まずことわっておきたいのは、この記事で問題にしているのは表現の手法について云々ではないということです。前回のMSCの折に「以降は手法そのものよりも内容が問われるようになるだろう」とおっぺけPの言葉をお借りして自分自身に結論づけました。その上でMSCの決勝を見て、某P程の失望は無かったにせよ、考えをまとめておきたいと思った次第です。
「投票者に自覚」は現実問題として期待できないと思っています。大会の趣旨が「続きを見たいものに投票を」ですから。それに視聴者はニコマスがそんな高尚なものとは考えてないでしょうし、事実高尚ではないですし、自分もそんな高尚なものでなくていいと思います。
だからこそ、やはり作る側にこそ自重を求めたいわけです。どうしても作りたくて、発表したくて、普通に単品アップするのならその意思までは否定しませんし、私もdisることは無かったと思います。ただ勝敗が決せられるMSCという場において「『勝つ為』なら何でもアリ」だとするならば「てめえはアイマス使って目立ちたいだけだろ」とdisりたくもなるわけで。
ニコマスは基本的に二次創作だと思います。二次創作という言葉を嫌がるPもおられるでしょうが、少なくともノーマルPVやコミュプレイ動画以外は二次創作の範疇にはいると思います。例え「二次」でも「創作」という言葉がある以上、そこには何らかの「創造」があると思います。イメージの拡張と言ってもいいでしょう。そう言った創造を積み重ねていき、メーカーもそれに応えるように続編なりファンディスクなりを発表し、さらにイメージが拡張されていく…というのが生産的で理想的な展開でしょう。
事実「アイドルマスター」という作品はここまで来ました。それを一時の享楽で消費してしまうのは悲しいですし、ましてこの風潮がMSCに限らずニコマス全体を覆うならば某Pのように私も絶望するに違いありません。私はニコマスをもっと楽しみたいのです。
RidgerPの作品にはいつも感動させられますし、わかむらPの作品にはいつも驚かされます。おっぺけPやcocoonPのアイドル達には元気をもらいます。ATollPのカッコイイ作品をもっと見たいです。時雨PやwhoPのような専属Pの愛に溢れすぎて時々痛い作品を見たいですし、友Pの3D作品を楽しみたいですし、Die棟梁Pのピアノに聞き惚れたいし、DikePには泣かされたいし、OGOPの電気代は肩代わりしてあげたいし、itachiPのメリーを見るまでは――ってああこれは完成したか。
いつか廃れる時がくるでしょう。だけど私はさらなるイメージの拡張、未来や可能性を信じたいのです。夢は覚めるでしょう。ですがもう少し、この素晴らしい夢を見続けたいのです。
MSCそのものの総括は、主催者でもあるcx0101Pもなされるでしょう。それがどんなものなのか、今は期待したいと思います。
ニコマスから入った自分としては、大会の意義までは深く考えないのが本音です。
ただ、前回残った作品とは雰囲気の異なる作品が残ったな等の気持ちはあります。
それが良いか悪いか、何とも言えません。江頭Pの狙いを聞いてみたい気もします。
ただ、これ程大きい企画ですから、江頭Pの考え以上のものがあるのも事実ですね。
どのような結果が出たとしても、それもまたありなのかなとも思ってしまいます。
参加されたP、反感を持つP、見る側、主催者の誰をもdisるつもりもありません。
本当は上の記事に突っ込みたかったのですが、消されるかもなのでこちらにて。
アイマス愛が大きい方であればある程、専属Pのあり方に憧れるものでしょうか。
そういう意味で、がぶ呑み氏にせよ、おっぺけPにせよ、尊敬する部分があります。
つーか、上記の作品を見返さなければと思います。有名な専属Pの作品もですが。
アイマスをプレイした事で、より一層楽しめるようになった気が致します。
これからも、色々な作品を楽しめたら。その前にアイマスを楽しみたいな。
そんな風に考えております。
あの人達はそのアイドルをプロデュースする為にどんな事でもしますからね。ええ。でもアグリッパとかはどうかと思うんですよね。ええ。
ゲームをするとニコマスのイメージとまた違ったアイドル達の素顔がみれたりします。所詮はプログラムでしかないのですけれど、「感じた」事や「思った」事はプレイした人の心の中で確かに生きているんだろうと。whoPが「あなただけの美希」というのは多分こういう事なんだろうなと思います。というわけでotさんだけのアイドルとの一年を楽しんでくださいね。
> 事実「アイドルマスター」という作品はここまで来ました。
「アイドルマスター」がここまで来たのなら、手放しで賞賛するし楽しめるだろう。おいらはもう「ニコマス」を楽しめなくなってしまったのかもしれない。
「アイマス自体は別にそんなに楽しんでいないけどニコマスは楽しんでいます」などといわゆる「見る専Blog」で堂々と発言してもまったく恥ずかしいと思わない人がたくさんいる現状、というのが今なのだろう。
見る側がそういう意識だから、本当にアイドルマスターが好きな人も、そういう見る人におもねる形で引きずられているんじゃないのかな。
この話をすると、「見て楽しいものを見るだけだ」「自分が作りたいものを作るだけだ」という反論がかならずある。でも、作り手側に問いたい。「それは本当に君の『作りたいもの』かい?」と。
もし、それが本当に作りたいものなのであれば、自分はそういう「別にそのオリジナルは好きじゃないけど流行のアニメでエロ同人誌を作る」ような人と同じマインドを持ったPとは多分根本的に合わない。それは、例えば、あるアイドルのファンが好きなアイドルのヌードコラを作る人に対して持つ気持ちと同じだから。
名指しでdisるけれど、cs0101Pはご自身の作ってる動画の傾向からも明確にそれを感じる。そしてニコマスはそういう人が跋扈する世界になってしまった。そしてもうこれは変わらないだろう。残念なことだ。
ニコマスPの方々には、嘘でも俺がニコマスを変えるとか言ってもらいたい
ニコマスが二次創作って言うなら、他の作品とのクロスオーバーも二次創作ですよね。そもそも公式曲以外を使ってるのなら、再現もシンクロも手描きもなんら変わりないと思います。曲にインパクトや知名度が無ければ、どんなに動きがあっていようが埋もれますよね? それを大会の趣旨に合わせた作品が票を得るのは当然かと。
作品と曲を組み合わせるのは確かに創造であり、新しい発想にいつも驚かされます。ですが、作品と作品を合わせるのを創造では無い、と言いきれるものでしょうか。個人の嗜好と言われればそれまでですが、それこそ大会に出す動画こそ個人の嗜好によるものだと考えております。