余録

文字サイズ変更
ブックマーク
Yahoo!ブックマークに登録
はてなブックマークに登録
Buzzurlブックマークに登録
livedoor Clipに登録
この記事を印刷
印刷

余録:「長寿」と「後期高齢者」

 漢字の「寿」はもともと人の長生きを祈ることを意味した文字という。それがやがて長命そのものや、そのめでたさ、祝福を意味することになる。長寿は人の祈りによってもたらされ、その喜びをみなで分かち合うものだった▲「寿」の字があてられた日本語「ことぶき」は、もともと「言祝(ことほ)ぐ」--言葉で祝うことである。言葉には霊が宿っていて、口に出せば実現するという言霊(ことだま)思想がその背景にあるといわれる。言葉は現実を操ることができると信じられたのだ▲だが現代では長寿の人々のことを言いながら、むしろ祈りや祝福を拒絶するような言葉がある。「後期高齢者」とは今月スタートした新しい医療制度で75歳以上の高齢者を示す言葉だが、「後期とはまるで死ぬのを待っているかのようだ」と不満の声を上げたのは当のお年寄りだ▲75歳を境にお年寄りの医療保険を従来の制度から切り離し、かさむ高齢者医療費の抑制を狙った「後期高齢者医療制度」である。批判が耳に届いたのか、福田康夫首相の指示で政府はその名前を「長寿医療制度」と呼びかえることになった▲だからといって名前の言いかえで制度の内実がにわかに長寿をことほぐものになるわけもない。医療費が膨らめば保険料が上がる仕組みによって医療費節減を図る制度の何がそんなにめでたいのか。逆に問いただしたくなる高齢者もいよう▲新制度で年金からの保険料天引きも始まり、予想される野党の攻勢に身構える福田首相の言霊政治である。しかしお年寄りの多くは自分が後期高齢者と呼ばれているのすら最近まで知らなかったろう。言葉の霊力はもっと早く十分な説明に使うべきだった。

毎日新聞 2008年4月3日 0時06分

余録 アーカイブ一覧

 

おすすめ情報