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社説天声人語

社説

2008年04月07日(月曜日)付

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希望社会への提言(24)―「憲法25条」を再定義しよう

 ・現代にふさわしい文化的な生活を追求する

 ・各党も国民も、希望社会の具体像を描こう

 「日本に来てみると人の目に希望があり、救われる思いがした」

 敗戦で灰燼(かいじん)に帰し、戦火に多くが倒れ、生き残った者はその日暮らしに追われていたころ。日本人の心に寄り添った英国の詩人がいた。

 文化使節として47年に来日し、50年までに600回、英文学などの講義で各地を回ったエドマンド・ブランデン。彼の言葉だ。48年正月、荒垣秀雄の「天声人語」が伝えている。

 当時の日本には、晴れ渡る青空以外に何もなかった。だが同じ空でも、恐れていた敵機はもうない。空に平和が戻ったように、人の暮らしも、いまは苦しくとも明日は良くなる。

 人々の思いが、希望の光として瞳に宿ったのだろう。さあ、復興だ。そして、いつか豊かになろう。そう信じた時代が50年代、60年代と続く。

 死にものぐるいで働いて、豊かになった。物は満ち足り、自家用車もマイホームも当たり前になった。

 しかし、表面的な繁栄とは裏腹に、人々は弱く孤独になった。頼りにしてきた会社も終身雇用してくれるか怪しい。家族のきずなはもろくなった。

 そして何よりも、希望が見えなくなった。目の前に立ちはだかる政府の膨大な借金と、急速な少子高齢化。忍び寄る経済力の衰え……。

 未来に生きる子どもたちに、不安より希望を残したい。 

 そこで思い起こすのは、あの敗戦後、私たちの先人がすべての国民に向けて、ある理想を掲げたことだ。

 日本国憲法には、人間が人間らしく生きる権利をもつ、とした条文がある。第25条である。

 1 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。

 2 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。

 この規定は、連合国軍総司令部(GHQ)の憲法草案にはなかった。衆院の委員会で、森戸辰男議員(社会党)ら日本人により加えられたのだ。

 当時、文化的水準に応ずる最低限度の生活について問われた森戸氏は「その国のその時の文化水準に応じた最低限度の生活という意味」と説明した。 一定の福祉水準を想定したものではなく、国全体の生活が向上すれば福祉も良くしていくとの考え方だ。

 25条は、とかく生活保護の水準確保について定めた条文として扱われてきた。しかし第2項から分かるように、じつは広く社会福祉を拡充することをめざしている。

 その精神が制度づくりに結実したのは、映画「三丁目の夕日」が舞台にした58年から59年ごろだったろう。この2年間に、最低賃金法、国民皆保険をめざす国民健康保険法改正、自営業者らを対象に加えた国民年金法が次々と日の目を見た。岸内閣の時だ。

 岸信介首相といえば、60年の安保改定や警察官職務執行法改正といった強硬路線で国論を二分した印象が強い。だが、追放すべき「三悪」に貧乏を加え、そのために経済政策と社会保障制度の拡充を進めた顔もあった。

 岸氏が安保改定と心中するように政権を去った後、所得倍増を掲げた池田政権のもとで、日本は成長路線をひた走る。国民の努力で社会全体の生活水準が向上するにつれて、わざわざ25条を持ち出さなくても福祉水準は向上する。そんな追い風の時代が続いた。 

 しかし、である。二度の石油危機とその後のバブルの発生・崩壊が、経済の潮目を決定的に変えた。

 低成長へ移り、税収は思ったほど伸びない。成長を取り戻そうと、減税と景気刺激策を繰り返す。福祉も公共投資も借金頼みが限界に来た。

 希望がかすむいま、改めて25条の精神が私たちに問いかけてくる。

 現代社会にふさわしい「文化的な生活」とは何か、いまの尺度で問い直す必要がある。そして「すべての国民」がその恩恵にあずかれるよう、制度を作り直さねばならない。

 恩恵はただでは享受できない。みんなの努力と相応の負担、互いに支え合う「連帯」の仕組みづくりが欠かせない。私たちが積み重ねてきた提言は、突き詰めればそういうことだ。

 先頭に立つべきは政党だろう。各党は、将来にわたって確保すべき生活水準の具体像を明らかにし、そのための道筋と、必要な負担をきちんと示してほしい。これを「希望社会への契約」としてマニフェストに示し、国民の理解を競い合うのだ。

 私たち一人ひとりも、よく考える必要がある。子どもや孫の成長を楽しむように、その世代のために希望を残すことを大きな楽しみとしたい。

     ×    ×

 今回で社説シリーズ「希望社会への提言」を終え、12日に締めくくりの座談会を掲載します。提言の全内容はhttp://www.asahi.com/shimbun/teigen/index.htmlにあります。

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