「医療安全調査委員会(仮称)」は、刑事司法の過度の介入を防ぐという意味で、医療現場にとっては歓迎すべき制度だ。にもかかわらず、一部の医師から「刑事訴追に利用される」と反発が起こり、今回の試案は調査委の目的が責任追及ではないことを、ことさら強調する内容になった。実現には医療現場の協力が不可欠とする厚生労働省の、配慮の結果と見ることができる。
医療事故はチーム医療のシステムと深く関係し、個人の法的責任だけを問う刑事司法や、遺族側と対立構造になる民事訴訟は、真相解明や再発防止にマイナスに働く面もある。そこで第三者委員会構想が生まれたが、原因究明に当たる調査チームの主体は医療関係者。医療事故被害者には、いわば身内同士の調査に対する警戒も強いが、厚労省幹部は「医学界の自律を促すための制度だ」と説明する。
新制度で懸念される一つが、医療機関から警察への死亡事故届け出が、医師法21条の改正で不要となることだ。例えば明らかな医療ミスを上司が「調査委に報告するな」と命じたことが明らかになっても、上司に刑事罰は科せなくなる。医療安全に対する医師の真摯(しんし)な姿勢が大前提で、それが欠ければ、単に医師の免責の幅を広げるだけに終わってしまう。
また、これまで行政処分は刑事処分の後追いだったが、調査委が警察に先行することで、今後は行政処分の結果に刑事処分が左右される。
厚労省は「業務停止ではなく再教育を重視する」としているが、司法に代わって、悪質な隠ぺい、改ざんや、事故を繰り返すリピーター医師らを速やかに排除する強い対応も必要になる。【清水健二】
毎日新聞 2008年4月4日 東京朝刊