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国際放送:NHK経営委員長「国益」発言の波紋 「国策化」に識者ら懸念

 古森重隆・NHK経営委員長(富士フイルムホールディングス社長)による「国益」発言が波紋を広げている。外国向けの国際放送では、日本政府の主張を優先すべきだという。識者らからは、国策放送化を危惧(きぐ)する声が上がっている。【丸山進、臺宏士】

 ■国連憲章尊重に疑義

 問題の発言があったのは今月11日に開かれた経営委員会。

 4月1日の改正放送法施行に合わせ、国際放送の編集方針を定める「国際番組基準」を改定する審議が行われていた。古森委員長は「国際連合憲章の精神を尊重し」とあった基準の文言に、まず疑義を呈した。

 「憲章には、確か今でも日本などを対象とした敵国条項が入っているのではないでしょうか」

 執行部に表現の再検討を求めた上で「解説、論調は公正な批判と見解のもとに、わが国の立場を鮮明にする」という基準の第3章第2項も「(表現が弱く)問題がある」と指摘。「国益の主張」発言へとつなげていく。

 古森 国際放送では日本の立場を主張するわけでしょう。

 今井義典副会長 NHKの放送では、日本の立場を直接主張するということはありません。

 古森 日本と他国の間で問題が起こったとすると、日本も正しい、その国も正しい、こうした意見があると言うのですか。

 今井 そのとおりです。

 古森 それでよいのでしょうか。利害が対立する問題については、日本は当然日本国民の立場に立って国益を主張すべきです。

 「国内と国外で報道内容に変化はない」とする執行部と対立したが、強硬姿勢は崩さなかった。経営委の多賀谷一照委員長代行が「日本政府の立場だけをもっぱら出すのでは、国営放送になってしまう」と述べた後、審議は終了。古森委員長の指摘通り、国連憲章には敵国条項があるため、25日の経営委で、基準から「国連憲章の精神尊重」の文言が削られ「人権を尊重」と改定された。

 放送法は第1条2項で「放送の不偏不党」をうたい、3条の2で「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」と定める。後者の条文は国内放送だけが対象で、国際放送で一方的な報道をしても厳密には抵触しない。

 だが、総務省放送政策課は「国際番組基準には『事実を客観的に取り扱う』ともあり、多角的な報道が要求されることに変わりない」との解釈を示す。

 ■海外の放送局

 国際放送は、世界でも数多く放送されているが、元朝日放送国際部解説委員の岡村黎明・元大東文化大教授(メディア論)は「国家の宣伝を目的とする国際放送は発展途上国に多い。世界で評価されている国際放送は、アルジャジーラ(カタール)のように独自の視点を持っている」と語る。

 英国の国際放送「BBCワールド」は、湾岸戦争の米CNN報道に触発されて91年に放送開始されたが、イラク戦争反対を表明するなど、政権と距離を置いた報道ぶりが目立つ。

 外交戦略の一環として位置づけられている国際放送の代表格は、国務院傘下にある中国中央電視台(CCTV)だ。中国語、英語、フランス語、スペイン語の4チャンネルがあり、国の主張を世界に伝える性格が強い。

 フランスでは、スイス・ベルギーを含めた仏語圏3カ国の公共放送が設立した仏語放送「TV5モンド」のほか、大陸側の視点からの放送でBBCやCNNに対抗しようと、シラク前大統領主導で英語を中心とする新たな国際放送「フランス24」が作られた。

 アメリカには、民間放送CNNのほかに、連邦政府が実施する「ボイス・オブ・アメリカ」(VOA)がある。第二次世界大戦の対ドイツ情報戦のために作られ、現在でも国家情報戦の一翼を担う。体制を批判されている北朝鮮は妨害電波を出して国内で聴けないようにしている。

 岡村元教授は、古森委員長の考えについて「NHKの国際放送では、東アジアの視点を世界に紹介することが求められる。国益にとらわれていては、国際政治から取り残されてしまう」と疑問符を付けた。

 ■政府に歩み寄り?

 NHKによる国際放送をめぐっては、菅義偉前総務相が06年11月、短波ラジオ放送に対して北朝鮮による拉致問題を重点的に取り上げるよう放送命令を出した。個別具体的な命令は初めてで、「NHKの放送の自由を制約し、国営放送化を招く」と識者らから批判が相次いだ。

 自民党内からも異論が出て、改正放送法では、総務相による関与色の濃い「命令」という表現を「要請」に改めた。さらに与野党による議員修正で、総務相は「協会の放送番組の編集の自由に配慮しなければならない」と明記した。

 国際放送を検討してきた総務省の「映像国際放送の在り方に関する検討委員会」も昨年3月に出した「最終取りまとめ」で「命令放送をそのまま新たな映像国際放送に適用することは避けるべきである」とクギを刺した。いずれも国際放送が政府宣伝に悪用されることを避けるためだ。

 古森委員長の経営委員会での発言は「国策放送化の懸念」と真っ向から対立し、トップ自らが政府に歩み寄っていくようにも映る。

 砂川浩慶・立教大准教授(メディア論)は「古森氏としては、昨年9月の経営委員会で『選挙期間中の放送は、歴史ものなど微妙な政治的問題に結びつく可能性もある』と執行部に注意を求めたことも含めて、一貫しているのだろう」と見る。そのうえで、「NHKは政府をチェックする言論機関だ。古森氏の理屈から言えば、戦時中の大本営発表報道も問題ないということになりかねず、ジャーナリズムの役割についてあまりに無理解だ」と批判する。

 ◇古森委員長「公的見解、強い姿勢で伝える」

 25日に開かれた会見での一問一答は次の通り。

 --「国益」という言葉を出した真意は?

 古森重隆委員長 国と国との関係は、基本的に主張や立場のぶつけ合いだ。NHKは、国内放送では中立不偏の立場で報道するが、世界の人々はNHKの国際放送を日本の代表的意見として考える。意見の羅列では済まない。公的な考えはこうだ、国民の主張の動向はこうだと強い姿勢で述べることが必要だ。

 --条文に「国益」は入れたのか。

 古森委員長 我が国の政策や公的見解を正しく伝えるという項目が(既に番組基準に)あり、ほぼ同義語なので変える必要はないということになった。

 --国内でも一つの主張でまとまらない問題もある。

 古森委員長 政府の見解や国会決議を日本の意見として伝えていくのは必要だ。公的見解がなければ、NHKが世論の動向を探って日本の立場に立った最適なものを出していくべきだ。

 --例えばイラク問題の是非はどう集約するのか。

 古森委員長 国論が割れているので「二つある」ということでいい。割れているかどうかはNHKが判断することだ。

 --NHKが「国益」と判断しても、国会決議と異なる場合も出てくる。

 古森委員長 公的見解が出ているときは公的見解だ。私の言う「国益」は「国民の大多数の立場に立った意見・考え方」だ。

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 ■ことば

 ◇国際放送

 NHKは現在、テレビとラジオで実施している。テレビは、ニュース中心で英語による外国人向けの「ワールドTV」(無料)と、ニュース、ドラマ、音楽など国内番組を総合編成した在外邦人向けの「ワールド・プレミアム」(有料)の2番組がある。

 今年4月に設立が決まった新会社「株式会社日本国際放送」は、「ワールドTV」を引き継ぐ。NHKが5000万円を出資し、議決権の過半数を握る。来年初めまでの業務開始を目指す。受信料やCM収入、国費などで賄う。

 ラジオは、アジア大陸や中東・北アフリカなど8地域で日本語で放送しているほか、英語、中国語、アラビア語など17言語で各地域向けに放送している。

 08年度予算はテレビは69億円のうち15億円、ラジオは42億円のうち18億円を国が負担している。

毎日新聞 2008年3月31日 東京朝刊

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