道南編 その3 胆振支庁 | |||
文学碑 | 詩 碑 | 歌 碑 | 句 碑 |
3 | 3 | 18 | 7 |
文学碑 | 小 桧 山 博 ・ こひやま はく | |
地の音よ 樽前山よ わが青春 ・苫小牧市末広町 市民文化公園 ・平成15年10月 建立 樽前山麓産 安山岩 ・網走支庁 滝上町生まれ 苫小牧工業高校卒業 著書「地の音」は苫小牧の街を舞台にした自伝的小説 |
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文学碑 | 葉 山 嘉 樹 ・ はやま よしき | |
室蘭港が奥深く廣く入り込んだ、その太平洋への湾口に 大黒島が栓をしてゐる。 雪は、北海道の全土を蔽ふて地面から、雲までの 厚さで横に降りまくった。 ー海に生きる人々よりー |
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・室蘭市入江町 入江運動公園 ・昭和61年10月 建立 長谷川遅牛 揮毫 安山岩 ・明治27年3月 福岡県生まれ 昭和20年10月歿 ・著書「船の犬」「カイン」「鴨猟」「淫売婦」「葉山嘉樹全集」他 ・「海に生きる人々」は、大正5年葉山が室蘭港に出入した 石炭船に乗船した体験をもとにした長編小説である。 |
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文学碑 | 八 木 義 徳 ・ やぎ よしのり | |
この二百メートルほどの 高さをもった小さな山の頂上は、 中学時代の史郎にとっては もの思う場所≠セった。 「海明け」より ・室蘭市清水町測量山観光路山麓 ・昭和55年11月 建立 直筆 ・明治44年10月 室蘭市生まれ 平成11年11月歿 ・著書「劉広福」「母子鎮魂」「海霧」「摩周湖」「風祭」 「海明け」「漁夫画家」他 室蘭市民栄誉賞受賞 |
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詩 碑 | 知 里 真志保 ・ ちり ましほ | |
銀のしずく ふれふれ まわりに ・登別市 登別小学校校庭 隣接地 ・明治42年2月 登別生まれ 昭和36年没 ・案内板に「この地は郷土の生んだ偉大な言語学者知里 真志保が登別小学校に通い天真爛漫な少年時代を過ご した思いで多い所です。」とある ・「アイヌ神謡集」の著者知里幸恵の弟 言語学者 ・アイヌの言語、生活、地名などに関する著書多数 |
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詩 碑 | 浅 野 晃 ・ あさの あきら | |
われらはみな 愛した 責務と 永訣の時を 詩集「天と海」より ・苫小牧市勇払原野まきば遊園地 ・昭和44年6月 建立 水野茂夫 揮毫 ・明治34年滋賀県生まれ 昭和20年戦後5年間勇払在住 ・近隣地域に幅広い文化活動を惜しまず貢献した。 ・著書詩集「天と海」「風死なず」「光の中を歩む」「寒色」他 |
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詩 碑 | 石 川 泰 輔 ・ いしかわ たいすけ | |
残雪を抱いた美しい樽前山に 白い噴煙が静かにのぼっている 春を迎えた街に郊外に 建設の槌音が鳴り響いている ・苫小牧市しらかば町2-23 あすなろ公園 ・平成9年8月 建立 揮毫は長女の清ヨシ子 ・碑文は「春来るを思えば」の一節 ・大正9年新潟県生まれ 平成5年 没 高校教師 ・苫小牧市の文学・社会教育に功績を残した ・著書「から松の芽吹く」「春来るを思えば」「びんごさんご」 「遠くにありて思うこと」など |
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歌 碑 | バチラー 八重子 ・ ばちらー やえこ | |
春ごとに村に訪ひ来し閑古鳥 家の近くの山に鳴きしか 海もよし山もうつくし人もよし ほんに住みよき有珠コタンかな 有珠山にのぼりながむる噴火湾 岸辺にたてる駒が嶽かな ・伊達市 向有珠町 バチラー夫妻記念堂前 ・平成15年11月 建立 (八重子生誕120年) ・明治17年 伊達市向有珠町生まれ 昭和37年没 ・八重子はアイヌ民族向井富蔵フユの次女、22歳の時 バチラー夫妻の養女となる (一時渡英) |
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・著書「風に乗ってくるコロポックル」 出版 歌集「若きウタリに」ほか 故 郷 幼ごろ恐しかりし有珠嶽に 今はこよなき親しみぞもつ 八重子バチラー ・昭和新山山麓ロープウエー駅前 ・昭和45年8月 建立 木碑のため現在は撤去 |
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歌 碑 | 岩 佐 一歩 ・ いわさ いっぽ | |
からまつの梢をわたる風にきく いくさにはてし人びとの声 ・洞爺町 青葉が丘 虻田神社神殿隣 忠魂碑前 ・昭和53年9月 建立 同級生会・「湾」短歌会 ・大正3年 虻田町生まれ 本名 静雄 ・昭和7年ブラジル移住、開拓の苦労、事業の努力成功を 経て昭和52年弟の戦死墓参に帰郷の際、忠魂碑脇の 英霊の木製掲示板を見かねて慰霊碑建立をはかり基金を 拠出、建立期成会が発足、岩佐の歌碑の建立に至った。 |
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歌 碑 | 糸 川 滄 石 ・ いとかわ そうせき | |
脱過疎に秘訣は実は何もなし 我が道を往く無手勝流 ・大滝村 役場前 ・昭和53年10月 建立 コタン石 ・明治39年 真狩村生まれ 本名 章夫 ・道会議員・大滝村村長をつとめ全国有数の福祉村を築いた 川柳・口語歌をよくした。大滝村名誉村民 ・著書「渓泉の村」「傘壽の余滴」など |
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歌 碑 | 工 藤 仙 二 ・ くどう せんじ | |
愛の鐘朝な夕なを鳴りわたる 鐘にくらしをあわす人たち ・室蘭市 港北郵便局傍 ふれあい公園 ・昭和41年4月 建立 安山岩 ・大正5年 夕張市生まれ 昭和52年没 室蘭日鉄勤務 ・社宅の近くで見つけた石に、自分の歌を自分で書き 自分でたがねを握って刻んだ歌碑は他には聞かない。 ・口語歌人の並木凡平に師事し、室蘭文芸活動に功労、 「炭かすの街」創刊 |
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歌 碑 | 栗 林 加寿子 ・ くりばやし かずこ | |
いたどりのしげりかぶさる谷川に 湯の香ただよふ夏のまひるを ・登別市 登別温泉 グランドホテル前庭園 ・昭和14年9月 建立 花崗岩 ・慶応3年 新潟生まれ 昭和17年没 ・栗林商会創始者栗林五朔氏夫人で温泉開発に尽力した 五朔氏を偲び追善のための句碑建立した。 ・60歳になってから、石槫千亦・佐々木信綱に師事し、 歌集「微笑」出版、他に3基の歌碑(地名碑)がある。 |
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歌 碑 | 幸 能 舎 守 雄 ・ さちのや もりお | |
はやまつみ奥山祗もあらた世に よりて仕へむ色そみえたる ・室蘭市海岸町 室蘭八幡宮境内 ・昭和61年4月 建立 自筆拡大 緑色花崗岩 ・安政2年山形県生まれ 昭和11年 没 宮司 ・和歌のほか俳諧・川柳・書画・刀剣に趣味を持ち 碑歌「はやまつみ・・・」は、昭和3年の勅題「山色新」の 入選作。守雄没後50年記念に建立 本名 佐藤守男 ・室蘭地方の文化文芸の発展に大きな貢献があった。 |
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碑に尽きぬいさおや苔の花 ・登別市 登別温泉 湯沢神社境内 ・明治35年1月 建立 ・安政4年(1857)埼玉県出身の滝本金蔵が噂を聞いて妻の病気 療養のため小屋を建て、その後旅人宿・温泉開発・湯守となり 今日の登別温泉の発祥とされる、その「滝本翁記念碑」の功績 に添えた句らしい。 |
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歌 碑 | 小 池 豊 子 ・ こいけ とよこ | |
幾たびか倒れては立ちやうやくに 仔馬は立ちぬその足長し ・苫小牧市 浜町2条5丁目 望洋寺 地蔵堂前 ・明治40年 夕張郡栗山町生まれ ・昭和62年11月 建立 ・この歌は昭和53年の作品で、昭和60年から5年間高校 教科書「新選国語」に採択掲載された。 |
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歌 碑 | 菅 江 真 澄 ・ すがえ ますみ | |
蝦夷みてもくもりも波の月きよく 吹く口びはの声の涼しさ ・洞爺湖町虻田 歴史公園 ・昭和55年9月 建立 洞爺とくさの会 仙台石 ・江戸後期の紀行家・随筆家 愛知県生まれ 本名 白井英二 ・信濃・越後・出羽・津軽そして松前に渡り、沿岸沿いに蝦夷地を 旅し、各地に旅日記、和歌、遊覧記を残し、旅先の絵画や庶民 生活、習俗、伝承を書き残し民族資料として貴重なものが多い。 ・虻田町には寛政5年、松前藩から有珠善光寺参詣を許され、 6月の月夜にアイヌのムックリを聴き詠んだといわれる。 |
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歌 碑 | 菅 原 弥 五 太 夫 ・ すがわら やごだゆう | |
さんけいひいろとれおかのさくらはな うめとももさえそうてほころふ ・洞爺湖町 洞爺町 支所から湖岸西へ400米の道路脇土手 ・昭和41年5月 建立 鋳鉄レリーフ ・山形県生まれ 雅号 三宝鳥 ・菅原は大正12年当時奥幌別の金銀鉱の洞爺鉱山に従事 俳句をよくし並木凡平の歌を好んだ。後に洞爺村で土建業を 営み村に初めて水道を引いた。この碑は自らの手で鋳物の 彫塑を造り横書きかな文字の類例のないレリーフを仕上げた。 |
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歌 碑 | 伊 達 邦 成 ・だて くになり | |
春に見し都の花にまさりけり 蝦夷がちしまの雪のあけぼの ・伊達市 開拓記念館前 ・昭和47年6月 建立 ・碑陰に「明治2年伊達邦成有珠郡の支配を命ぜられ、自ら此の 地に渉り具に調査有望なることを認め、11月雪中に祝杯を挙げ その喜びを歌いしものなり。」とある ・明治2年朝敵の汚名をきせられた仙台支藩亘理城主の邦成が 本道開拓を決め、実地調査の時の詠歌といわれる。 |
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歌 碑 | 長木谷 梅子 ・ ながきや うめこ | |
五六年姿見せさりし赤けらの 今日は二羽来て木立を叩く ・室蘭市 本輪西町3丁目 本輪西公園 ・昭和62年7月 建立 直筆 ・明治34年伊達市生まれ ・歌誌「いぶり路」創刊参画、編集発行、短歌誌「月刊むろらん」 編集発行、随筆集「ちいさな足跡」 歌集「面影」発行 |
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歌 碑 | 並 木 凡 平 ・ なみき ぼんぺい | |
ここだけは鉄の唸りも聞こえない 電信浜の波のささやき ・室蘭市 常盤町 常磐公園の丘 (再移設) ・昭和26年7月 建立 仙台石 礎石白御影石 ・明治24年5月札幌市生まれ 昭和16年歿 ・本名 篠原三郎 新聞記者 ・生活即短歌を主唱、口語歌の普及に尽力した |
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歌 碑 | 長谷川 正治 ・ はせがわ まさはる | |
天地の創生まさにここに見ゆ 大わだつみの寄せて止まずも ・室蘭市母恋南町 地球岬観光道路 チャラツナイ ・昭和32年11月 建立 直筆 粘板岩 ・大正2年 室蘭市生まれ 室蘭市長・書道審査会員 ・歌誌「現代短歌」創刊、「原始林」同人 ・著書 歌集「うつせみ」「現代短歌」創刊 ・歌は「昔アイヌの神々が天地創造の時に使った道具を チャラツナイの浜に捨て、その中のオノはあまりに重い ために岩になった」という「ムカルソ岩」の伝説をふまえ ての作。 ムカルソ=マサカリ 元室蘭市長2期 |
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歌 碑 | 藤 田 晋 一 ・ ふじた しんいち | |
洞爺湖の中島の秋昏れ残り 円空の刻む鉈の音なし ・洞爺湖町洞爺 洞爺湖畔 昭和48年6月 建立 仙台石 ・明治32年 洞爺湖畔生まれ 昭和54年没 ・「口語歌人」として並木凡平、伊東音次郎とともに昭和初期の 道歌壇に新風送り足跡を残した。 ・著書 歌集「山の娘」「街の切符」 夢二研究家 |
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歌 碑 | 宮 口 良 朔 ・ みやぐち りょうさく | |
うるみいる千の子の眼がせなを追う 民話を終えて壇くだるとき ・苫小牧市 日吉町3条14丁目 あかつき公園 ・平成3年6月 建立 宮口良朔の歌碑をつくる会 ・昭和55年知事賞受賞作品 |
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からまつに光あふれて七十年の まなびやここにわれら集へり ・苫小牧市 植苗小学校前庭 ・昭和48年10月 建立 ・大正12年 富良野市生まれ ・「新墾」同人選者、「潮音」同人 |
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歌 碑 | 三 好 監 物 ・ みよし | |
宮柱太しくたてて祈りける 照る日の岡に君が八千代を ・白老町 仙台藩陣屋内 塩竃神社前 ・昭和44年7月 建立 緑色凝灰岩 ・碑歌脇に「仙台藩陣屋備頭三好武三郎監物清房、 安政四年頃作歌」とある ・監物は仙台藩の勤王家として知られ三百石を領していた。 藩主伊達慶邦に信望があり、白老陣屋の三代目備頭となる |
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歌 碑 | 与謝野 寛 ・ 晶子 ・ よさの ひろし ・ あきこ | |
船つけば向洞爺の桟橋に 並木を出でて待てるさとびと 寛 山畑にしら雲ほどのかげらふの 立ちて洞爺の梅さくら咲く 晶子 ・洞爺湖町洞爺 向洞爺桟橋前 ・昭和53年6月 建立 西村一平 揮毫 ・昭和6年6月 二人が洞爺湖を訪れたときの作品 ・晶子略歴 明治11年堺市生まれ 昭和17年 没 明治34年の「みだれ髪」は、情熱的・幻想的な歌風で 一世を風靡した。 |
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句 碑 | 臼 田 亜 浪 ・ うすだ あろう | |
月となる洞爺の水に虫通ふ ・洞爺湖町 洞爺湖温泉 観音島 ・昭和16年11月 建立 ・明治12年 長野県生まれ 昭和26年 没 本名 卯一郎 ・著書「亜浪句集」「俳句文学全集」 俳誌「石楠」創刊 句集「旅人」「白道」「炬火」黎明」他 |
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をどるをどる湯山の月の満つる夜を ・登別市 登別温泉 グランドホテル前庭園の北斜面 ・昭和22年5月 建立 ・明治12年長野県生まれ 昭和26年 没 本名 卯一郎 ・与謝野鉄幹に短歌、高浜虚子に俳句を師事する ・俳誌「石楠」創刊 著書「定本亜浪句集」「俳句文学全集」他 句集「亜浪句抄」「旅人」「白道」「炬火」「黎明」ほか |
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句 碑 | 高 浜 虚 子 ・ たかはま きょし | |
囀や 絶えず二三羽 こぼれとび ・登別市 登別温泉 笹が岱 舟見山遊歩道 ・昭和18年11月 建立 室蘭白鳥会 本名 清 ・明治7 年愛媛県松山市生まれ 昭和34年 没 ・俳人 小説・俳論・自伝 本名 清 ・正岡子規と同郷交流、俳誌「ホトトギス」継承主宰 来道6回 著書「北海道俳人へ伝言」句集「句日記」「虚子句集」 其の他 句集小説評論著書多数 ・子規の客観写生をむねとし定型と季題を重視する花鳥諷詠を 発展させた。 |
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よくぞ来し今青嵐に包まれて ・登別市 カルルス 渓楓園(公園)川向い (移設) ・昭和25年8月 建立 昭和36年の集中豪雨のため流失 同46年10月再新設、同48年流失したものを発見、現在 2基仲良く並んでいる ・著書「北海道俳人への伝言」「六百五十句」「定本高浜虚子 全集」ほか他数 芸術院会員 昭和29年文化勲章受賞 |
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句 碑 | 高 浜 虚 子 ・ やかはま きょし | |
冬海や一隻の舟難航す 虚子 夏炉守り寺守り雨の一日寒 年尾 大浪に静かな寺や夏炉守る 立子 この浜に立ちし虚子あり蝦夷の夏 汀子(稲垣) ・白老町 真證寺境内 ・平成17年11月 建立 ・虚子・年尾・立子の親子三代の句碑、 |
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句 碑 | 中 山 照 華 ・ なかやま しょうか | |
鳶の輪の勇払原野長閑なる ・苫小牧市 沼ノ端135 沼ノ端中央公園 ・平成3年5月 建立 ・苫小牧俳句会 |
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句 碑 | 山 口 青 邨 ・ やまぐち せいそん | |
黄を濃くし陣屋を出でず秋の蝶 ・室蘭市 南部陣屋跡 ・昭和34年6月 建立 ・明治25年 岩手県盛岡市生まれ 昭和63年歿 ・本名 吉朗 鉱山学者 俳人 ・高浜虚子に師事し水原秋桜子らと東大俳句会を結成 ・「ホトトギス」同人、俳句誌「夏草」創刊主宰、 句集「雑草園」「雪国」「庭にて」「冬青空」 随筆集「花のある随筆」「草庵春秋」「俳句入門」他 |
その他の文学・文芸碑
種・作家名 | 碑 文 | 所 在 地 |
「地名碑」 歌・栗林加寿子 |
熊笹のそよぐ丘より見おろせば 山桜さけりたにをうずみて 伏見ケ丘 沖をゆくしらほのかけのみゆるかな やまの紅葉の梢はなれて 舟見山 名におへる岡の蹲躅の紅葉して 山はさながら錦なりけり 蹲躅ケ岡 |
登別市登別温泉 他に4基地名碑あり |
「町名碑」 歌・佐藤 脩亮 |
消え残る雪のうちより咲出て ちるをいそがぬ梅の本つ枝 梅本丁 夕日影高根の雪をそめ色の あかねをさらす西の山の端 西小路 行末は世々をこめたる竹原に 実をはむ鳥も住まんとぞ思ふ 竹原丁 出づるより入るまで空にあくがれて 月もてあそぶ秋や幾秋 弄月丁 今よりはむかしの春に繰返し みどり色そふ青柳の糸 青柳丁 秋の野に千草はあれど咲きいづる なかに色濃き桔梗の花 桔梗小路 |
伊達市内に平成元年現在 町名碑 18基あり 伊達は旧仙台藩伊達邦成 主従の移住により開拓され た所で入植毎にできた町名 が20町にもなった。 邦成は旧臣歌人の佐藤助 三郎脩亮に町名を入れた 20首の賦詠を依頼した。 開基120年にこの歴史由来 を尊重し「町名歌碑建立」の 事業が7年間で実現した。 |
歌・渡辺 義孝 | 黒きものは大地なりこの薄明の 夕空のもといづくゆかんぞ |
壮瞥町 洞爺湖畔 東洋信販私有地内 |
句・安部 一路 | 海霧晴れて蓬莱の池美しき | 室蘭市水族館構内 |
句・香 葉 | 君が世や代々木の明けを初からす | 登別市 登別温泉 三吉神社 |
句・進藤 千晶 | さたまらぬ思ひにしめるひとへ帯 | 室蘭市 増市町 1 進藤氏私邸 |
豊浦町文学碑公園 | 伊藤 整の文学碑他2基、別項に掲載 | 豊浦町礼文華美の岬 |
句碑の森 | 施設管理 早来町 | 安平町 早来 ときわ公園 |
次頁は 道南その4 日高支庁地区です。 |