記者の目

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記者の目:冷凍食品なければ、困窮する家庭も=井上英介(社会部)

 ◇消費者に「もっと学べ」は酷--安全性高めるのが先だ

 冷凍食品がこれほどまでに頼りにされているのか、と正直驚いた。中国製冷凍ギョーザ中毒事件の発覚直後に半減した売り上げが、1カ月半後の3月中旬には発覚前の8割まで回復した(3月31日朝刊社会面)。

 千葉、兵庫で3家族計10人が倒れ、有機リン系殺虫剤メタミドホスが日本の残留基準の最大6万倍の濃度で検出された。「意図的な混入」は疑いようがないが、日中両国の捜査は進展せず、真相解明はほど遠い。むろん、事件の背景など、そもそも知りようがない。

 極端に言えば、同じような混入事件が再び起きても不思議はない。にもかかわらずこの売れ行きである。それを「のど元過ぎれば……」という言葉で簡単に片付けてよいものかどうか。

 3家族の中で、症状の最も重かった千葉県市川市の母子5人が気にかかっている。3週間以上も入院し、5歳の女児は一時重体となった。今、どんな思いでいるのか。3月下旬に訪ねたが、会えなかった。雨戸が閉め切られ、郵便受けは粘着テープでふさがれている。さびの浮いたトタン張りの2階建てアパート。幹線道路のそばにありながら、そこだけ時の流れから取り残されているようだ。

 ここで子供4人を育てる母親の苦労は並大抵ではないはずだ。それでも近くの住民は、子供たちが仲良く遊ぶ姿を普段から目にしていた。重篤だった5歳女児は別の病院に運ばれ、残された子供3人は病室で妹を気遣い続けたという。

 知りたいのは、この家族の食生活で冷凍食品がどんな位置を占めていたのか、だ。病院によると、被害に遭った1月22日の夕食は、問題のギョーザ、作り置きの大根とにんじんの煮物、レトルトのみそ汁、ごはんだった。安く手軽に調理できる冷凍食品が、日々の食卓に欠かせない一品だったのではと想像する。

 その意味で、2月14日の本欄、中村秀明記者の「消費者は甘やかされる存在なのか」には、大きな見落としがあると考える。

 中村記者は、日米の消費者運動の歴史に触れつつ、次のように書く。

 消費者は60年代から70年代にかけて世の中を変えようと働きかけ、不正の告発のために専門知識を学んだ。だが、80年代半ば「消費者ニーズ」という言葉が出てくると、学ばなくなった。生産者はニーズを「安い」「手軽」「便利」に単純化し、消費者のわがままを増長させた--。そして、今回の中毒事件を引き合いに、「外国の工場で半年以上前に製造され、冷凍保存された食品を口にすること自体、無理がある」と主張する。

 総論ではその通りだと思う。中国製の冷凍食品は、ゆがんだ消費者ニーズの産物なのかもしれない。「安ければいい」というニーズの陰で中国の労働力や食材が買いたたかれ、日本の産地も衰える。その揚げ句「安かろう、危うかろう」ではたまらない。賢明な消費者なら買わないだろう。

 日本冷凍食品協会によると、06年1年間の冷凍食品の消費量は269万2520トンで、1人当たり年間21キロ食べている。乳幼児まで含む数字なので、実際はもっと多いだろう。日本の食に深く浸透している。しかしながら、安く便利であるがゆえに、家庭により依存度には差があるだろう。働き方や家族構成、経済的な事情によって、冷凍食品がないと成り立たない食卓があるのも現実だ。

 問題のギョーザを売った「ちばコープ」市川店で、何ごともなかったかのように冷凍食品が売れている。近くの団地から1歳と3歳の子を連れ、冷凍のチキンナゲットを買った30代の主婦は言う。「買い控えは1週間くらい。家計は楽じゃないし、子育てで時間の余裕もなくて……背に腹は代えられない」。私は、この主婦に「もっと学べ」とは言えない。

 夫婦共働きは当たり前、片親の家庭が少しも珍しくない時代だ。派遣やアルバイトのような非正規雇用で賃金が抑えられ、将来の保証もないワーキングプアが増えている。

 中村記者の言う「(消費者は)自覚と賢明さこそが必要」は正論だが、現に消費者の口に入るものの安全性を、少しでも高める仕組みの構築こそ急ぐべきだ。今回の事件では、中毒被害の責任をすべて中国に押し付ける空気が世を覆うが、日本たばこ産業や生協、保健所などの不作為、判断ミスが被害を広げた側面もある。与党の「消費者庁の創設」も一つの手段だろう。

 日々の暮らしに精いっぱいで、冷凍食品に頼らざるを得ない消費者の声なき声を、聞き逃してはならない。

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 ご意見は〒100-8051 毎日新聞「記者の目」係 kishanome@mbx.mainichi.co.jp

毎日新聞 2008年4月4日 東京朝刊

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