■相手と距離置き
「電話は嫌いです。自分の名前の最初の音が出なくて」
北九州市の50代男性は、幼いころから吃音に悩んできた。50音の中でも、は行、か行が苦手。早口なのは「いったん言葉を切ったら、つなぐのが難しいから」。自分なりに身に付けた方法だという。
幼稚園の学芸会では「この子はどもるから」と台詞(せりふ)のある役を降ろされた。小学校では、音読に緊張し「自分の番が近くなると、一言目をどう言おうか、そればかりに集中して内容が頭に入らなかった」。足で床をぐっと踏み、言葉が出るように弾みをつけた。
中学時代は、成績上位が自信になって吃音は消えたが、高校は進学校で成績が下がって逆戻り。「劣等感と重なって皆が上の人間に見えた」
大学卒業後は、会話が重要な接客や営業の仕事は避けて研究職に。だが、電話は苦痛で、同僚に聞かれないように公衆電話を使った。結局、3年で退職。今は配達業務に従事している。
「常に相手がどう思うかを気にして距離を置いてきた」と振り返る。今も職場には、吃音者であることを伏せている。
■プラスの思考で
吃音の原因は、体質や遺伝説、情緒説、本人の意識説など研究によってさまざま。だが、どれも特定には至っていないという。
では、どのような訓練が行われているのか。
北九州市小倉南区の市立総合療育センター。吃音がある男児(10)は、言語聴覚士の斉藤吉人・訓練科長が太鼓やゴリラなどの絵カードをめくるたびに言葉を発しようと試みていた。でも、ときどき言葉が出てこず、無言になる。
そんなとき、斉藤科長は左手の指を折りながら一音ずつ声に出すように導いた。すると、うまくいく。吃音はリズム障害でもあるため、指折りでリズムをつける訓練だ。発音しにくい言葉も、例えば「自動車」は「車」に置き換えるような工夫を教えている。
学ぶのは本人だけではない。斉藤科長は、周囲の大人たちにこう呼び掛けている。
「子どもたちに『ゆっくり言ってごらん』と指摘しないこと。流ちょうな言葉を求めるのではなく、何を言いたいのかを受け止めてほしい」
同市小倉北区の市立障害福祉センターでは、遊戯療法を実践している。毎月2回、3-4組の親子が集まり、ボールやマットを使って遊んだり、絵を描いたりして過ごす。
同センターの言語聴覚士、田中愛啓さんと志賀美代子さんは「コミュニケーションを楽しみながら、どもってもいいんだ、というプラス思考を体得してほしい」と目的を語る。
■カミングアウト
成人の場合は、吃音を自分で受け入れるようにカウンセリングを含めた支援などが行われ、自助団体の活動も活発だ。
民間吃音矯正所の受講生が集まって1966年、東京で発足した「言友会」。68年には「全国言友会連絡協議会」が組織され、当初は矯正が目的だったが、76年に「どもりを持ったままの生き方を確立する」とした「吃音者宣言」を打ち出してからは方針転換。吃音といかに上手に付き合い、相手に気持ちを伝えるにはどうすればよいのかに活動の軸足を置いている。
今月7日、北九州市戸畑区で開かれた地方組織「北九州言友会」(59人)の例会では、参加者10人が「あいうえお、いうえおあ…」の発声練習の後、人前で話すことに慣れようと順番に近況を報告し合った。男性会員は「ここは私にとって心の安定が図れる居場所」と語る。
9月には同市で第41回言友会全国大会が開かれる。その全体会では、初めて吃音の「公表(カミングアウト)」をテーマに語り合うという。
北九州言友会は「友達がいれば何でも話せる。1人で悩んで孤立せず、会で思いを語り合いましょう」と参加を呼び掛けている。
【写真説明1】絵カードを使って言葉の訓練をする北九州市立総合療育センターの斉藤科長
【写真説明2】発声練習や3分間スピーチが行われる自助団体「北九州言友会」の例会