一歩と受け止めたい。

 私たちは医師が逮捕された際、情報源を守れなかった責任の重さを指摘する一方で、逮捕の必要性に疑問を投げかけ、情報提供者が萎縮(いしゅく)することへの懸念を表明した。その立場は全く変わることがない。むしろ、取材源に対する検察の姿勢には疑問が深まるばかりだ。事件を契機に、内部告発や情報提供がしにくい雰囲気が社会に広がることは防がなければならない。

 メディアは取材源を何としても守り抜く覚悟が必要だ。公権力の不当な介入を招かないためにも、その自覚を新たにしたい。

毎日新聞 2008年4月11日 0時01分

社説 アーカイブ一覧

 

おすすめ情報