チベットの暴動で北京五輪を見る世界の目がけわしくなった。一方、中国の治安当局も観衆が競技場にチベットの旗やプラカードを持ち込まないか神経をとがらせている。スポーツの祭典という空気ではなくなってきた。
報道によると、団体で競技を見に来る観客には必ず警官を同伴させることが決まったという。
同伴の警官は、騒ぎを起こした前歴のある人物を事前にメンバーから外し、参加者の名簿を北京の警察に届ける。競技中は会場の警備員と協力して一行を監視する。どこの競技場も警官でいっぱいになるだろう。
昨年来、北京五輪で破壊活動をするおそれのある要注意組織として4団体の名前が流れていた。
第1はチベット独立を叫ぶ「ダライ・ラマ集団」。第2はウイグル民族の独立を求める「東トルキスタン・イスラム運動」、第3は中国人の人権活動家や民主化運動家を援助する「アムネスティ・インターナショナル」、第4が中国共産党に敵対的な宗教団体「法輪功」である。
中国公安当局は、この4団体を早くからマークしていた。「ダライ・ラマ集団」のひとつ、チベット青年会議が昨年8月、対話路線から実力闘争に路線変更したこともつかんでいた。
にもかかわらず、チベットで大規模な暴動を防げなかった。やらせておいてから一気にたたくという弾圧の手法を中国では「引蛇出洞(蛇を穴からおびき出す)」と言う。それだったのではないかという見方がある。
新疆(しんきょう)ウイグル自治区では、ウイグル人によるハイジャック未遂事件が起きたと発表された。その後、事件の続報はないが、厳戒態勢が敷かれているという。北京では著名な人権活動家や弁護士の拘束が伝えられている。予防拘束だろう。
日本で毒ギョーザ事件が起きた時、中国当局者は早くから「日中友好を望まない一部の過激分子のしわざ」と決めつけていた。この「過激分子」とは法輪功を示唆したものではないかといわれている。
中国当局は法輪功を警戒するあまり、ギョーザに毒を入れたのは法輪功と思いこんでしまったのかもしれない。それでは事件は解決しないだろう。
天安門広場で、アテネから中国に到着した聖火の歓迎式典が行われた。周囲を封鎖し一般人を閉め出して。寒々とした光景である。(専門編集委員)
毎日新聞 2008年4月3日 東京夕刊