テレビのニュースキャスターとしておなじみのジャーナリスト

櫻井よし子さんインタビュー
(13号掲載)

日本の社会で国籍をもって生きることに「大きな意味」を抱いてほしい

桜井よし子さん略歴

ベトナム生まれ、新潟県立長岡高等学校卒業、ハワイ大学歴史学部卒

職歴

71〜74年 クリスチャン・サイエンス・モニター紙 東京支局勤務
76〜77年 アジア新聞財団,DEPTH NEWS記者
78〜82年 アジア新聞財団, DEPTH NEWS記者
80〜96年 日本テレビニュースキャスター
80〜現在 WORLD PAPER北東アジア担当記者、ジャーナリスト

おもな著書

「エイズ犯罪・血友病患者の悲劇」中央公論社 (第26回大宅壮一ノンフィクション賞受賞)

「政治は誰のものか」PHP文庫

「論戦」ダイヤモンド社賞(94年度SJ賞受賞)

−−桜井さんが、韓国に興味を持ったきっかけを教えてください。

櫻井:それは、歴史を振り返って見れば分かると思うんですが、日本の文化というのは、朝鮮半島から来ているわけだし日本人の中には韓国・朝鮮人の血がたくさん入っているわけです。だから朝鮮半島を抜きにして私たちの国は語り得ないと思っています。昔はね、朝鮮半島の方がすごく進んでいたわけですよね、その文化が日本に来たわけです。朝鮮半島の同胞たちが日本に来て焼き物をつくり、奈良の制度なんかも朝鮮半島を通って日本に来たわけで、いわばその朝鮮半島の文明が流れてきたのが今の日本ですよね。今でこそ日本が経済大国になって、多少立場が逆転しましたけれども、しょせん逆転しましても私たちは同じような国、元々は同じような国だと思うところがある。だから興味を持つのはごく当たり前の話でね、ごく自然に興味をもったのがひとつ

 もうひとつは、私は小さい頃に九州の大分県に住んでいたんですね。九州の北の方というのは、日本が鎖国をしていたときも長崎の出島にオランダの人達が来て、新しい文化とか品物とか、知識とかこの九州を通して日本に入ってきていた。当然、朝鮮半島が近かったので、朝鮮の人達が沢山いました。それで子供の頃の友達に朝鮮の人がいるんですね、民団系の人もいましたし、朝総連系の人もいますから、自然にそういう人達と暮らすのが当たり前と思っていました。そういった二つの理由で 朝鮮半島に興味をもっているんです。

−−櫻井さんは、日本が国際化していく上で何が一番重要とお考えですかか。

櫻井:小学生の頃に朝鮮の友達がいたんですけど、その人も日本名だったんです。だけど、お母さんが朝鮮靴をはいておられたんで、「朝鮮」の人だとは子供心に分かっていました。彼女の名前は、日本の名前だったんです。よく遊んだりしましたけど、引っ越しをして会えなくなってしまったんです。今も友達なんですけど。だけど、そのときは彼女が、どういう差別を受けているかどうかも考えませんでしたし、子供の私は彼女たちを差別したこともありませんでした。私が大学を出て新聞社に勤め始めて記事を書くようになった時に自分で何を書こうと考えたんです。その時に思ったのが「日本における少数民族の生活」というテーマだったんですが、それこそ、在日韓国人であり在日朝鮮人であり在日中国人のお話だったんですね。それで、一生懸命取材をしたんですけど当時の私は本当に駆け出しの記者でしたし、民団の人の話と朝総連の人の話がこんなに違うので(笑)。「これはどうやってまとめればいいのか」と、ものすごく悩みました。

 結局他の記事を書いてる間にこの記事はまとまらなくって、そうですねぇ、一年くらいかかったのかなぁ、最後までまとめるのにね。その時にいろいろ取材をして、お話を聞いた方の中に、小岩の方に住んでいる方で金さんという民団系の人がいました。その方は戦前に、日本に来て随分苦労なさって、日本が戦争で敗れた時に、韓国に帰らないで日本に留ってリヤカーを引いて鉄クズを拾ってね、とっても苦労したんです。でもだんだん成功して、私がお会いした時には中小企業になっていまして、鉄工所をやっていて日本人の従業員を何十人か雇っていて、まあまあ経済的にも豊かに暮らしていたんですね。で、その方にインタビューに行った時にいろいろお話を伺ったんですけど、金さんには息子さんが二人いたんですけど、そのとき色々話をした時に、「息子さんは大学受験って聞いたんですけど、どこの大学を受けるんですか」と、聞いたらその友達が「韓国の大学に行かせたい。」と言うんですよ。私、ビックリしたんですね。

 息子さんたちは、多少ハングルがわかっても日本語しか喋れないし。何故かと聞いたら金さんは、「やっぱりいま自分たちは成功してお金があるから生活は困らないし、もし子供たちが勉強をして東大を出ても、日本では就職するところは限られてしまう。うちは自営業だから就職は出来なくても自分のところでやればいいんだけど、結婚する時はどうするんですか、日本の女性を好きになって、本人同士はいいんだけども、もしかして、日本人のご両親が反対するかもしれない、親戚が反対するかもしれない。本当の意味での祝福をしてもらえないかもしれないから、そういう偏見を子供たちに合わせるのは、あまりにも可愛そうだから、祖国で結婚した方がいいかなと思った」とおっしゃったんですね。私はやっぱりそれを聞いてちょっとショックだったんですね。私は今まで差別をするという気が無かったものですから、差別をすることについてあまり考えなかったんですね。お金があってもその他のところで差別されるんだなって。

 さらに、金さんは、「日本人と韓国人も、もしかしたら一緒になることはできるんです。でも同化して行くプロセスというのは、韓国人が、韓国人であることをやめて、日本人に近づいた分だけ日本人が受け入れる。例えば、チマ・チョゴリを着ないとか韓国の物を食べないとかできるだけ日本人のように暮らしをしていれば受け入れてくれる。でも、この同化作用と言うのは日本人の方から歩んで来てくれるわけではないんですよ」と言われ、なるほどそうだなと思って、目から鱗が落ちる様な気がしたんです。

 そう言うことを考えるとやっぱり日本人は、もっと韓国・朝鮮人の人達をそのままの姿で受け入れて行くことが国際化の第一歩だと思います。名前なんてそれこそ日本の名前でなくてもいいじゃないですか、李でも、金でも、朴でもいいじゃないですか。それで、チョゴリを着ててもいいわけだし、食べ物が何であってもいいわけだから、「私たち日本人と同じでなければ受け入れてあげないよ」という考えをまず捨てることが日本人にとって大事な事だと思います。だけど、それをただ日本人がすごく意地悪だからしているとは思わないでほしいんです。

 反対にね、もし日本人が受け入れてもらう立場になったらどうなるかという部分でね。アメリカにいる日系人は、日本が一九四一年に真珠湾攻撃を仕掛けた時があったんですけど、そうしたらアメリカ政府は在米日系人は日本本国を通じてスパイをするかも知れないといろいろ疑われて、全部財産を没収されて、内陸地の方の収容所に入れられましたね。そのような体験を受けた在米日系人は戦後どういう風にしたかというと、一二〇%アメリカ人になろうとしたんですね。だから家でも子供たちに日本語を教えないしルーツも教えない。日本らしいことを何ひとつ教えないで、喋ることは英語だけでね。アメリカの歴史ばかり勉強してて、こんな感じでアメリカ人になろうと努力をしてたんです。その姿を見た時に日本人と言うのはそれほど意地悪ではなくて、ただ下手なんだなと思った。受け入れる時も下手くそ、受け入れてもらうのも下手くそだから、ありのままの姿でいいのに、もう少し日本人みたいになって欲しいと思うところがあるんですよ。日本人が受け入れてもらう時はアメリカ人みたいになるというところがあります。だから日本の国際化の第一歩はそれぞれの人をありのままで受け入れる。自分も有りのままで受け入れてもらうことを考える。これが日本人にとって一番大切な国際化の第一歩であると思います。そうしないとみんなが、どういう風に変わったらいいのか分からなくなっちゃうからね。(笑)

司会:最後に、在日韓国人青年たちにメッセージをお願いします。

櫻井:そうですね、在日韓国人の青年のみなさんに申し上げたいのはですね、第一に日本の社会に住んで、自分たちの人生を生きるということについて、「大きい意味」を持ってほしいと思うんです。在日韓国人だからこれはできない、あれはできないと決して思わないで、「在日韓国人だからこそできる」というふうに思ってですね、「大きい夢」を持ってほしいと思うんです。

 それはなぜかというと、日本人は表現が下手かもしれませんけども、実は、韓国の文化とか歴史を大好きな人達が多いと思うんです。それに韓国の人達は比較的物事をはっきり言えるんですよね。はっきり物を言えるということについて、日本人はとてもいいなという感じを持っていると思うんです。だから在日韓国人の青年たちが大きい夢を持ってハキハキとものを言っていけば、私は、多少の偏見が今残っているにしてもそう言った偏見はすぐに消えて行くだろうと思っているんです。

 第二に、差別があるのもよく分かっていますし、差別を無くすには、まず私たち日本人が誰よりも努力をしなくてはならないことも分かっています。そんな差別に潰れてしまうような小さな人になってほしくないし、差別なんか「フンッ」って感じで笑い飛ばせるようになってほしいと思うんです。できたら過去の歴史をですね、強制連行されてきたとか、日本で、お爺さんや、お父さんや、お母さんが、様々な差別にあってきたということは忘れないでほしい、しかし、そのことによってこれからの行動が引きずられないでほしい。忘れないで覚えておくことは大事かもしれないけれども、このことによってこれからの行動に対する影響を受けないでほしい。ずっと、前向きに生きてほしいと思います。

 それからね、日本と言うのは、みなさんお分かりのように、社会のランクがあるようでいて実は全くない社会なんです。実力があればどんどんいろんなことができますから、うんと大きい夢を持ってそれに向かって努力をしてくだされば、実力もついていきますから、日本で大成功を納めてほしいと思います。

司会:お忙しいところ、どうもありがとうございました。

櫻井:どうもありがとうございました。

  [目次へ]

[フロント・ページへ]

annyong@seinenkai.org

皆さんのメールが励ましになります。

どうぞお気軽にお送りください。