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住基ネット:「合憲」最高裁が判決 山田宏、石村耕治、前川徹3氏に聞く

 プライバシー侵害が問われた住民基本台帳ネットワークシステム(住基ネット)を合憲とした6日の最高裁判決。国などに選択制による参加を求めている山田宏・東京都杉並区長、プライバシー問題に詳しい石村耕治・白鴎大教授(情報法)、有効活用を訴える総務省住基ネット調査委員会委員の前川徹・サイバー大教授(情報経済)に話を聞いた。【臺宏士】

 ◇強制的参加、大いに問題--東京都杉並区長・山田宏氏

 最高裁判決は、番号社会が将来行き着く先の不安を過小評価し、現状が大丈夫だからいいのではないか、法律で目的外利用などの歯止めが講じてあるから乱用は防げるという考えなのだろう。

 実態としては、住基ネットで利用できる対象事務は拡大の一途だ。個人情報は漏えいしたら被害回復は事実上、不可能だ。将来起きうる危険性に対して今の法律で大丈夫なのか、本当に実効性があるのかといった観点からの検証があまりに不十分だ。判決は、国が主張する便利さや効率性にばかり目を向けて、マイナス面への評価、詰めが甘い。

 杉並区が最高裁に求めている訴訟は、国が横浜市に認めたように、住基ネットに参加したくない区民は拒否できるようにしようということだ。全員参加までの方法は各自治体の裁量に委ねられているという区の解釈に関する司法判断を仰いでいるのであり、差し止めや住民票コードの削除を求めた今回の訴訟とは異なり、影響は全くない。

 国税庁が所得税の確定申告を電子申告すると今年度か来年度の1回に限り最高5000円を控除できることをPRしているため、今年に入ってから電子証明書を格納できる住民基本台帳カードが利用できないことについての、苦情が目立ち始めた。「住基ネットに参加したいが都側が受け入れてくれないから訴訟になっている」と説明している。

 国民一人一人がリスクがあっても便利さを求めるのか、リスクを回避するために不便さや高コストを甘受するかを選べるようにしないとネット社会では本当の意味での個人情報の保護は図られないと考えている。住基ネットのような強制的参加システムは、健全なIT社会を築いていく上で、大いに問題がある。

 ◇「社保ネット」も警戒すべきだ--白鴎大教授・石村耕治氏

 最高裁の判決は、行政機関が国民の個人情報を一元的に管理しても違憲とはならない外縁を示したと解釈できる。利用対象の個人情報や利用できる事務を拡大すれば、違憲の可能性もあるわけだ。

 住基カードは、本人申請を原則としているため、普及率は低迷し、偽造事件も後を絶たない。11けたの住民票コードの利用事務は法律で定める必要があり、民間分野での利用も禁止されている。しかも、東京都杉並区など参加しない自治体もある。住基ネットは現状では、国にとって極めて使い勝手が悪い。国民に身分登録証を所持させて、番号で一元的に管理する「国民総背番号制」を実現するシステムとしては「欠陥商品」であることを示している。

 我々が今、警戒する必要があるのは、厚生労働省が11年度中の導入を目指している「社会保障ネットワーク」(社保ネット)構想だ。1月に厚労省の検討会が発表した報告書によると、生活する上で誰もが社保カードを「持たざるを得ない」状況が作り出され、最も普及した公的な本人確認書類になるだろう。

 さらに、在日外国人にも割り当てられた識別番号からは、病院や介護事業者での当初の利用を突破口に、経済取引に使う「納税者番号」への転用などあらゆる民間分野での利用に道を開きたいという政府の思惑がうかがえる。番号をマスターキーに、行政機関や民間に蓄積された個人情報を容易に収集できるこの仕組みこそ、旧自治省が描いていた本来の住基ネット構想だ。

 最高裁は自己情報コントロール権を重視し、住基ネットを違憲とした金沢地裁や大阪高裁判決を否定したが、危険性をはらんだ社保ネット構想を考える上で大きな意味を持ってくると思う。

 ◇行政効率化、貢献大きい--サイバー大教授・前川徹氏

 セキュリティーに完ぺきはあり得ず、リスクは必ず残る。住基ネットで言えば、氏名、住所、生年月日、性別の4情報を保護するために、どれだけ多くの対策(コスト)をかけるのかということとのバランスが大事だ。最高裁判決は4情報を守るためのコストは適正であるとの評価を示しており、妥当な内容だ。

 住基カードの普及が低迷していても、住基ネットが役立っていないわけではない。産学官の有識者からなる情報化推進国民会議の試算では、05年度の住基ネットの経済効果は▽住民票の写しの省略(81億円)▽年金の現況届の廃止(39億円)--など計183億円に上り、運用費とほぼ見合っている。その後も利用事務が広がり、効率化への貢献は大きい。情報化投資としては成功している。

 ただし、効率化された分で別のサービスを充実させるなど住民の目に見えるような努力が行政には足りない。住基カードは「社会保障カード」の登場で、恐らく今後も爆発的に普及する見通しはない。社保カードに統合するなど発展的に解消を図るべきだ。

 年金や生活保護などの行政サービスは申請主義のためもらい忘れたり、負担を逃れていたりするなど負担と給付の現状は公平・公正でない。住基ネットの活用をさらに進め、日本人と外国人を対象とした国民識別ID番号制度(JAPAN-ID)を創設し、本人確認証としてICカードを全員に交付すべきだ。その際、民間利用も認めていけば、行政が国民の金融資産などを正確に捕捉でき、課税の適正化にも役立つ。必要な住民情報が把握できれば、国民は申請の手間が省け、行政も審査事務が不要になる。不参加を許容すると行政コストが上昇するので認められない。

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 ◇「プライバシーの侵害ない」と初判断 情報漏えいも「具体的危険ない」

 最高裁第1小法廷(涌井紀夫裁判長)が今月6日に出した判決は、住基ネットについて▽自分の情報が第三者にみだりに開示される具体的な危険はない▽情報の目的外利用は懲戒処分や刑罰で禁止され、プライバシー侵害はない▽住基ネットが扱う名前や住所、住民票コードなどの本人確認情報は、個人の内面にかかわるような秘匿性の高い情報とは言えない▽外部からの不正アクセスで情報が容易に漏えいする具体的危険はない--と初の合憲判断を示した。

 杉並区は04年、住基ネットの安全性が確認されるまで、接続を希望しない住民が参加しない仕組みの導入を求め、国と都を相手に提訴。「段階的参加方式」と呼ばれ、横浜市が02年8月の稼働時から06年9月まで導入し、片山虎之助総務相(当時)も容認した。1、2審とも区側が敗訴。区は昨年12月に上告した。区側は区議会で、「(最高裁で)勝った場合は横浜方式でつなぎ、負けた場合は全面的という可能性がある」と答弁している。

 社会保障カード(社保カード)構想は、宙に浮いた年金記録問題の再発防止を名目に、安倍内閣時代から本格的な検討が始まった。年金、医療、介護など官民の社会保障に関する個人情報を一元管理するシステムで、政府は11年度中の導入を目指している。年金手帳や被保険者証となる社保カードのICチップに格納される社会保障番号には、住民票コードを転用する案も浮上。厚生労働省の検討会は今年1月に基本構想を公表し現在、国民からの意見を募集中だ。

毎日新聞 2008年3月17日 東京朝刊

 

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