第三章
謎《なぞ》のバニーガールズとしてすっかり認知を受けてしまった二人組の片割れである朝比奈みくるさんは、けなげにも一日休んだだけで復活し、部活にも顔を出すようになった。
部活と言ってもすることもないので、俺は自宅の押入に埋《うず》まっていたオセロを持ってきてポツポツと語り合いながら朝比奈さんとひたすら対戦していた。
ホームページを作ったはいいがカウンタも回らずメールも届かず、すっかり無用の長物となっている。もっぱらパソコンはネットサーフィン専用機になっており、これではコンピュータ研の連中が泣く。
長門有希が黙々《もくもく》と読書する横で、俺と朝比奈さんはオセロの第三戦目に入った。
「涼宮さん、遅《おそ》いね」
盤面《ばんめん》をじっと見つめながら朝比奈さんがポツリと漏《も》らした。
表情はすぐれないが深く沈《しず》んだ様子もない。俺は安心する。なんだかんだと言っても一学年上とは言え可愛《かわい》い女の子と空間を同じくするのは心が躍《おど》る。
「今日、転校生が来ましたらからね。多分そいつの勧誘《かんゆう》に行っているんでしょう」
「転校生……?」
小鳥のように首を傾《かし》げる朝比奈さん。
「九組に転入してきた奴がいまして。ハルヒ大喜びですよ。よっぽど転校生が好きなんでしょう」
黒を置いて白を一枚裏返す。
「ふうん……?」
「それより朝比奈さん、よくまた部室に来る気になりましたね」
「うん……ちょっと悩《なや》んだけど、でもやっぱり気になるから」
前にも似たようなことを言ってなかったか?
「何が気になるんです?」
パチリ、パタパタ。たおやかな指が石をひっくり返していく。
「ん……なんでもない」
ふと気配を感じて横を見ると、長門が盤上を覗《のぞ》き込んでいた。瀬戸物《せともの》人形のような顔立ちはいつものこと、ただし眼鏡《めがね》の奥の目には初めて見る光が宿っていた。
「……」
生まれて初めて犬を見た子猫《こねこ》のような目だった。石を置いては石をめくる俺の指先を錐《きり》のような視線で追っている。
「……代わろうか、長門」
声をかけると長門有希は機械的に瞬《まばた》きし、注意して見ていないと解らないほどの微妙《びみょう》な角度でうなずいた。俺は長門と場所を交代して朝比奈さんの隣《とな》りに座る。
オセロの石をつまみ上げ、しげしげと見つめる長門。全然見当違いのマスに持っていき、磁力でパチリとくっつくのに驚《おどろ》いたように指を引っ込める。
「……長門、オセロしたことある?」
ゆっくりと左右に首が振《ふ》られる。
「ルールは解るか」
否定。
「えーとは、お前は黒だから白を挟《はさ》むように黒を置く。挟まれた白は黒になる。そうやって最後に自分の色の数が多かったら勝ち」
肯定《こうてい》。優雅《ゆうが》な動作で長門は石を置いて、ぎこちなく相手の色を自分の色に変える。
対戦相手が代わって、朝比奈さんの様子もどこかおかしくなった。なんとなく指が震《ふる》えているように見えるし、決して顔を上げようとしない。そのくせ上目で長門のほうを見ては急いで視線を戻《もど》すという仕草を何度も繰《く》り返し、まるでゲームに集中していない。盤面《ばんめん》はあっというまに黒の優勢へと変化した。
なんだ? 朝比奈さんは長門が妙《みょう》に気になっているらしい。理由が解《わか》らん。
この勝負はあっさりと黒が大勝、次の試合を始めようかとなったとき、すべての元凶《げんきょう》の元が新たな生贄《いけにえ》を連れて現れた。
「へい、お待ち!」
一人の男子生徒の袖《そで》をガッチリとキープした涼宮ハルヒが的はずれな挨拶《あいさつ》をよこした。
「一年九組に本日やってきた即《そく》戦力の転校生、その名も、」
言葉を句切り、顔で後は自分で言えとうながす。虜囚《りょしゅう》となっていたその少年は、薄《うす》く微笑《ほほえ》んで俺たち三人のほうを向き
「古泉《こいずみ》一樹《いつき》です。……よろしく」
さわやかなスポーツ少年のような雰囲気《ふんいき》を持つ細身の男だった。如才《じょさい》のない笑《え》み、柔和《にゅうわ》な目。適当なポーズをとらせてスーパーのチラシにモデルとして採用したらコアなファンが付きそうなルックスである。これで性格がいいならけっこうな人気者になれるだろう。
「ここ、SOS団。わたしが団長の涼宮ハルヒ。そこの三人は団員その一と二と三。ちなみにあなたは四番目。みんっな、仲良くやりましょう!」
そんな紹介《しょうかい》ならされないほうが遥《はる》かにマシだ。解ったのはお前と転校生の名前だけじゃないか。
「入るのは別にいいんですが」
転校生の古泉一樹は落ち着いた笑みを絶やさずに言った。
「何をするクラブなんですか?」
百人いれば百人ともが頭に思い浮《う》かべる疑問だ。俺が誰彼《だれかれ》ともなく何度も問われ、ついぞ答えることの出来なかったクエスチョン。フェルマーの最終定理を説明出来たとしてもこればっかりは無理だ。知りもしないものを説明できる奴《やつ》がいたとしたらそいつは詐欺師《さぎし》の才能がある。が、ハルヒはまったく動じずに、それどころか不敵な笑みすら浮かべて俺たちを順々に眺《なが》めて言った。
「教えるわ。SOS団の活動内容、それは、」
大きく息を吸い、演出効果のつもりかセリフを溜《た》めに溜めて、そしてハルヒは驚くべき真相を吐《は》いた。
「宇宙人や未来人や超能力《ちょうのうりょく》 者を探し出して一緒《いっしょ》に遊ぶことよ!」
全世界が停止したかと思われた。
というのは嘘《うそ》で、俺は単に「やっぱりか」と思っただけだった。しかし残りの三人はそうもいかなかったようだ。
朝比奈さんは完全に硬化《こうか》していた。目と口で三つの丸を作ってハルヒのハイビスカスのような笑顔を見つめたまま動かない。動かないのは長門有希も同様で、首をハルヒへと向けた状態で電池切れを起こしたみたいに止まっている。ほんのわずかだけ、目が見開かれているのに気付いて俺は意外に思う。さすがの無感動女もこれには意表をつかれたか。
最後に古泉一樹だが、微笑《びしょう》なのか苦笑なのか驚きなのか判断しにくい表情で突《つ》っ立っていた。古泉は誰よりも先に我に返り、
「はあ、なるほど」
と何かを悟《さと》ったような口ぶりで呟《つぶや》いて、朝比奈さんと長門有希を交互《こうご》に眺め、訳知り顔でうなずいた。
「さすがは涼宮さんですね」
意味不明な感想を言って、
「いいでしょう。入ります。今後とも、どうぞよろしく」
白い歯を見せて微笑んだ。
おおい、あんな説明でいいのかよ。本当に聞いていたのか?
首を捻《ひね》る俺の目の前に、ぬっと手が差し出された。
「古泉です。転校してきたばかりで教えていただくことばかりとは思いますが、なにとぞ御《ご》教示願います」
バカ丁寧《ていねい》な定型句を口にする古泉の手を握《にぎ》りかえす。
「ああ、俺は……」
「そいつはキョン」
ハルヒが勝手に俺を紹介し、次いで「あっちの可愛《かわい》いのがみくるちゃんで、そっちの眼鏡《めがね》っ娘《こ》が有希」と二人を指して、すべてを終えた顔をした。
ごん。
鈍《にぶ》い音がした。慌《あわ》てて立ち上がろうとした朝比奈さんがパイプ椅子《いす》に足を取られて前のめりに蹴《か》つまずき、オセロ盤に額を打ち付けた音である。
「だいじょうぶですか?」
声をかけた古泉に朝比奈さんは首|振《ふ》り人形のような反応を見せて、その転校生をまぶしげな目で見上げた。む。なんか気に入らない目つきだぞ、それは。
「……はい」
蚊《か》が喋《しゃべ》っているみたいな小さな声で応《こた》えつつ朝比奈さんは古泉を恥《は》ずかしそうに見ている。
「そういうわけで五人|揃《そろ》ったことだし、これで学校としても文句はないわよねえ」
ハルヒが何か言っている。
「いえー、SOS団、いよいよベールを脱《ぬ》ぐ時が来たわよ。みんな、一丸となってがんばっていきまっしょー!」
何がベールだ。
ふと気付くと長門はまた定位置に戻《もど》ってハードカバーの続きに挑戦《ちょうせん》している。勝手にメンバーに入れられちまってるけど、いいのか、お前。
学校を案内してあげると言ってハルヒが古泉を連れ出し、朝比奈さんが用事があるからと帰ってしまったので、部室には俺と長門有希だけが残された。
今更《いまさら》オセロをする気にもなれず、長門の読書シーンを観察していても面白《おもしろ》くも何ともなく、だから俺もさっさと帰ることにした。鞄《かばん》を提《さ》げる。長門に一声、
「じゃあな」
「本読んだ?」
足が止まる。長門有希の暗闇《くらやみ》色をした目が俺を射抜《いぬ》いていた。
本。というと、いつぞや俺に貸した異様に厚いハードカバーのことか?
「そう」
「いや、まだだけど……返した方がいいか?」
「返さなくていい」
長門のセリフはいつも端的《たんてき》だ。一文節内で収まる。
「今日読んで」
長門はどうでもよさそうに言った。
「帰ったらすぐ」
どうでもよさそうなのに命令調である。
ここんとこ国語の教科書に載《の》ってる以外の小説なんて読んでもいないけど、そこまで言うからには他人に推薦《すいせん》したくなるほどの面白さなのだろう。
「……解《わか》ったよ」
俺が応えると長門はまた自分の読書に戻った。
そして俺は今、夕闇《ゆうやみ》の中を必死で自転車をこいでいた。
長門と別れて自宅に戻った俺は、晩飯食ったりしてダラダラしたのち、自室で借りたと言うより押しつけられた洋モノのSF小説を紐解《ひもと》くことにした。上下段にみっちり詰《つ》まった活字の海に眩暈《めまい》を感じながら、こんなの読めるのかよとパラパラめくっていたら、半ばくらいに挟《はさ》んであった栞《しおり》が絨毯《じゅうたん》に落ちた。
花のイラストがプリントしてあるファンシーな栞だ。何の気なしに裏返してみて、俺はそこに手書きの文字を発見した。
『午後七時。光陽園《こうようえん》駅前公園で待つ』
まるでワープロで印字したみたいに綺麗《きれい》な手書き文字が書いてあった。このそっけなさ、いかにも長門が書きそうな感じではある。あるのだが、ここで疑問が募《つの》る。
俺がこの本を受け取ったのは何日も前の話である。午後七時というのは、その日の午後七時のことなのだろうか。それとも今日の午後七時でいいんだろうか。まさか俺がこのメッセージをいつ目にしてもいいように、毎日公園で待っていたりしてたのじゃないだろうな。今日必ず読めといった長門の真意は、今日こそこの栞を見つけろってことだったのか? しかしそれなら部室で直接俺に言えばいいだけだし、そもそも夜の公園に呼び出す必要性が解《わか》らない。
時計を見ると午後六時四十五分をちょっと過ぎている。光陽園駅は高校から一番近い私鉄の駅だが俺の自宅からではチャリをどんなに飛ばしても二十分はかかる。
考えていたのは十秒くらいのはずだ。
俺は栞をジーンズのポケットに入れると三月兎《さんがつうさぎ》のように部屋を飛び出て階段を駆《か》け降り、台所からアイスくわえて出て来た妹の「キョンくんどこ行くのー」の声に「駅前」と答え、玄関《げんかん》先に繋《つな》いでいたママチャリにまたがって走り出しながらライトを足で点け、帰ったらタイヤに空気を入れようと決意しつつ可能な限りのスピードでペダルを踏《ふ》んだ。
これで長門がいなかったら笑ってやる。
笑わずに済んだようだ。
交通法規を真面目《まじめ》に遵守《じゅんしゅ》したおかげで、俺が駅前公園に到着《とうちゃく》したのは七時十分|頃《ころ》。大通りから外れているため、この時間になるとあまり人通りもない。
電車や車の立てる喧騒《けんそう》を背中で聞きながら俺は自転車を押して公園に入っていく。等間隔《とうかんかく》で立っている街灯、その下にいくつかかたまって設置されている木製ベンチの一つに、長門有希の細っこいシルエットがぼんやり浮《う》かんでいた。
どうにも存在感の希薄《きはく》な女である。知らずに通りかかったら幽霊《ゆうれい》かと思うかもしれない。
長門は俺に気付いて糸に引かれた操《あやつ》り人形のようにすうっと立ち上がった。
制服姿である。
「今日でよかったのか?」
うなずく。
「ひょっとして毎日待っていたとか」
うなずく。
「……学校で言えないことでも?」
うなずいて、長門は俺の前に立った。
「こっち」
歩き出す。足音のしない、まるで忍者《にんじゃ》みたいな歩き方である。闇《やみ》に溶《と》けるように遠ざかる長門の後を、俺は仕方なくついて行く。
微風《びふう》に揺《ゆ》れるショートカットを眺《な》めるともなく眺めながら歩いて数分後、俺たちは駅からほど近い分譲《ぶんじょう》マンションへたどり着いた。
「ここ」
玄関《げんかん》口のロックをテンキーのパスワードで解除してガラス戸を開ける。俺は自転車をその辺に止めてエレベータに向かう長門の後を追った。エレベータの中で長門は何を考えているのか解らない顔で一言も発せず、ただ数字|盤《ばん》を凝視している。七階着。
「あのさ、どこに行こうとしてるんだ?」
まことに遅《おく》ればせながら俺は質問する。マンションのドアが立ち並ぶ通路をすたすた歩きながら長門は、
「わたしの家」
俺の足が止まる。ちょっと待て、なんで俺が長門の家に招待されなければならないんだ。
「誰《だれ》もいないから」
ますますちょっと待て。それはいったいどういう意味であるか。
708号室のドアを開けて、長門は俺をじいいっと見た。
「入って」
マジかよ。
うろたえつつも狼狽《ろうばい》を顔に出さないようにして、恐《おそ》る恐る上がらせていただく。靴《くつ》を脱《ぬ》ぎ一歩進んだところでドアが閉められる。
何か取り返しのつかない所に来てしまったような気がした。その音に不吉《ふきつ》な予感を感じて振《ふ》り返る俺に、長門は、
「中へ」
とだけ言って自分の靴を足の一振《ひとふ》りで脱ぎ捨てた。これで室内が真っ暗だったら何を置いても逃《に》げ出すつもりだったが、煌々《こうこう》たる明かりが広々とした部屋を寒々しく照らしている。
3LDKくらい? 駅前という立地を考えると、けっこうな値段なんじゃないだろうか。
しかしまあ、生活|臭《しゅう》のない部屋だな。
通されたリビングにはコタツ机が一つ置いてあるだけで他《ほか》には何もない。なんと、カーテンすらかかっていない。十|畳《じょう》くらいのフローリングにはカーペットも敷《し》かれず茶色の木目をさらしていた。
「座ってて」
台所へ引っ込む間際《まぎわ》にそう言い残し、俺はへっぴり腰《ごし》でテーブルの際にあぐらをかいた。
年頃《としごろ》の少女が年頃の少年を家人のいない家に連れ込む理由を頭の中に巡《めぐ》らせていると、長門が盆《ぼん》に急須《きゅうす》と湯飲みを載《の》せてカラクリ人形のような動きでテーブルに置き、制服のまま俺の向かいにちょこんと座った。
沈黙《ちんもく》。
お茶を注《つ》ごうともしない。眼鏡《めがね》のレンズを通して俺に突《つ》き刺《さ》さる無感情な視線が俺の居心地《いごこち》の悪さを加速させる。
何か言ってみよう。
「あー……家の人は?」
「いない」
「いや、いないのは見れば解《わか》るんだが……。お出かけ中か?」
「最初から、わたししかいない」
今までに聞いた長門のセリフで一番長い発言だった。
「ひょっとして一人暮らしなのか?」
「そう」
ほほう、こんな高級マンションに高校生になったばかりの女の子が一人暮らしとは。ワケありなんだろうな。でもまあ、いきなり長門の家族と顔を合わさずにすんで安堵《あんど》したよ。って安堵している場合じゃないな。
「それで何の用?」
思い出したように長門は急須の中身を湯飲みに注《つ》いで俺の前に置いた。
「飲んで」
飲むけどさ。ほうじ茶をすする俺を動物園でキリンを見るような目で観察する長門。自分は湯飲みには手を付けようともしない。
しまった、毒か! ……なわけないって。
「おいしい?」
初めて疑問形で訊《き》かれたような気がする。
「ああ……」
飲み干した湯飲みを置くと同時に長門は再び茶褐色《ちゃかっしょく》の液体で湯飲みを満たした。しょうがなしにそれを飲んで、飲み終えるとすかさず三|杯《ばい》目が。ついに急須が空になり、長門がおかわりを用意しようと腰《こし》を上げかけるのを、やっとのことで俺は止めた。
「お茶はいいから、俺をここまで連れてきた理由を教えてくれないか」
腰を浮《う》かせた姿勢で静止した長門はビデオの逆回しのように元の位置に座り直した。なかなか口を開かない。
「学校では出来ないような話って何だ?」
水を向ける。ようやく長門は薄《うす》い唇《くちびる》を開いた。
「涼宮ハルヒのこと」
背筋を伸《の》ばした綺麗《きれい》な正座で、
「それと、わたしのこと」
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口をつぐんで一拍《いっぱく》置き、
「あなたに教えておく」
と言ってまだ黙《だま》った。
どうにかならないのか、この話し方。
「涼宮とお前が何だって?」
ここで長門は出会って以来、初めて見る表情を浮かべた。困ったような躊躇《ちゅうちょ》しているような、どちらにせよ注意深く見てないと解らない、無表情からミリ単位で変異したわずかな感情の起《き》伏《ふく》。
「うまく言語化出来ない。情報の伝達に齟齬《そご》が発生するかもしれない。でも、聞いて」
そして長門は話し出した。
「涼宮ハルヒとわたしは普通《ふつう》の人間じゃない」
いきなり妙《みょう》なことを言い出した。
「なんとなく普通じゃないのは解るけどさ」
「そうじゃない」
膝《ひざ》の上で揃《そろ》えた指先を見ながら長門。
「性格に普遍《ふへん》的な性質を持っていないという意味ではなく、文字通り純粋《じゅんすい》な意味で、彼女とわたしはあなたのような大多数の人間と同じは言えない」
意味が解らん。
「この銀河を統括《とうかつ》する情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース。それが、わたし」
「……」
「わたしの仕事は涼宮ハルヒを観察して、入手した情報を統合思念体に報告すること」
「……」
「産み出されてから三年間、わたしはずっとそうやって過ごしてきた。この三年間は特別な不確定要素がなく、いたって平穏《へいおん》。でも、最近になって無視出来ないイレギュラー因子が涼宮ハルヒの周囲に現れた」
「……」
「それが、あなた」
情報統合思念体。
銀河系、それどころか全宇宙にまで広がる情報系の海から発生した肉体を持たない超《ちょう》高度な知性を持つ情報生命体である。
それは最初から情報として生まれ、情報を寄り合わせて意識を生み出し、情報を取り込むことによって進化してきた。
実体を持たず、ただ情報としてだけ存在するそれは、いかなる光学的手段でも観測することは不可能である。
宇宙|開闢《かいびゃく》とほぼ同時に存在したそれは、宇宙の膨張《ぼうちょう》とともに拡大し、情報系を広げ、巨大《きょだい》化しつつ発展してきた。
地球、いや太陽系が形成される遥《はる》か前から全宇宙を知覚していたそれにとって、銀河の辺境に位置する大して珍《めずら》しくもないこの星系に特別な価値などなかった。有機生命体が発生する惑星《わくせい》はその他《ほか》にも数限りなくあったからだ。
しかしその第三惑星で進化して二足歩行動物に知性と呼ぶべき思索《しさく》能力が芽生えたことにより、現住生命体が地球と呼称《こしょう》するその酸化型惑星の重要度はランクアップを果たした。
「情報の集積と伝達速度に絶対的な限界のある有機生命体に知性が発現することなんてありえないと思われていたから」
長門有希は真面目《まじめ》な顔で言った。
「統合思念体は地球に発生した人類にカテゴライズされる生命体に興味を持った。もしかしたら自分たちが陥《おちい》っている自律進化の閉塞《へいそく》状態を打開する可能性があるかもしれなかったから」
発生段階から完全な形で存在していた情報生命体と違《ちが》い、人類は不完全な有機生命体として出発しながら急速な自律進化を遂《と》げていった。保有する情報量を増大させ、また新たに情報を創造し、加工し、蓄積《ちくせき》する。
宇宙に偏在《へんざい》する有機生命体に意識が生ずるのはありふれた現象だったが、高次の知性を持つまでに進化した例は地球人類が唯一《ゆいつ》であった。情報統合思念体は注意深く、かつ綿密に観測を続けた。
「そして三年前。惑星表面に他では類を見ない異常な情報フレアを観測した。弓状《きゅうじょう》列島《れっとう》の一地域から噴出《ふんしゅつ》した情報|爆発《ばくはつ》は瞬《またた》く間に惑星全土を覆《おお》い、惑星外空間に拡散した。その中心にいたのが涼宮ハルヒ」
原因も効果も何一つ解《わか》らない。情報生命体である彼等にもその情報を分析《ぶんせき》することは不可能だった。それは意味をなさない単なるジャンク情報にしか見えなかった。
重要なのは、有機生命としての制約上、限定された情報しか扱《あつか》えないはずの地球人類の、そのうちのたった一人の人間でしかない涼宮ハルヒから情報の奔流《ほんりゅう》が発生したことだ。
涼宮ハルヒから発せられる情報の奔流はそれからも間歇《かんけつ》的に継続《けいぞく》し、またまったくのランダムにそれはおこなわれる。そして涼宮ハルヒ本人はそのことを意識していない。
この三年間、あらゆる角度から涼宮ハルヒという固体に対し調査がなされたが、今もってその正体は不明である。しかし情報統合思念体の一部は、彼女こそ人類の、ひいては情報生命体である自分たちに自律進化のきっかけを与《あた》える存在として涼宮ハルヒの解析《かいせき》をおこなっている……。
「情報生命体である彼らは有機生命体と直接的にコミュニケート出来ない。言語を持たないから。人間は言葉を抜《ぬ》きにして概念《がいねん》を伝達するすべを持たない。だから情報統合思念体はわたしのような人間用のインターフェースを作った。統合思念体はわたしを通して人間とコンタクト出来る」
やっと長門は自分の湯飲みに口を付けた。一年分くらいの量を喋《しゃべ》って喉《のど》がかれたのかもしれない。
「……」
俺は二の句がつげない。
「涼宮ハルヒは自律進化の可能性を秘めている。おそらく彼女には自分の都合の良いように周囲の環境《かんきょう》情報を操作する力がある。それが、わたしがここにいる理由。あなたがここにいる理由」
「待ってくれ」
混乱したまま俺は言う。
「正直に言おう。お前が何を言っているのか、俺にはさっぱり解らない」
「信じて」
長門は見たこともないほど真摯《しんし》な顔で、
「言語で伝えられる情報には限りがある。わたしは単なる端末《たんまつ》、対人間用の有機インターフェースにすぎない。統合思念体の思考を完全に伝達するにはわたしの処理能力ではまかなえない。理解して欲しい」
んなこと言われても。
「何で俺なんだ。お前がそのナントカ体のインターフェースだってのを信用したとして、それで何故《なぜ》俺に正体を明かすんだ?」
「あなたは涼宮ハルヒに選ばれた。涼宮ハルヒは意識的にしろ無意識的にしろ、自分の意思を絶対的な情報として環境に影響《えいきょう》を及《およ》ぼす。あなたが選ばれたのは必ず理由がある」
「ねーよ」
「ある。多分、あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵《かぎ》。あなたと涼宮ハルヒが、すべての可能性を握《にぎ》っている」
「本気で言っているのか?」
「もちろん」
俺は今までになくマジマジと長門有希の顔を直視した。度を越《こ》えた無口な奴《やつ》がやっと喋るようになったかと思ったら、延々と電波なことを言いやがった。変な奴だとは思っていたが、ここまで変だとは想像外だった。
情報統合思念体? ヒューマノイド・インターフェース?
アホか。
「あのな、そんな話ならチョクでハルヒに言ったほうが喜ばれると思うぞ。はっきり言うが、俺はその手の話題にはついていけないんだ。悪いがな」
「統合思念体の意識の大部分は、涼宮ハルヒが自分の存在価値と能力を自覚してしまうと予測出来ない危険を生む可能性があると認識している。今はまだ様子を見るべき」
「俺が聞いたままをハルヒに伝えるかもしれないじゃないか。だからなぜ、俺にそんなことを言うんだよ」
「あなたが彼女に言ったとしても彼女はあなたがもたらした情報を重視したりしない」
確かにそうかもしれない。
「情報統合思念体が地球に置いているインターフェースはわたし一つではない。統合思念体の意識には積極的な動きを起こして情報の変動を観測しようという動きもある。あなたは涼宮ハルヒにとっての鍵。危機が迫《せま》るとしたらまずあなた」
付き合いきれん。
俺はそろそろおいとまさせていただくことにした。お茶|美味《うま》かったよ。ごちそうさん。
長門は止めなかった。
視線を湯飲みに落としたまま、いつもの無表情に戻《もど》っている。ちょっとばかし寂《さび》しげに見えたのは俺の錯覚《さっかく》だろう。
どこへ行っていたのかという母親の誰何《すいか》に生返事をして俺は自室に戻った。ベットに横になって長門の長ゼリフを反芻《はんすう》する。
あいつの言ったことをそのまま信用すると、ようするに長門有希は人類以外の、地球外生命体ってことになる。早い話、宇宙人だ。
涼宮ハルヒがあれほど熱望し、追い求めている不思議的な存在だ。
それがこんな身近にいたとは、灯台下《とうだいもと》暗しとはこれを指して言うべきだ。
……はっはっは。バカらしい。
投げ出した状態で転がっていた厚手の小説本が視界のスミに映った。栞《しおり》とともに拾い上げて、しばらく仰々《ぎょうぎょう》しいイラストの表紙を眺《なが》めて枕元《まくらもと》に置いた。
一人っきりのマンションでこんなSF本を読んでばっかりいるから、長門もけったいな妄想《もうそう》に頭を支配されるんだ。どうせ教室でも誰《だれ》とも話さず自分の殻《から》に閉じこもっているに違《ちが》いない。本なんか捨てて、表層だけの付き合いでもいいから友達を作って、普通《ふつう》に学園生活を楽しめばいいのだ。あの無表情が悪い。笑えばあいつだってかなり可愛《かわい》いと思うのに。
この本も明日突《つ》き返そうか……。まあ、せっかくだし読んでみるのもいいかな。
翌日の放課後。
掃除《そうじ》当番だったため、俺が遅《おく》れて部室へ行くと、ハルヒが朝比奈さんで遊んでいた。
「じっとして! ほら暴れない!」
「やっ……やめっ……助けてぇ!」
嫌《いや》がる朝比奈さんをハルヒがまた半裸《はんら》に剥《む》いていた。
「きゃああ!」
部室に入りかけた俺を見て悲鳴を上げる朝比奈さんだった。
超《ちょう》完全に下着姿の朝比奈さんを一瞬《いっしゅん》だけ眺めて、俺は半分以上開けかけていたドアを半歩下がって閉めた。
「失礼」
待つこと十分。朝比奈さんの可愛らしい叫《さけ》び声とハルヒの楽しそうな声の二重奏が消えた。代わりにハルヒが
「いいわよ、入っても」
そして俺は室内に入り、しかるのちに絶句した。
メイドさんがいた。
エプロンドレスに身を包み、今にも泣きそうな朝比奈さんがパイプ椅子《いす》にちょこんと腰掛《こしか》け、悲しげに俺を見てすぐにうつむいた。
白いエプロンと、裾《すそ》の広がったフレアスカートとブラウスのツーピース。ストッキングの白さが清楚《せいそ》な雰囲気《ふんいき》を抜群《ばつぐん》に演出していて非常によろしい。頭のてっぺんのレースのカチューシャと、髪《かみ》を後ろでまとめている頭の幅《はば》より大きいリボンがこれまた愛らしい。
非のうちどころのないメイド少女である。
「どう、可愛いでしょう」
ハルヒはまるで自分の手柄《てがら》のように誇《ほこ》らしげに言って朝比奈さんの髪を撫《な》でた。
それには同意出来るな。情けなさそうな表情で悄然《しょうぜん》と座っている朝比奈さんには悪いが、無茶苦茶可愛い。
「まあ、それはいいとして」
よくありません、と小声で呟《つぶや》く朝比奈さんを無視して俺はハルヒに、
「なんでメイドの格好をさせる必要があるんだ?」
「やっぱり萌《も》えと言ったらメイドでしょう」
また意味すら解《わか》らないことを。
「これでもあたしはけっこう考えたのよ」
お前の考えることは考えないほうがいいようなことばかりだ。
「学校を舞台《ぶたい》にした物語にはね、こういう萌えキャラが一人は必ずいるものなのよ。言い換《か》えれば萌えキャラのあるところに物語りは発生するの。これはもはや必然と言っていいわね。いい? みくるちゃんというもともとロリーで気が弱くて、でもグラマーっていう萌え要素を持つ女の子をさらにメイド服で装飾《そうしょく》することにより、萌えパワーは飛躍《ひやく》的に増大するわ。どこから見ても萌え記号のかたまりよね。もう勝ったも同然ね」
何に勝つつもりなんだ。
俺が呆《あき》れてものを言えないでいると、ハルヒはいつの間にかデジタルカメラを手にして、記念に写真を撮《と》っておこうと言い出した。
真っ赤になって朝比奈さんは首を振《ふ》る。
「撮らないで……」
手を合わせて拝まれようがどうしようが、ハルヒがそれをすると言えばするのである。
懇願《こんがん》むなしく朝比奈さんは無理矢理にポーズを取らされ、何度も何度もフラッシュの光を浴びた。
「ふええ……」
「目線こっち。ちょい顎《あご》ひいて手でエプロン握《にぎ》りしめて。そうそうもっと笑って笑って!」
注文をつけながらハルヒは朝比奈さんを激写する。デジタルカメラなんかどこから持ってきたんだと訊《き》いたら写真部から借りてきたという。パクってきたの間違いじゃないのか?
写真|撮影《さつえい》のかたわらでは、長門有希がいつもの場所でいつものように読書に励《はげ》んでいた。昨日、さんざん俺にデンパな話を語ったことなどおくびにも出さないそのいつもと変わらぬ様子に、俺はどことなくホッとした。
「キョン、カメラマン代わって」
ハルヒは俺にデジタルカメラを渡《わた》し、朝比奈さんへと向き直った。水辺の鳥ににじり寄るワニのような動きで小さな肩《かた》を捕《と》らえる。
「ひっ……」
身を縮める朝比奈さんにハルヒは優《やさ》しく微笑《ほほえ》みかけた。
「みくるちゃん、もうちょっと色っぽくしてみようか」
言うが早いかハルヒはメイド服の胸元《むなもと》からリボンを引き抜《ぬ》き、ブラウスのボタンをいきなり第三ボタンまで開いて胸元を露出《ろしゅつ》させた。
「ちょ、やっ……何する……!」
「いいからいいから」
なにがいいものか。
朝比奈さんはさらに膝《ひざ》に手をついて前屈《まえかが》みの姿勢を取らされる。小柄《こがら》な身体《からだ》と幼い顔からは予想も出来ない豊かな谷間が胸襟《きょうきん》から覗《のぞ》いて、俺は目をそらした。が、そらしていては写真が撮れないので仕方なしにファインダーを覗く。ハルヒに命じられるままシャッターを切りまくる。
胸を強調するポーズを取って羞恥《しゅうち》の色に頬《ほほ》を染め、泣き出す一歩前の潤《うる》んだ目でぎこちない笑《え》みを浮《う》かべてカメラに目線を送る朝比奈さんは、それはもう例えようもないほど魅力《みりょく》的だった。
やべ。惚《ほ》れてしまいそうだ。
「有希ちゃん、眼鏡《めがね》貸して」
ゆっくりと本から顔を上げた長門は、ゆっくりと眼鏡を外すとハルヒに手渡《てわた》し、ゆっくり読書に戻《もど》った。読めるのか?
ハルヒは受け取った眼鏡を朝比奈さんの顔にかけて、
「ちょっとずらした感じがいいのよねえ。うん、これで完璧《かんぺき》! ロリで美乳でメイドでしかも眼鏡っ娘《こ》! 素晴らしいわ! キョン、じゃんじゃん撮ってあげて」
撮るのに否《いな》やはないが、朝比奈さんのメイドコスプレ写真をこんなに撮影して何に使うつもりなんだろう。
「みくるちゃん、これから部屋にいるときはこの服着るようにしなさい」
「そんなあ……」
精一杯《せいいっぱい》の否定の意思表示をする朝比奈さん。しかしハルヒは、
「だってこんなに可愛《かわい》いんだもの! もう、女のあたしでもどうにかなりそうだわ!」
朝比奈さんに抱《だ》きついて頬ずりする。朝比奈さんは、わあわあ叫《さけ》びながら逃《のがれ》れようとして果たせず、終《しま》いにはぐったりとハルヒのされるがままになってしまった。
おいおい。うらやましいぞ、ハルヒ。つーか、止めろよな、俺も。
「そのへんで終わっとけ」
朝比奈さんに露骨《ろこつ》なセクハラを続けるハルヒの首根っこをつかむ。なかなか離《はな》れない。
「こら、いい加減にしろ!」
「いいじゃん。あんたも一緒《いっしょ》にみくるちゃんにエッチぃことしようよ」
グッとくるアイデアだが、たちまち真っ青になる朝比奈さんを見ていたら首肯《しゅこう》するわけにもいかないだろ。
「うわ、何ですかこれ?」
もみ合っている俺たちに声をかけたのは、入り口付近で鞄《かばん》片手に立ちつくしている古泉一樹だった。
朝比奈さんの開いた胸元に手を突《つ》っ込もうとしているハルヒと、その手を握って止めようとしている俺と、ぶるぶる震《ふる》えているメイド姿の朝比奈さんと、裸眼《らがん》で平然と読書中の長門を興味深そうに眺《なが》めて、
「何の催《もよお》しですか?」
「古泉くん、いいところに来たね。みんなでみくるちゃんにイタズラしましょう」
何てことを言いだすんだ。
古泉は口元だけでフッと笑った。同意するようならこいつも敵に回さなければならん。
「遠慮《えんりょ》しておきましょう。後が怖《こわ》そうだ」
鞄をテーブルに置いて壁《かべ》に立てかけてあったパイプ椅子《いす》を組み立てる。
「見学だけでもいいですか?」
足を組んで座りながら面白《おもしろ》そうな顔で俺を見やがる。
「お気になさらず、どうぞ続きを」
違《ちが》うって、俺は襲《おそ》う方じゃなくて助けに入ってる方だっつーの。
すったもんだん末、俺はどうにかハルヒと朝比奈さんの間に割って入り、ふらりと後ろ向きに倒《たお》れそうになる朝比奈さんを慌《あわ》てて支え、その軽さにちょっと驚《おどろ》きながら椅子に座らせた。メイド服を乱して、くたっとなっている朝比奈さんの姿は、正直な話、かなりそそられた。
「まあいいか。写真もいっぱい撮《と》れたし」
ハルヒは目を閉じて背もたれに寄りかかっている朝比奈さんの綺麗《きれい》な顔から眼鏡を抜き取ると長門に返した。
無言で受け取って何をコメントすることもなくかけ直す長門。昨日あんだけ長広舌《ちょうこうぜつ》をふるったのが嘘《うそ》のようだ。嘘だったんだろうか。それか壮大《そうだい》な冗談《じょうだん》だったとか。
「ではこれより、第一回SOS団全体ミーティングを開始します!」
団長席の椅子の上に立ってハルヒが藪《やぶ》から棒に大音声《だいおんじょう》を発した。いきなり何を言い出すんだ。
「今まであたしたちは色々やってきました。ビラも配ったし、ホームページも作った。校内におけるSOS団の知名度は鰻《うなぎ》の滝登《たきのぼ》り、第一段階は大成功だったと言えるでしょう」
朝比奈さんの精神に傷を負わせておいて何が大成功だ。
「しかしながら、わが団のメールアドレスには不思議な出来事を訴《うった》えるメールが一通も来ず、またこの部室に奇怪《きかい》な悩《なや》みを相談しに来る生徒もいません」
そりゃあ、知名度だけは無駄《むだ》にあっても、何をする部活動なのかいまいち解《わか》らないところだからな。第一、まだ部活動として認められてないし。
「果報は寝《ね》て待て、昔の人は言いました。でももうそんな時代じゃないのです。地面を掘《ほり》り起こしてでも、果報は探し出すものなのです。だから探しに行きましょう!」
「……何を?」
誰《だれ》もツッコマないので俺が代表して訊《き》いた。
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「この世の不思議をよ! 市内をくまなく探索《たんさく》したら一つくらいは謎《なぞ》のような現象が転がっているに違いないわ!」
その発想のほうが俺にとってはよっぽど謎だがな。
俺はあきれ顔、古泉の何を考えているのか計りかねる曖昧《あいまい》な笑顔《えがお》、長門の無表情、朝比奈さんのもうどうにでもしてという気力の感じられない顔。いっさい顧《かえり》みることなく、ハルヒは手を振《ふ》り回して叫《さけ》ぶ。
「次の土曜日! つまり明日! 朝九時に北口《きたぐち》駅前に集合ね! 遅《おく》れないように。来なかった者は死刑《しけい》だから!」
死刑て。
ところで朝比奈さんのメイドコスプレ写真をハルヒがどうするつもりだったのかと言うと、このアマ、デジカメから吸い出した画像データを俺が適当に作ったホームページに載《の》せるつもりでいやがったことが判明した。
俺が気付いたときには、朝比奈さんのメイド画像が一ダースばかりトップページにずらりと並び、訪問者を出迎《でむか》える準備|万端《ばんたん》、まさにファイルが電脳空間にアップロードされる寸前だった。
まったく伸《の》びないアクセス数もこうすればあっという間に万単位で回るんだと言う。
アホかい。
こればっかりは死力を決して俺はハルヒを制し、すべての画像を消去した。自分がメイド服で悩殺《のうさつ》ポーズを取っているようなあられもない画像が全世界に発信されるなんてことになれば、朝比奈さんはその場で卒倒《そっとう》するに相違《そうい》ない。
珍《めず》しく熱心に説教する俺をハルヒはじとっとした目でみやっていたが、ネットに個人を特定できるような情報を流すことの危険性を解説する俺の言葉をどうにか理解したのか、
「解ったわよ」
ふてくされたように言って、しぶしぶデリートに同意した。この際だから画像そのものをすべて消去すべきだったのかもしれないが、それはちょっと惜《お》しい。俺はハードディスクに隠《かく》しフォルダを作って、こっそり朝比奈みくる写真を格納し、パスワードで鍵《かぎ》をかけた。
俺の観賞用にしておこう。