── 今、日本企業に不足していることは何でしょう。
「こんなことをやろう」とトップが言い出して、縦のリスクを取ることでしょう。トップが発案すると、それをあらゆるところで支える人間が何千人もいます。
なぜ支える人が喜ぶかといったら、ソニーで言えば木原(信敏)さんという人に井深さんが、お前、VTRができないかと言うわけです。ベータ、VHSで負けても基本特許はソニーだから、お金はどんどん入ってくる、と。だからその木原さんが、井深さんの喜んだ顔を見たい一心でやるんだと思うんです。やっぱりそういうものでしょう。日本の現場にいる職工さんというのは、一生懸命やってくれるけど、自分の苦労したところをトップが見て、ああ、お前、よくやったなと言われて喜ぶわけじゃないですか。そうして支え合うことがなくなると、話としてもう成立しないわけです。
優れたトータルの仕組みがあって、現場がある
ただし、現場があるといっても、その上にトータルの仕組みを考えている人がいるんです。いろいろな言い方はあるけれども、仕組みとか、システムとか、英語的に気取って言えばアーキテクチャーとか、コーポレートアーキテクチャーとか。
── コーポレートアーキテクチャーをつくっている人というのは……
コーポレートアーキテクチャーって、ちょっと言い方が硬いけど、もっと言えば、例えば京都に日本の人間国宝みたいな名人がいて、何か作っているでしょう。でも、それを支えるためにはその産業がずっとあるわけです。窯元があれば窯をやっている人がいたり、まきを取ってくる人もいれば、炭を焼いている人もいる。そういう1つの生態系があって、その現場があるのであって、いきなり現場があるわけじゃない。そういうの全部が生態系じゃないですか。その中に現場があるという話にいかないといけないということです。
── 現場だけにフォーカスするのではなく、大きなサイクルの中で見るべきだ、と。
例えば、競馬界では武豊というスターが馬に乗れるのもブリーダーがいるからでしょう、馬主がいるからでしょう。馬券を買っている人もいるわけでしょう、このトータルの仕組みがいるんです。
── このトータルの仕組みが、日本は今少し欠けているんですかね。
構想力が不足しているように思います。最近だったらJリーグが一番うまくいっているかな。
── その生態系づくりが大事ですね。日本も今、ちょっと厳しい局面にあるのは、生態系づくりがうまくいってなかったということですかね。戦後はソニーなんかまさに、ホンダもトヨタも生態系としてうまくいっていたわけですね。
そうです。では、次にどこにいくかというと、どういう生態系に変化するか分からない。要するに、マイクロソフトはうまくいったわけだけど、仮にヤフーを買っても、レイヤーが違うからグーグルにはかなわない。グーグルは違うところを押さえちゃったわけだから。
── 最近は環境ベンチャーの顧問もされていますね。本来、出井さんにはエレクトロニクスというイメージがありますが、エネルギーは全然違う分野ですね。
僕は、エレクトロニクスとは違うことをやろうと思ってます。エレクトロニクスでいくと、ソニーに口出ししちゃうから、エネルギーならいいだろう、と。だから最近、エネルギーに詳しいですよ。特に日本は海洋国だから、そうすると海洋の中には……
── ミネラルとかいろいろな物質が入っているんですよね。
そうそう、資源がある。資源をどうやって取り出すのかというベンチャー企業にもかかわっています。その会社の現場力も、トップが「本当にこれがやりたい」という何か“気づき”みたいなものと大きくかかわっていますね。
だから、人間って何に気づくかよく分からないんだけど、やっぱり気づきの人と、現場をやっている人、このスペシャリストの組み合わせがまずあり、現場で自分のやっていることをアプリシエートしてくれるトップが近づき、伸びていく。それが日本の力ですよ。技術にロイヤルティーがある人はとても貴重です。
── そうすると、気づきと現場が結びついて新しい産業が今後も生まれてくる。
そういう新しい事業や産業を創出するのは、このクオンタムリープの一番の趣味なんです。
── それをいろいろ支援していくということですね。出井さんは山のようにやることがいっぱいありますね。
楽しくてしょうがない。半導体だってそうです。今、ルネサステクノロジとかエルピーダメモリとかあるけど、次世代の半導体はどうするのといった場合、新しい現場が必要なんです。
要するに今までの現場というのは、プロセスエンジニアの現場だったけど、おそらく今からはアプリケーションと一緒になった現場になると思います。そうすると、プロセスのエンジニアは微細のプロセスだけじゃなくて、どういうふうに使われるかを考えなきゃいけない。
── 新しいことを考えれば、日本はやっていけるところがあるわけですね。
中国のことを考えると、要するに安くたくさんというのは20世紀の考え方。21世紀の物づくりというのは、たくさんじゃなくて、“その辺のトップ”ということでしょう。
── 大量じゃなくて、多品種でいろいろ作るということですか。
そうそう、発想の転換をして、ニッチのトップを目指す会社が面白いと思います。そこにはもちろん、経営者と現場双方の執念が必要です。