神奈川県横須賀市で起きたタクシー運転手殺害事件で、県警が2日、在日米海軍横須賀基地所属の米兵(22)の事情聴取に踏み切り、米兵の関与が濃厚になった。06年にも女性が水兵に殺害される事件が起きた「基地の街」の治安は再び揺らぎ、捜査の「壁」に対する不満も聞かれた。夏には原子力空母の配備を控え、街に波紋が広がっている。【内橋寿明、杉埜水脈】
米兵の事情聴取が行われている基地の正面ゲート前には2日朝から、多数の報道陣が集まった。その脇を足早に通り過ぎた基地従業員の女性(52)は「やっぱり……。基地内で働くのも安心できない」とおびえた。
今回の事件を巡っては、米軍は早くから県警の捜査への協力姿勢を示した。しかし、在日米海軍のケリー司令官が報道陣の取材に応じたのは事件4日後の3月23日の一度だけで、「日本側が捜査している」としてコメントを避けた。結果として、県警が聴取に踏み切るまでに2週間かかった。
現場に近い京浜急行汐入駅で電車を待っていた自営業の吉田光宏さん(43)は「情けない思い。凶悪犯罪は、日本の警察が米軍基地に自由に出入りして捜査できるようにしてほしい」と話した。
横須賀では06年にも、同基地の空母キティホーク乗組員による強盗殺人事件があった。殺害された女性派遣社員(当時56歳)の弟、真田修一さん(58)は「米兵の関与が浮かんだ時にすぐ、身柄を県警に渡すべきだった」と今回の米軍側の姿勢を批判。「県警が最初から調べていれば、もっと早く解決できたはず。米軍の対応はその場しのぎで反省がない」と不満を口にした。
06年の事件も、今回と似た経緯をたどっている。事件後、米軍に拘束された上等水兵(当時21歳)が事件への関与を認めたため、県警が聴取のうえ、強盗殺人容疑で逮捕状を請求。同容疑で初めて、日米地位協定の運用改善合意に基づく起訴前の身柄引き渡しが行われた。
また、今年8月に予定される原子力空母配備についても、原子力事故に対する不安から、反対する地元住民の声は根強い。配備の是非を問う住民投票条例制定に向け、署名を集めている市民団体代表の呉東正彦弁護士は「米兵犯罪が繰り返されることで、米軍の信頼は崩れた」と話した。
米兵は現在基地内で、脱走容疑で身柄を拘束されている。県警は今後、逮捕状を請求したうえで、米軍側に起訴前の身柄引き渡しを要請する。これを受けて日米両政府が合同委員会で、引き渡しに合意する見通し。実現すれば、日米地位協定の運用改善合意に基づく起訴前の身柄引き渡しは5件目となる。
これまで、この合意に基づく引き渡し要請は5件で、米側が拒否したのは1件のみ。今回は殺人という重大事件で、米兵も米軍の調べに容疑を認めていることから、米側が引き渡しに応じることは確実とみられる。【山下修毅】
被害者の高橋正昭さん(61)が勤務していた東京都品川区のタクシー会社「ANZENグループ」品川営業所では2日午前、同僚らが通常勤務をしながら、米兵への聴取開始を伝えるニュースを見つめた。
事件から2週間が過ぎた今も、神奈川県警による乗務員への聞き取り捜査が続いており、ある同僚男性は「(容疑者が)捕まるまでは『次は自分が被害者かもしれない』という恐怖心がある。早く真相解明をしてほしい」と話していた。【村上尊一】
毎日新聞 2008年4月2日 12時16分(最終更新 4月2日 16時50分)