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※遅くなりましたが、深川祭の記事をアップしました。
8月12日〜14日、深川・富岡八幡宮の例大祭(深川祭)が行われました。
深川祭は、「江戸の三大祭」の一つで、江戸時代から続く由緒あるお祭りです。
ちなみに「江戸の三大祭」は、神田明神の神田祭、赤坂・日枝神社の山王祭、そしてこの深川祭です。
現在は浅草の三社祭が有名になってしまっているかもしれませんが、本来は上の3つが「江戸を代表するお祭り」だったのです。
「江戸の三大祭」には、どのお祭りにも本祭り(ほんまつり)と陰祭り(かげまつり)があります。
陰祭りの年は、神事のみを行う、あるいは神事と宮神輿の渡御のみを行うなど、簡略化された形となります。それに対して本祭りの年は、行事も多く大々的に行われます。
今年は、神田祭と深川祭が本祭りの年でした。
深川祭の本祭りは、3年に一度です。
本祭りでは、神幸祭のほかに、町内神輿の渡御が行われます。この神輿の渡御が、深川祭の目玉と言えます。
神輿の数は全部で何と56基、それが列をなして氏子各町内を練り歩くのです。
深川祭の神輿渡御には、いくつかの特徴があります。
一つは、神輿を「わっしょい」のかけ声で担ぐのが基本となっていること。
「そんなの当たり前じゃない?」と思われるかもしれませんが、この「わっしょい」のかけ声は、江戸の神輿の伝統的なかけ声なのです。浅草の三社祭などでは、いろいろなかけ声が混じっていますが、深川祭では、今もなおこのかけ声を守っています。
ただし、材木町だった木場や漁師町だった深濱では、別のかけ声が用いられます。その昔、町を構成していた職業の特色があらわれているようです。
次に、神輿や担ぎ手に沿道から水がかけられること。
このことから、深川祭は別名「水かけ祭り」と呼ばれています。
沿道の家々の人が桶に水を用意してかけるのですが、大きな通りでは消防の人たちがホースで水をかけていました。


↑至る所で神輿と担ぎ手に水がかけられる
そしてもう一つの大きな特徴は、永代橋を渡るとき神輿を差し上げて(=腕を伸ばして神輿を持ち上げて)通ることです(冒頭写真)。
永代橋(えいたいばし)は、隅田川(江戸時代には大川と言われていました)にかかる大きな橋で、橋を隔てて東側が深川、西側が日本橋です。
日本橋の新川や箱崎も富岡八幡宮の氏子になっているので、神輿は隅田川を渡って日本橋側まで来るのです。
富岡八幡宮を出発し氏子各町内を回った神輿は、清洲橋(きよすばし)を渡って箱崎・新川界隈を通った後、富岡八幡宮へ戻るときに、神輿は永代橋を渡ります。
木遣りや手古舞(てこまい)を先頭に、56基の神輿が次々と永代橋を渡るのですが、このときに神輿を高く差し上げます。
最初から最後まで差し上げて渡りきる町内、橋の真ん中まで「わっしょいわっしょい」と担いできて橋の真ん中で差し上げそのまま渡りきる町内など、渡り方は様々です。
神輿を差し上げたら、「差せ、差せ」のかけ声に変わります。
永代橋を渡るところは、深川祭のなかでも特に大きな見どころと言えます。
私は、永代橋の上で神輿の渡御を見物しました。少し早めに着いたらまだ人が少なかったので、日陰になっているところに場所をとって待ちました。
神輿の渡御が始まる頃には、橋の両側の歩道に人がたくさん集まりました。しかし、思ったより混雑はせず、わりと楽に見ることができました。
56基の神輿は続々と永代橋を渡るのですが、数が多いだけあって、すべての神輿が通るまでに3時間以上かかりました。
永代橋を渡った後、永代通りのまっすぐな道を神輿が並んで進む様子は、圧巻でした。

↑永代通りを並んで進む神輿
直木賞作家・山本一力さんの書く時代小説には深川を舞台にしたものが多いのですが、そのなかにも出てくる冬木町、佐賀町、平野町などといった古い地名の町内が、現在も残っています。それもまた、江戸情緒を感じさせてくれます。

↑冬木町の神輿
しんがり(最後)は深濱の神輿です。もともと漁師町だった深濱では、神輿の前に大漁旗が掲げられます。かけ声も「わっしょい」ではなく「オイサ」となります。

↑深濱の神輿と大漁旗
日差しのなか、長時間神輿見物をしていましたが、橋の上を通る川風と神輿にかけられる水が、涼を与えてくれました(日焼けしてしまいましたが……笑)。
ちなみに、この前日には「神幸祭」が行われ、富岡八幡宮の御神体を乗せた「鳳輦」が渡御しました。
残念ながら現在、鳳輦の渡御はトラックで行われています。しかし、絢爛な鳳輦が粛々と運ばれていく様子を見ていると、やはり厳かな気分になりました。
この鳳輦渡御では、もちろん水はかけられません。各町内の御酒所の人たちも、沿道に立って頭を下げながら鳳輦を出迎えていました。


↑神幸祭の鳳輦渡御

↑祭礼提灯
↑犬も沿道でお祭り見物(?)
<本日のキモノ>

桔梗の花の丸模様の藍染め浴衣に、博多織の八寸名古屋帯。
この浴衣は、実は三味線の浴衣ざらいの時に揃いであつらえたものですが、普段着てもまったく違和感のない柄なので、便利です。
日傘は、白地に藍の浴衣生地で作られたものです。この日傘は、年配の女性になかなか好評で、何人かの方が声をかけてくださいました。
足元は、素足に塗りの千両下駄です。

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