北朝鮮の「非核化」への動きが止まっています。六カ国協議の画期的な合意から一年余。米朝の我慢比べのためですが、ここへ韓国も加わりそうです。
またまた始まったか−長い間、北朝鮮を見ていると時々こんな場面にぶつかります。
「李明博(イミョンバク)逆徒が…対決に向かうなら、われわれも対応を変えざるを得ない」「取り返しがつかない破局的事態が招かれることに全責任を負うことになる」
何ともえげつない表現です。一日付の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は、韓国の李明博大統領を初めて名指しで非難しました。
見返り遅れにいらだち
直前には、南北協力の開城工業団地からの韓国側要員十一人を追放し、翌日は黄海へミサイルを三発発射しています。
交渉や支援が思うように進まないとき、緊張ムードを高め、強硬発言を繰り返すのは、北朝鮮のいつものやり口です。
今回は就任早々の李大統領への当て付けです。これまでの一方的援助と違い、非核化最優先、相互主義を打ち出し、北朝鮮の言いなりにならない新政権は極めて不快なのか。九日の韓国総選挙、中旬の米韓首脳会談への揺さぶりも狙いです。
背景には、六カ国協議が停滞し米国などの見返りが遅れていることへのいら立ちがあります。
昨年二月の「共同文書」で「非核化」の行程が定められ、北朝鮮はすでに「初期段階」の寧辺の核施設の稼働停止を実施しました。年末には「次の段階」としての核施設の無能力化、すべての核計画の完全な申告を完了となっています。
北朝鮮は昨年十一月に申告書を米国に伝えました。この段階を越せば、見返りとして米国は北朝鮮のテロ支援国指定を解除。さらには米の貿易禁止や国連の経済制裁も解除され、周辺国の食糧支援も大幅に増加…と進むはずでした。
“拉致後遺症”が背景に
しかし、米国はプルトニウムによる核計画だけでなく、ウラン濃縮による核計画、シリアへの核協力も含めた「完全かつ正確な申告」を求めたのです。
見返りは欲しいものの、北朝鮮は「そんな事実はない」と強く反発しています。一つは“拉致後遺症”のためです。
金正日総書記は日本に拉致を認めて謝罪したが、かえって疑惑が深まり、見返りは水泡に。核申告でも米国の要求を認めると、次々と疑惑を指摘され、丸裸にされるという恐怖感です。
一方で、北朝鮮は来年一月が任期のブッシュ大統領の足元を見てという分析もあります。
イラクの泥沼にあえぐなか、六カ国協議の成功で外交成果をあげるのが最重要課題。時間稼ぎをしていれば、米国は必ず譲歩してくるという読みです。
しかし、米国が「申告」内容を厳格にしたのは、北朝鮮の実情を念頭において、応じざるを得ないとの読みがあってのことです。
北朝鮮はことしの施政方針「新年共同社説」で、故金日成主席の生誕百年である二〇一二年を「強盛大国の大きな扉を開く」年と位置付け、ことしをそのための「大転換の年」に定めました。
「強盛大国」は金総書記が掲げた大目標。すでに思想・軍事強国は達成し、残るは経済分野のみというのが北朝鮮の分析です。
ところが、昨年秋の大水害に世界的な原油や食糧の高騰が追い打ちをかけています。自立経済が破たんしている現状では、周辺国の援助なしに、生誕百年を祝うことができません。それどころか、飢餓が広がって体制の危機すら招きかねません。
北朝鮮にしても、核問題の進展に伴う見返りは、一刻も早いほうがいいのです。
米朝は相手の譲歩を見越して我慢比べ。かくして六カ国協議は停滞です。同じようなことが今度は南北朝鮮間でも始まります。
李大統領は、北朝鮮の脅しにいかに耐えて、相互主義、実利外交を貫くかが試されます。
ここで米国や韓国が安易に譲歩すれば、非核化は進みません。
一九九〇年代の核危機。プルトニウムによる核兵器開発の凍結を決めた「米朝枠組み合意」をよそに、北朝鮮は弾道ミサイルを発射し、ウラン濃縮による核開発に手を染めた疑いがあります。
交渉に二つの原則
同じ間違いを繰り返さないためまずは「正確で完全な申告」は譲れないところです。
対北交渉では、完全な「非核化」への確証がある、国民を抑圧する独裁体制の延命に手を貸さない−これが原則です。
冒頭の脅しに対し、韓国政府は「長期的な視点で堂々と対応する」と冷静でした。我慢比べはしびれを切らした方が負けです。
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