今年もまた、卒業式で「君が代」斉唱の際に起立しなかったというだけの理由で、多数の教師が処罰されている。
都立高校の卒業式が十一、十二の両日、ピークを迎えた。東京都では国歌斉唱時に教員が起立して「君が代」を歌わないと処分される。今年は、生徒に対して斉唱を指導するよう校長の職務命令も出た。こうした強制は、「日の丸」「君が代」が好きか嫌いかとは別問題だ。教員の精神をこわばらせ、生徒に大人社会の“欺瞞(ぎまん)”を伝える現状すら招いている。
都教委:卒業式の君が代斉唱時に不起立で50人処分へ(3/28 毎日新聞)
東京都教委は24日、今春の卒業式で君が代斉唱時に起立しなかったとして、都立高校教員ら約50人を懲戒処分する方針を決めた。昨春に続いて2年連続で起立しなかった教員約10人は減給、その他は戒告にするとみられる。
(中略)
卒業生の一部が起立しなかった学校もあり、どのような指導をしたのか、校長が教員から事情を聴いている学校もある。また、斉唱時に起立しなかった教員数人が「勤務態度不良」とみなされ、定年退職後の再雇用試験で不合格とされている。
上記記事のなかでも、ある識者が「『日の丸・君が代』の強制は、憲法一九条が規定する『思想及び良心の自由』に間違いなく反する」とコメントしていたように、「君が代」を拒否する理由として、しばしば「思想および良心の自由」が挙げられる。しかし「思想および良心の自由」を理由に教師が君が代斉唱を拒否できるかどうか、私はやや疑問に思う。たとえば「私は子供たちに国語を教える必要はないという思想を持っていますので、国語の授業を拒否します」という先生がいたとしたらどうだろう。もし仮に「思想および良心の自由」を理由に君が代を拒否できるのであれば、国語を教えることを拒否する先生に対しても、それを認めるしかなくなるのではないだろうか。
とはいえ、私は「思想および良心の自由」とは別の理由から、「君が代」を国歌とすることや教育の場(卒業式や入学式等)で斉唱することはふさわしくないと思っている。そしてまた、教師が「君が代」斉唱を拒否したことをもって処罰することも不当だと思っている。その理由とは、「君が代」の歌詞そのものが、憲法が規定する民主主義(特に主権在民)の理念と相反するということである。
よく知られているように、過去に「君が代」は、天皇の治世が永遠に続くよう祈念する歌として歌われていた。たとえば尋常小学校の教科書などにはこのように書かれている。
尋常小学校修身書卷四/小学校4年用(1937年)
第二十三 國歌
「君が代」は、日本國の國歌です。我が國の祝日や其の他のおめでたい日の儀式には、國民は、「君が代」を歌つて、天皇陛下の御代萬歳をお祝い申し上げます。
「君が代」の歌は、我が天皇陛下のお治めになる此の御代は、千年も萬年も、いや、いつまでもいついつまでも續いてお栄(さか)えになるやうに。」といふ意味(いみ)で、まことにおめでたい歌であります。私したち臣民が「君が代」歌ふときには、天皇陛下の萬歳を祝ひ奉り、皇室の御栄を祈り奉る心で一ぱいになります。
国民学校初等科修身二(1942年)
二 「君が代」
「君が代は、ちよに やちよに、さざれ石の いはほとなりて、こけのむすまで。」
この歌は、「天皇陛下のお治めになる御代は、千年も萬年もつづいて、おさかえになりますやうに。」という意味(いみ)で、國民が心からおいはひ申しあげる歌であります。
「君が代」の歌は、昔から、私たちの先祖(せんぞ)が、皇室のみさかえをおいのりして、歌ひつづけて来たもので、世々の國民のまごころがとけこんだ歌であります。
もちろん、「君が代」という言葉についての現在の政府解釈は、これとは異なる。例えば1978年に当時の文部省教育局長 諸澤正道氏の答弁や、1999年当時の内閣官房長官 野中広務氏の答弁を見てみよう。
衆議院会議録情報 第084回国会 文教委員会 第16号(1978年4月21日)
戦前の修身の教科書における君が代の「君」というのは、言ってみれば、戦前の帝国憲法の中に定められた天皇の御地位を説明しておるということだろうと思うのですが、現在、君が代のこの歌詞をどういうふうに解釈するかということにつきましては、かつて奥野大臣のときでございましたか、文教委員会かでお述べになっておりますけれども、今日の日本国憲法のもとにおける日本国あるいは日本国民統合の象徴である陛下の御地位を考えまして、そのような天皇を象徴としていただくこのわが国がいつまでも栄えるように、こういう趣旨であります
君が代の歌詞についてのお尋ねでございますが、君が代の歌詞は、我が国憲法のもとでは、天皇を日本国及び日本国民統合の象徴とする我が国の末永い平和と繁栄を祈念したものと理解することが適当と考えており、憲法の主権在民の精神に合致するものであると認識をいたしております。
つまり現在の政府解釈では、「君が代」とは「天皇を日本国民統合の象徴とする日本」という意味だとしているのである。しかしこの解釈には無理がある。手元の「広辞苑(第4版)」によると、「君」とは「(1)人のかみに立って支配する者 (2)人を敬って言う語」とあり、また「君が代」とは「(1)人を敬い親しんでいう「君」、或いは君主の、寿命ないし栄える時 (2)天皇の治世を祝った歌」とある。
このように、「君」の定義からすると、広辞苑の「君が代」の解釈こそ妥当である。政府解釈は、ただ単に「君が代」の歌詞と民主主義(特に主権在民)の考え方との整合性を取るために作成した、無理のある不自然な解釈でしかない。そしてそのことは、「君が代」の公式な外国語訳が存在しない(!)ことにも現れている。
衆議院議員小宮山泰子君提出国歌「君が代」について明治憲法下のような訳文を用いた在外公館における広報活動に関する質問に対する答弁書(内閣衆質一六一第六五号・平成十六年十二月十日)
政府として、「君が代」の歌詞についての統一的な外国語訳は作成していない。
普通の日本語読解能力で解釈すれば、「君が代」とは「(1)人を敬い親しんでいう「君」、或いは君主の、寿命ないし栄える時 (2)天皇の治世を祝った歌」と解釈するしかない。そしていずれの解釈をしたとしても、憲法が規定する民主主義(特に主権在民)の理念と相反することは明白である。
中山文部科学大臣は以前、国旗・国歌に敬意を表することを教えないと「外国に行って恥をかき、ばかにされる。教えないと教え子がひどい目に遭うということを理解してほしい」と語り、日の丸・君が代に「敬意を払うということを教えるのは、教師として当然のことだ」と語った。確かに、国旗・国歌に敬意を払うべきだという意見は、一般論としては正しい。しかしこと「君が代」について言えば、その歌詞が民主主義の理念と相反する以上、敬意を払うに値しない歌だと言わざるを得ない。
【関連記事】
しのびよる ”国旗・国歌” 強制への道(2002.2.8)
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【NHK番組】都教委・横山教育長の発言 by ブログ版 東京都・国立市の教育
日の丸・君が代に関する記事2題 by PPFV BLOG
君が代を歌うといふこと by 極あゆこ的猥歌
初めまして。
初めてコメントさせていただきます。
ご意見、もっともなことと読ませていただきました。
僕も同じように思います。「君が代」の歌詞は日本国憲法の国民主権の精神に反します。だからこそ、国家としてふさわしくありません。
ただ、そう考え拒否することが、「思想・良心の自由」の核心なのです。
国家権力が「国家だから文句なく歌え!」と強制していることに、「憲法の精神に反するから歌いません」と自分の精神的自由を主張することは、まさしく憲法の保障する権利です。
このことと教科指導とは、次元が違う問題なので、混同されない方がいいと思います。
教科指導をどう行うかは、学習指導要領でも現場の実態に合わせて編成されるべきとなっており、しかも、強化における科学性は一定明らかになっているので、そこで大きな混乱はないでしょう。
ただし、「つくる会」の社会科教科書が採用され、現場に下りてきたときは、また別の問題が起こると思います。
それでは。
こんにちわ。
先日は「極あゆ子的猥歌」でトラックバックさせて頂いたのですが、色々な事情でブログ先を引越しました。よかったらよんでみてください。
君が代って・・・考えてしまいます。
最近の教師は、一個人の考えで行動しすぎだね。
国歌を歌うことが見本になることとは思わんが、卒業式で演奏すると決まったなら、最低でも起立することぐらいはしないといかんね。
国歌としてふさわしくないというコメントがあるが、具体的にどんな歌だったらいいんだろうね。
詳細求む。
Posted by: まどんご : 2007年03月09日 14:42日本国憲法の第一条に「天皇は日本国と日本国民統合の象徴」としてるんでしょ?だったら、広辞苑を鵜呑みにするのはどうかと思う
広辞苑の言ってる事がすべてじゃない、だって憲法と言っているが違うんだから
もっと広い視野を見据えて判断を下すべきだ
そもそもいままで日本の国歌は君が代だったんだから、その伝統と歴史を、辞書の一文によって変えるべき、敬意を払うに値しないというのはおかしいのではないか
Posted by: niconico : 2007年10月30日 23:52成人式で不作法をしでかす新成人が問題になっていますが、卒業式でも不作法をしでかす都立高校職員も困ったものです。
厳粛な式典を気まずいものにしているに過ず、見苦しい。 主義主張を表現するTPOがそもそも誤っているのです。
同じ考えの教職員が集まって、どこかの公園で日章旗を背にして座り、君が代演奏ではみんなで耳栓をするパーフォーマンスでもしてみてはどうでしょうか。
一般の式典出席者にいやな思いをさせないためにも。
それにイヤならなぜ公立の教職員になったのでしょうか。
国旗国歌に反対ならば、ではどの国旗国歌に対して敬意を払えと言うのでしょうか。
はじめまして。
イギリス国歌をご存知でしょうか?
http://www.worldfolksong.com/anthem/lyrics/uk.htm
女王陛下を称え、その統治が長く続くよう願う歌です。
"民主主義の理念と相反する以上、敬意を払うに値しない歌だと言わざるを得ない"ですか?
Posted by: KEI : 2008年04月04日 17:36