●回復力を引き出す社会に
▼福岡女学院大3年 桂城 舞さん
私が小さいころ、家族は仲が良く幸せでした。私が小学3年の時に父が興した有限会社は、間もなく株式会社になりました。父は仕事が忙しくなり、家を空けることが多くなりました。
父が自ら命を絶ったのは、今から3年前の2004年7月7日です。持ち物は2000円だけが入った財布と、一冊のノートでした。そこにはこう記されていました。
「7月1日 今日も山に行った。死にたい。死ぬのがこんなに怖いとは」「7月2日 今日もまだ死ねない」
決して弱音を吐かなかった父だったのに…。
借金を抱えていたことを知ったのは、亡くなった後でした。追いつめられていた父に、なぜ気づいてあげられなかったのか。食事に行こうと誘われたときに、なぜ断ったのか。私が優しくしていたら父は死なずに済んだのではないかと思うと、とてもつらかった。
父が乗り越えられなかった世の中を、自分はどうやって乗り越えていけばいいのだろう。毎日悩みました。
この思いを打ち明けることは誰にもできませんでした。親族からは「心筋梗塞(こうそく)で亡くなったことにしなさい」「あなたがお姉ちゃんなんだから、しっかりしなさい」と言われました。
父が死んだのは自分のせいではないか。父が弱い人と思われるんじゃないか。心のバランスを崩し、私も後を追っていった方がいいのでは…、とふさぎ込む日が続きました。
そんな中、あしなが育英会の集いで、自分と同じような体験をした人たちに出会いました。「舞がどんなにつらい思いを抱えているか分からないかもしれない。でも、舞のことを分かりたいって思うよ」。こう言葉を掛けられて、初めて父のことを話すことができました。父のことが大好き。戻ってきてほしい…。私の思いを、みんな真剣に聴いてくれました。
父が死んでから、自分は存在する価値がないと思っていた私が「ここにいてよかった。生きててよかった」と思えるようになりました。今は、同じような経験をした後輩たちの話を聴く立場になりました。
人には、自ら回復できる力があります。それを引き出し、気づかせてくれる機会が常にある世の中であってほしい。そんな社会なら、つらい思いをする人も減ると思う。
誰かが困っているときは、自分が持つ力を精いっぱい分けてあげたい。私がつらいときは、その力を借りて生きていきたい。
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●語り合う場を全国に
▼リメンバー福岡代表 井上久美子さん
私自身は自死遺族ではないが「自殺で親を亡くした子どもは、将来の選択肢に自死が入る」という言葉を聞き、衝撃を受けた。自分にできることから始めようと考え、遺族の方々が安心して集まって語り合える場を仲間とつくった。
2カ月に一度の集いには、毎回20人前後が参加し、スタッフの進行で自分の思いを語り合う。参加者は3年間で延べ350人を超えた。
集いは、安心して何でも吐き出せる場所。人の話を聞いて心の中を整理する。そして生きていくことへの折り合いをつけていける。そんな大切な場になっている。「2カ月後の集いまで生きてみよう」。みんな、そんな思いで参加している。
長崎や宮崎、山口、広島から参加する人もいる。遺族が語り合える場が、もっとあちこちにできればと思う。私たちも、何十年も前の出来事にふたをして生きている遺族の方々に届くよう、もっと情報を発信していきたい。「『私の親はがんで死んだ』と語るのと同じように『自殺で死んだのよ』と言える世の中にしたい」。そんな遺族の声に耳を傾ける気持ちを持ち続けたい。
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●分かち合う力を育む
▼あしなが育英会虹の家課長 西田 正弘さん
1998年に年間自殺者が3万人を超えたのを機に、親を自殺で失った子どもを支える活動を始めた。彼らが教えてくれたのは、1番大事な人の死を語ることができないということ。親族からも「親が自殺したと人に言ってはいけない」と言われる。自死遺族の悲しみを「サイレントグリーフ(沈黙の悲しみ)」というが、本当は「社会から抑圧された悲しみ」だ。
2000年に遺族の子ども100人にアンケートをした。三分の一が「自分のせいで親が自殺した」と考え、「もう1人の親も自殺するのでは」とも悩んでいた。そして約2割が「自分も自殺を選んでしまうのではないか」と感じていた。
「どんなに貧しくてもお父さんと生きたかった」という遺児の言葉は「どんな社会にすればいいか考えてほしい」という声に聞こえる。声なき声に耳を澄ませる。それが分かち合う力だ。
マザー・テレサは「愛の反対語は無関心」と言った。「自殺は弱い人がすること」ではなく、見方を変えてほしい。遺族の痛みを沈黙の悲しみにせず、分かち合う力を育(はぐ)んでいきたい。それが生きる力につながる。
遺族を孤立させないでほしい。リメンバー福岡のような分かち合いの場を理解し、そのスタッフを支えていくことも地域の役割だと思う。
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●心の病に目を向けて
▼福岡市精神保健福祉 センター所長 西浦 研志さん
2002年からセンターの職員と自殺対策の勉強を重ねてきた。そこで学んだのは、自殺問題に取り組むには、まず自死遺族の支援が欠かせないということ。それは私たちの信念になった。
自殺に至った人の7-8割は、未治療の精神疾患が隠れている。さらにその半分はうつ病で、ほとんどの人が亡くなる1-3カ月前に、かかりつけ医に不眠や腰痛など何らかの症状を訴えているといわれる。福岡市では、市医師会の提案で、うつ病早期発見のための内科医研修を始めた。
自殺未遂者や遺族の相談窓口のネットワークづくりや広報にも動きだしている。子どもの自殺や多重債務など経済的な問題にも取り組みが始まっている。
学校教育では、精神保健について学ぶ機会が少ない。自殺を身近な問題ととらえられるよう、養護教諭を中心に中学・高校で何らかの対策をとるべきだと思う。
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●支え合う社会が理想
▼九州大医学研究院 精神病態医学教授 神庭 重信さん
自殺の背景には経済苦などさまざまあるが、うつ病の存在は見逃せない。うつ病は「私は関係ない。特殊な人だけがなる病気だ」と誤解された時代もあったが、心理的・身体的に追いつめられた状態では誰でもがなりうる。自死遺族になること自体も自殺の危険性を高めると言われるほど、重いうつ状態に陥る恐れがある。
私たちは誰しも、大切な人を失うことから避けて通れないが、自殺の場合は、亡くなったときのことを覚えておくことに苦痛を感じ、人に語れない。一方で同じ体験を人と分かち合うことで、喜びは倍増し、悲しみは半減するといわれる。
悲嘆を分かち合うリメンバー福岡は、人が人を支える取り組みだ。それが地域に広がることで、人の痛みを自分のこととして考え、いのちや人権を大事にする、そんな社会をつくっていきたい。
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●想像力を養って、痛みを共有したい
▼田川大介・西日本新聞編集委員
いじめを苦にした子どもの自殺など、社会的な背景がなければ自死が新聞に取り上げられることは少ない。私たちは、ニュースにならないもの、目に見えないものにはなかなか関心が向かない。
自殺者は毎年3万人以上と簡単に言うが、毎日90人。交通事故の5倍。未遂者はその10倍といわれる。自殺は隠された死というが、実は身近な死なのだ。そのことに思いをはせることができるかどうかが、当事者の痛みを少しでも和らげ、自殺への偏見を払拭(ふっしょく)することにつながると思う。
私が自死遺族との出会いを通して突き付けられたものは、見えないものに目をそそぐということ。さまざまな事象を自分のこととして引き寄せ、考えることができるかどうか。自戒を込めながら、想像力を養っていきたい。
いじめによる自殺を報道することが、自殺の連鎖を生むとの指摘もあるが、知らなければならない情報は、待っていても出てこない。丁寧な取材を積み重ねることで真実に迫り、痛みを社会で共有したい。
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●次の集いは23日
リメンバー福岡の第18回遺族の集いは23日午後1時15分-4時、福岡市中央区舞鶴2丁目、あいれふ8階である。参加費1000円。問い合わせは、福岡市精神保健福祉センター=092(737)8825、または事務局の留守番電話=092(525)2308=ファクス兼用=へ。担当者が折り返し連絡する。
【写真説明1】パネルディスカッション福岡市中央区
【写真説明2】リメンバー福岡代表 井上久美子さん
【写真説明3】あしなが育英会虹の家課長 西田 正弘さん
【写真説明4】福岡市精神保健福祉センター所長 西浦 研志さん
【写真説明5】九州大医学研究院 精神病態医学教授 神庭 重信さん
【写真説明6】田川大介・西日本新聞編集委員
=2007/09/09付 西日本新聞朝刊=