現在位置:asahi.com>社説 社説2008年04月02日(水曜日)付 「靖国」上映中止―表現の自由が危ういこれは言論や表現の自由にとって極めて深刻な事態である。 中国人監督によるドキュメンタリー映画「靖国 YASUKUNI」の今月公開を予定していた東京と大阪の五つの映画館が、すべて上映中止を決めた。来月以降の上映を準備しているところも数カ所あるが、今回の動きが足を引っ張ることにもなりかねない。 右翼団体の街宣車による抗議や嫌がらせの電話など具体的な圧力を受けたことを明らかにしている映画館は一つしかない。残りは「お客様に万が一のことがあってはいけない」などというのが上映をやめた理由だ。 トラブルに巻き込まれたくないという気持ちはわからないわけではない。しかし、様々な意見がある映画だからこそ、上映してもらいたかった。 すぐに思い起こすのは、右翼団体からの妨害を恐れて、日教組の集会への会場貸し出しをキャンセルしたプリンスホテルである。 客や周辺への迷惑を理由に、映画の上映や集会の開催を断るようになれば、言論や表現の自由は狭まり、縮む。結果として、理不尽な妨害や嫌がらせに屈してしまうことになる。 自由にものが言えない。自由な表現活動ができない。それがどれほど息苦しく不健全な社会かは、ほんの60年余り前まで嫌と言うほど経験している。 言論や表現の自由は、民主主義社会を支える基盤である。国民だれもが多様な意見や主張を自由に知ることができ、議論できることで、よりよい社会にするための力が生まれる。 しかし、そうした自由は黙っていても手にできるほど甘くはない。いつの時代にも暴力で自由を侵そうとする勢力がいる。そんな圧迫は一つ一つはねのけていかなければならない。 言論や表現の自由を守るうえで、警察の役割も大きい。嫌がらせなどは厳しく取り締まるべきだ。 五つの映画館が上映中止に追い込まれた背景には、国会議員らの動きがある。自民党の稲田朋美衆院議員らが公的な助成金が出ていることに疑問を呈したのをきっかけに、国会議員向けの異例の試写会が開かれた。 稲田氏は「私たちの行動が表現の自由に対する制限でないことを明らかにするためにも、上映を中止していただきたくない」との談話を出した。それが本気ならば、上映を広く呼びかけて支えるなど具体的な行動を起こしたらどうか。 政府や各政党も国会の議論などを通じて、今回の事態にきちんと向き合ってほしい。私たちの社会の根幹にかかわる問題である。 いま上映を準備している映画館はぜひ踏ん張ってもらいたい。新たに名乗りを上げる映画館にも期待したい。それを社会全体で支えていきたい。 景況感の悪化―この気弱さはどこから「病は気から」といわれるが、景気も「気」から弱ることがある。 そんな心配を募らせる結果が、日本銀行の企業短期経済観測調査(短観)で出た。企業の景況感を表す業況判断指数が大幅に悪化したのだ。 この指数は景気のスピードメーターのようなものだ。調査対象のうち「業況が良い」と答えた企業の割合から「悪い」と答えた企業の割合を差し引いて出す。これを時系列で結ぶと、景気の波動がくっきりと現れる。 今回は大企業・製造業でプラス11。昨年12月調査に比べて8ポイント落ちた。前回の景気の踊り場より悪く、03年12月調査以来の低水準だ。今後さらに落ち込めば、戦後最長を続けている景気改善の腰が折れるだろう。 米国発の金融不安のあおりで株安が止まらず、原油高や食料高により生活必需品の値上げが相次ぐ。円高で輸出産業の収益も影響を受ける。たしかに悪材料が並んでいる。 これまで景気を支えたのは、輸出を原動力にした企業収益の好調と、設備投資の盛り上がりだった。今回調査では、先行指標となる08年度の設備投資計画も、全体として前年度より5.3%減っている。マイナスは大企業・製造業で6年ぶりだ。設備投資が数字どおりに減少すれば、これまでの成長パターンが息切れしてしまう。 ただし、昨年10〜12月の経済成長は高めだったし、鉱工業生産も一進一退とはいえ、前回の踊り場よりは高い水準を維持している。 つまり、足元の経済の実態以上に景況感が悪化しているということだ。悲観先行の展開である。 この指標は「気」のバロメーターでもある。回答企業は身近な景気の実感を答えており、景気を支配するムードを敏感に反映するからだ。 今回の3月調査は、日銀総裁選びで政治が迷走し始めた時期と重なる。混迷は、ガソリンの暫定税率の扱いをめぐり一段と深刻化している。 そんな政治の姿が招いた日本全体の閉塞(へいそく)感が、「気」の悪化を増幅しているとみてよかろう。 政治がこれでは、多くの人が「日本はどうなるのか」と元気を失ってしまうだろう。景気を支えるために財政出動する余力は、いまの日本にはない。せめて政治は「気」の足を引っ張らぬよう、機能マヒから早く抜け出してもらいたい。 同時に企業の活動も、新しい拡大サイクルを見つけ出さなければならない。外需依存から内需主導へ向けた発想の転換が求められる。 たとえば、円高には輸入物価の引き下げ効果もある。円高を消費の拡大に結びつけられないだろうか。経営者は技術革新や雇用の拡大、賃金の引き上げにも知恵をしぼってほしい。 PR情報 |
ここから広告です 広告終わり どらく
鮮明フル画面
一覧企画特集
朝日新聞社から |