|
「それで、何の御用でしょうか?」 京での最後の夜。 夕食も入浴も終え、疲れた身体を横たえようとした所での呼び出しだ。
「あー… その、なんだ…
「もう一度、ですか?」 頷く横島に、訝しげに視線を向ける。 周囲には、高音と愛衣、エヴァに茶々丸。
この顔触れを見て、つまりはここに居る面々にも聞かせろと、そう言われたのだと夕映は理解した。 だが、ならば何故ネギたちが居ないのか。 もしかすると、グループが違うのかも、などと思い悩む。
魔法使いたちが、しかし色々な思惑で天秤を取り合っているのは、のどかに聞いた話から判っている。 そして、おそらくこの顔触れは、ネギへの増援として寄越されたのだろう事も。
後で、ソレもネギに確認を取らないと、と頭にメモをする。 とは言え判断材料のろくに出揃ってない今、情報の制御なぞしようがないのも事実。 それに横島には、一通りの事を既に話してしまってもいるのだ。
そうして、夕映は昨日の出来事を話し出した。
「ゆえに何の用だったのかなぁ、茶々丸さん」 カリカリと何かを引っ掻く音を立てながら、のどかが呟く。 「さぁねぇ… あの人、クラスでもロクにしゃべんないからねぇ。
「さ、さぁ…」 どうせならご主人様とかの方が、とボヤくハルナも、シャーっと音を走らせている。 「それはそれとして、ハルナ」 「ん〜 なに〜?」 「いくらなんでも、会ったばかりの人たちまでネタにするのは、良くないんじゃないかなぁ…」 手元の原稿を見るだに、思わず溜め息が零れる。
「まぁまぁ、堅いことは言いっこなしって事で…」 『茶髪』のバンダナを付けた高校生の少年が、『金髪』のハーフの『同級生』や『白い』髪のツンデレ『小学生』、中学生の天然風味な旧家のお嬢様と
その彼女を慕う後輩少女など、個性的な美少女たちで構成された修羅場に翻弄されている。
それでもハルナにしてみれば、『美少女たち』が『美少年たち』でないだけ充分遠慮しているつもりなのかも知れない。 「もぉ…
言うなり、のどかはそそくさと部屋を後にした。 「えっ?! ちょ、ちょっと、のどか?
一人部屋に残されたハルナは、しかし原稿を止める事も出来ずに叫んだ。
「…うぅ。 誰か戻って来ないかなぁ…」 木乃香と明日菜は席を外した刹那を追って、かなり前に部屋を後にしていた。
戦力は激減したが、それでも諦めないハルナは筆を走らせた。 ただ一人。 修学旅行でする事じゃないだろうと言うツッコミは、彼女には無意味だ、きっと。 「にしても、ネギ先生に、かぁ…
ポツリと零れた呟きは、茶化すだけでない確かな応援をも含んでいた。
微妙な空気が流れている。
「あの…?」 「綾瀬さん、とおっしゃいましたね」 「はい」 高音の様子に、恐る恐る返事をする。 「あなたは…
口篭られて、夕映は不審げに彼女を見遣った。 「やっぱり、そう思うか?」 「愚問だな」 横島が隣に座るエヴァへと水を向ければ、彼女は呆れたようにそう吐き出した。 「一体なんなんですか?」 一人蚊帳の外で、ちょっと強めに訊き返す。
「…今日言ったけどさ。 夕映ちゃんだけ、石にされただけじゃなく更に真っ二つにされてた訳だ」 「ええ、確かにそう伺いましたが…」 「つまり、だ。 綾瀬夕映、お前はあのガキに、あの場で最も厄介な存在だと認識されたと言う事だ。
良かったな、との皮肉気で、且つ端的なエヴァの言葉に、首を傾げる。
「そして、これは私の所為と言えなくもないが、あのガキにだけは逃亡を許してしまっている」 「えぇと、それは、つまり…」 「そうだ。 今回の件で判っただろうが、魔法使いたちも多くのグループに分かれ、それぞれ対立も少なくない。 また犯罪に走る者たちすらもかなりの数に昇っている。
そう言った所で、茶々丸に差し出されたお茶を口にする。 「しかも、お前はあれ程の惨状を、その日の内に治療されている。 ちょっとやそっとで治せる状態では無かったと言うのに、だ。 …まぁ、このバカが形振り構わなかった所為だが」 じろっと、横島に視線を向ける。
「とは言え外部から見れば、形振り構わずお前を治したのは東西どちらかの協会だと判断されるだろう。 本来、個人レベルで対応出来るコトじゃあないからな。
魔法を使えてこその魔法使い。
そこまで聞いて、愛衣や高音の痛ましげな視線の意味が、夕映にもようやく理解出来た。
「残念だが、お前には全てを忘れて一般人に戻ると言う選択肢は無い。
「やっぱ、マズいか?」 「当たり前だ、バカモノっ!」 おどおどと聞き返す横島に、思わずエヴァの拳が向かった。
「まぁまぁ…
「後で、私たちがちゃんと言い聞かせておきますから」 高音たちに謝らせられる横島を横目に、夕映はエヴァへと向き直った。 「でしたら、今後、私は…?」 問い掛けて来るそのまっすぐな目に、小気味良いモノを感じてフフンと笑う。 理解していないのではなく、理解して尚屈せぬ夕映の姿勢は、エヴァにとっては好ましいモノだ。
「選択肢は2つ。
夕映は木乃香の友であり、今回の件にも捲き込まれての参加だ。 彼女を護る事に、学園長が否やを出す事はあるまい。 但しその場合、下手をすれば終生籠の鳥だ。 「ならば、私に取れるのは後者だけです」 「ほう」 予想出来た答に、心なし嬉しそうに呟く。 見たところ、魔力はそこそこに有る。 体格も小さく体力より知力の方が光っているから、機を見出すなら魔法使いの道を歩むしかないだろう。 「だが、それは困難な道だぞ? 力尽き道半ばに終わったとしても当然なくらいの」 「だとしても、です」 今回の事と、今の話。 その双方から、夕映は関らざる得ないなら相応以上の力が要ると認識した。
そんな見掛け幼い少女たちの問答に、感じ入るモノがあったのだろう。
「ならば、わた…」
言い掛けたセリフを遮られて横島を睨み付ける。 そんな視線はどこ吹く風とばかりの彼に、エヴァは面白そうな視線を向けた。 「なんだ?」 「夕映ちゃんの師匠、やっぱエヴァちゃんがやってくんないか?」 必ずしも正論と言い難いが、彼は出来るだけ強いモノがするべきだと考えていた。 美神より小竜姫、小竜姫より斉天。 横島自身の経験が、彼にそう認識させていた。
「ふむ。 この私にそれを望むか」 「何だかんだ言っても、俺が知ってる中じゃ一番強いのエヴァちゃんだしな」 たとえ、それが箱庭の中でだけ、だったのだとしても。
横島のそんな持ち上げに、エヴァは子供っぽく口の端を上げて踏ん反り返った。 「よく判ってるじゃないか。
「いや、んなコトは思っちゃいないけど?」 要求されない方が不自然なのだ、少なくとも横島にとっては。 身内に甘く、無償での応援も少なからずしてくれる美神は、だが対価と言う言葉の意味をしっかりと認識していた。 その見極めのラインがシビアで、一線を越えると途端にキツくなるソレを、彼は当然の事と見続けて来たのだ。
そんな訳で、横島にはエヴァの言い様は当たり前の事。 無償で助けようなどと言われたら、却って胡散臭く感じるだろう。 判ってるじゃないかとばかりに、笑って頷くと、彼女は更に問い掛ける。 「ならば、貴様はこの私に何を差し出すつもりだ?」 当人たちにとって当然の遣り取り。 だが夕映にしてみれば、この話の流れは問題だらけだった。
そこへ持って来てのコレである。 「ちょ… 待って下さい。
「今は大人しく黙っていろ、綾瀬夕映。
その言葉に、夕映はまじまじと横島を見詰めた。
「いや、ほら、俺にも責任無くもないしさぁ…
「はぁ… 今朝も絞め落とされてるのに、ホント懲りませんね、あなたは」 「あの乳に絞め落とされるなら、本望じゃ。 いや、高音ちゃんのでもいいんだけどさ」 わきわきと手を動かす彼の言葉を、不許可です、と即座に高音は切り捨てた。 「戯れ言はさておき。 で?」 改めてエヴァは横島へと視線を向けた。 「ん〜 …まぁ、なんだ。
その言葉にピクリと整った眉が動く。 「横島さん、何を言ってるんですかっ?!」 「まあまあ、高音ちゃん…」 ちょっとしたおふざけくらいなら耐性も出来てしまったが、さすがにその言葉は聞き逃せないと、高音は彼に食ってかかった。 が、のらりくらりとやり過ごされる。 そんな彼女を気にせず、エヴァは一見優しげに横島へと問い掛けた。 「それは、文珠を使って、と言う事か?」 「んにゃ。 そっちでもまぁ、いつかは出来ると思うけど…
「横島さんっ!!」 俄に騒がしくなった空気に、夕映は苦笑いを浮かべている愛衣へと話し掛けた。 「私には何を言い合っているのか判らないのですが…」 「あぁ… えっとですね…
「へ?」 「はい、確かにマスターの首には、かつて600万$の賞金が掛けられていました」 愛衣の答に茶々丸の補足が入る。
「そんなエヴァンジェリンさんを、サウザンドマスターと呼ばれたネギ先生のお父さんが呪いを掛けて捕まえたんだそうで」 「その結果、この15年ほど、マスターは麻帆良で警備の仕事をされています」 茶々丸が知るのは、ここ2年に過ぎないのだが、記録から言って明らかだ。 「15年?」 「マスターは600余年を生き抜いた真祖ですから」 しんそしんそと呟いて、ソレが意味する事に唖然となる。
「まさか、桜通りの…」 「その通りです」 「な、ならば横島さんが言い出してるのは、確かに拙い事なのでは?」 「ええ。 関東魔法協会としては、マスターの解放は不利益が少なく有りません」 一転 焦りだす夕映に、事実は事実と茶々丸は頷いた。
しかし。 「…けど、エヴァンジェリンさんも女の子ですし」 諦めた様な愛衣の呟き。 何せ横島だ。 やるとなったら躊躇いなぞすまい。
それぞれの顔に、何とも言えない苦笑が浮かんだ。
「ふーん、なるほどなるほど… 改めて聞くと、なんとも非常識な話ばっかだねぇ」 「まぁ、一般人だった姉さんにゃ、そうだろうな」 消灯時間も迫り、敷地内とは言え薄暗い中庭には他に人影の一つも無い。
「しかし、一通りは一昨日説明したと思ったんだが、どーよ?」 ふっと紫煙を吐き出して、カモはベンチの背もたれの上から彼女を仰ぎ見る。 ラブラブキッス作戦の施行に際し、仮契約を中心に話せそうな事はある程度
話してあった。
「ん〜 ちょっと思うトコあってさぁ」 苦笑いで答える。 昨夜の夕映の姿は忘れられない。
だが、だからと言って引く事も受け入れ難い。 何より、自身の好奇心がそれを許すまい。 「パクティオーかぁ…」 「なんなら、姐さんも兄貴としちゃあどぉで?」 「ちょっと悩むトコだよね」 今日一日、ずっと考えていた。
だが引き返す気が無いのもまた確かで。
そんな逡巡をカモは好機と見た。 「俺っちは姐さんを買ってる。
利発さに聡明さ、そして子供なればの潔癖さはネギの長所だ。 同様の良さは明日菜とのどかにしても似た様なもの。 後々までそうだと心配の種だが、今の彼らはまだまだ若い。
「…けど。 世の中ぁ、そんな奇麗事だけで片付くもんじゃあない。
朝倉から視線を空に逸らして、寂しげにそう呟く。
「そうだろうね」 朝倉の合いの手に、顔は向けずに頷く。
そんなカレの言葉を、打算も本音も理解した上で彼女は考え込む。
「もう少し… もう少しだけ、考えさせてくんない?」 背もたれに身体を預け、カモの様に空を仰いでぽつりと言った。 「いい返事、期待してるっスよ」 気が無ければ、そもそも仮契約についての再確認なぞすまい。
「えぇい、いい加減邪魔をするな、高音・D・グッドマン」 「えっ、きゃっ?!」 ついに焦れたエヴァの実力行使が入った。
「それで、どう言う事だ、横島?」 尋ね掛けるが、横島の意識は既に彼女へ向いていなかった。 その視線の先。
それを目にした瞬間、浴衣を残して彼の姿が消えた。 「た〜かねちゃ〜」
飛び掛かられて高音が悲鳴を上げる。
「なぁ、エヴァちゃん…」 「なんだ?」 ムスっと訊き返す。 「何故に私は下着一枚で縛られてるのでせうか?」 「貴様が浴衣を脱ぎ捨てたからだろうがっっ!!」 パンツ一丁で白鳥の舞い。 今の彼の状態を、端的に言い表すならそうなる。
「あの…」 「なんだ?」 「出来れば、私は解放して頂けると…」 横島は正面からルパンダイブに突入して、今の状態になった訳で。
「後だ」 「そ、そんな…」 「それより横島」 高音の希望を一蹴すると、エヴァは顔を上げ彼へと向き直った。 「その内容次第で弟子入りの件は考慮しよう。
阿呆な格好のまま顔だけ真面目になった横島は、思案気にたゆたう金色を見下ろす。 「考慮するだけ、とか言うオチじゃないよな?」 「そんな美意識に欠ける事なぞするかっ」 目を釣り上げるて怒る。
そんなエヴァの様子に、「ならいいんだけど」と呟いて横島は口を開いた。 「先にちょっと確認しときたいんだけどさ。
正確には、愛衣たちが学園長から聞いた話、である。
「あぁ、その通りだ。 その為に、爺は今も書類仕事の真っ最中の筈だ」 「そいで、呪いの名前は登校地獄。 休日以外、毎日登校しないと苦痛に苛まれる」 ムッとしながらも、それでも頷いた。 横で聞いていた夕映が、ぼそっと「なんですか、そのツッコミ所満載の呪いは」と呟く。 「で、それ聞いてて思ったんだが…
「…は?」 思わず声を洩らしたのは一人じゃない。 「だから、さぁ。 『卒業』しちゃえば、『登校』する必要なんか無くなるだろ?
「…あ」 がっくりと膝を突く。
「ですが、その程度で解けるなら、15年も学生をしなければならないなんて事にはならないのでは?」 宙に浮く横島を殊更視界から外して、夕映が疑念の声をあげる。 「それなんだけどさ…
「確かにマスターは、出席を取るとそのままサボタージュに入られる事がままあります」 屋上が定位置のエヴァなのだ。 授業への出席率は、目の当てられない事になっている。 「あぁ、単位、ですか…」 茶々丸の肯定に、夕映も気が付いた。
「そそ。
逆にそれさえ何とかなれば簡単じゃね?、と彼はそう〆た。 手を突いて顔を下に向けているエヴァの身体が、ピクピクと小刻みに震える。 「で、どーよエヴァちゃん?」 「ふ… ふふふ… ふはははは…」 部屋に響くヤケになったような笑い声が、なんとも痛ましい。 そうして、京都での最後の夜は更けていった。
【おいたせずに、大人しく続きを待ちなさいね】
ぽすとすくりぷつ あぁ、高音ちゃん、脱がされなくても可哀想な事に(爆) それはともかく、そう言う解呪を先にやってる方いますけど、これも書き出した当初から私ん中にあったネタなんで…
とまれ、夕映っちは、あまりに漢気を見せ過ぎたもので、朝倉と違って部外者で居続ける選択肢は残んないだろうなぁ、と(苦笑)
感想等頂けると、執筆の糧になります。 お手数でなければお願いします。
|