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【科学】

将来の病気分かる 心のケア、情報保護を 遺伝子検査の現状・課題

2008年4月1日

 生命の設計図ともいわれる遺伝子を調べれば将来の病気の発症を予測できる場合がある。だが、知ることで本人や家族が不安になることも。糖尿病、ハンチントン病、筋ジストロフィー、がん…。遺伝子検査で多くの情報が入手可能になったいま、心のケアや個人情報保護の取り組みが大切になっている。四年前に開設され、検査についての相談が月に延べ百件を超すという東京女子医大付属遺伝子医療センターで話を聞いた。  (栃尾敏)

 遺伝情報は極めて私的な情報で、時間がたっても検査結果が変わることはない。家系内で遺伝子が共有されているから、遺伝子検査の結果は検査を受けた本人だけでなく家系全体にも意味を持つ。将来の発症の可能性を予測できるため予防措置をとることができ、発症しないと分かった人は不安がなくなる−という利点がある。

 一方、「将来が分かってしまう」ことを求めない人の「知らないでいる権利」を尊重する必要がある。将来発症が予測されることで差別につながる恐れもある。このため東京女子医大付属遺伝子医療センター所長の斎藤加代子教授は「患者さんや家族を心理的にサポートする遺伝カウンセリングの役割が重要になる」と話す。 

 斎藤教授が症例として挙げたのは、ハンチントン病の発症前診断。遺伝によって発病し、体が勝手に動いたり認知症になったりする難病だ。母親が発症した中年の女性が相談に訪れた。

 この女性には、夫と子ども三人がいる。自分も将来発症するのでは、と十年以上思い悩んでいた。発症前診断を受けたいと強く希望したため説明や心理評価、意思確認を九回実施。その際、この女性の夫にも来てもらい、発症した場合の生活設計などについて考えるよう頼んだ。

 検査の結果、発症の可能性があることが判明。女性は一時落ち込んだが、その後もカウンセリングを続けたことで落ち着いた。夫も「発症しても自分が支える。自宅の改造やソーシャルワーカーを付けることも考えている」と前向きに受け止め、夫婦間のきずなが深まったという。

 斎藤教授は「結果が陽性と分かったときどのように受け止めるか、将来をよく考えているかなど検査前に心理面接をして分析する。患者さんは十分な説明を受け、同意するかどうか決める。検査後の長期的なフォローも大事」と話す。

 センターに寄せられる相談は、出産前の相談が多いため約六割は女性から。年代では三十代が目立つ。男性は四十−五十代の働き盛りが多い。新規の相談は月に三十−四十件だが、その半分が心理面接や説明の過程で検査を受けるのをやめるという。

 遺伝子検査は簡単だ。血液を採取して調べるだけ。早ければ三日で遺伝情報が分かり、薬の副作用の予測などの体質検査まで利用されるようになった。

 それだけに遺伝情報ではプライバシー権が重要だ。がんや心臓病、糖尿病などを遺伝子検査で予測できるようになると、入社時や職場の検診で行われる恐れがあり、採用拒否や解雇につながる可能性がある。斎藤教授は「いまは法的な規制がない。知らない間に他人に遺伝情報を知られてしまうことも考えられ、プライバシー権尊重への対応がこれからますます大切になる」と強調する。

 

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