“ケチ”のついた聖火リレー
安全上の理由でいったん消されたり、バスの中に退避する聖火リレーなど何の意味があるのだろう。ロンドン、パリで続発した聖火リレーの激しい妨害行為の様子が映像で流れるたびに、北京五輪のイメージはますます悪くなるばかり。前回アテネ五輪と同様、世界5大陸をめぐってのPRもまったくの逆効果だ。
1964年東京五輪の聖火リレー最終走者だった、元フジテレビ社員の坂井義則さん(62)も「残念の一言」という。広島に原爆が投下された45年8月6日に広島県三次市で生まれた坂井さんは、平和を祈念する五輪の象徴として白羽の矢を立てられ、短距離走者だった早大1年のとき、その大役を務めた。
ギリシャで採火され東南アジアを経由して日本に運ばれた聖火は、最後に10万743人目の走者だった坂井さんの手に渡った。トーチの重みに負けないよう腕を高く上げることだけ考えて走った。「神宮プール(現スケート場)の前で引き継ぎ、聖火台に点火するまでの3分で人生が変わった」。聖火はいろんな意味で重かった。
先月25日の採火式の前後、坂井さんは中国メディア数社の取材を受けた。採火式で妨害があった後は「(人権問題など)五輪の理念に反するからでは…」と、逆に質問すると取材者は言葉に詰まった。「IOCが強い態度に出て(国際ルートからの)勇気ある撤退があってもいい」と言葉を強めた。
北京で坂井さんの“後輩”となる最終走者はバスケットボールNBAの姚明が有力候補らしいが、こんなケチのついた聖火は、誰が聖火台に点火しても感動にはほど遠い。とにかく早いところ自分の国に持ち帰って、国内を2周でも3周でもしたらどうだ。
(サンケイスポーツ・今村忠)