2004年04月10日

拉致被害者から、私たちが学び損なってしまったこと

北朝鮮による日本人拉致事件に関する報道に、かなりの違和感を持っていた。
 拉致被害者達は、本当に気の毒だと思うし、早期に解決しなければならない話だとは思う。

 でも、拉致被害者という狭い話題ばかり伝えて、日本=善、北朝鮮=悪という図式を人の脳にインプットさせようとする、あまりにもわかりやすく、定着してしまう主張、記事がほとんどだったように思う。

 「拉致被害者達が日本に帰ってきたとき、ひょっとすると、日本人にも、理不尽に他の国に連れて行かれるつらさがわかるようになるいい機会かなと思ったんです。でもそうはならなかった」
と憲法学の横田耕一教授は言っていた。

 「たくさんの朝鮮人たちがかつて、日本で強制的に働かされた。筑豊の炭坑で働かされて、生きているかどうかもわからない人たち。会える可能性は薄いし、骨が見つかるかどうかさえわからない。でも、それでも、筑豊にわざわざやってきて、探しているといる人たちがいるんです」

 拉致被害者たちの報道と合わせて、このような記事も載せるべきであったように思う。だが、与党もマスコミもそうすることはなかった。

 それでいて、日本は世界のためにいいことをやってきており、今もいいことをやっているという考え方をする人たちがいる。

 相手国の要望を組み入れ、文化や立場を理解し、尊重しようとすることなしに、「いいこと」も何もないのだ。

 NHKの平野次郎さんが、
 「アメリカは、移民もたくさん入ってくる『理想の国』だ。生活も豊かであり、アメリカ人はたいてい『グリーンカードをとって、アメリカ人になりなさいよ』と言う。でも、相手の国の文化や風習には興味を持たずに言っていて、世界中がアメリカのようになったらいいなあと考えている、困ったおせっかいな国や人たちでもあるのだ」

 アメリカの方針に追随していく日本が、だんだんと『困ったおせっかいな国』だと思われてきて、ある勢力からの標的とされ始めている。

 そりゃあ、支配しようとする人たちが、支配される側にとって、ちっともいい思いをさせてないということはないだろう。
 でも、支配される国や人々にとっては、勝手に自分の価値観を押しつけ、従わせようとする困った国という場合もあるだろう。
 国益がどうのこうのという話もあろう。でも、とばっちりを受けるのは個人なのだ。
 
 なぜ、拉致事件について、日本もかつて、それに近いことをやったことがあり、その人数は比較にならないほど多いことや、その余波で、今もなお苦しんでいる人たちがいるということを重ね合わせる機会だととらえることができないのだろう。

 「中国、韓国でも、愛国心を育てる教育に力を入れ始めているんです」と横田教授は言う。
 日本も、中国や韓国も、どっちもどっちである。
 
 でも、それは、私達が、自国の人が受けた悲しみやつらさを、他国の人が受けたそれと重ね合わせることができない、とても非寛容な国だというメッセージを日本が発してきたのと無関係ではないと思う。

Posted by Jun Rajini at 13:07│Comments(0)TrackBack(0)作文

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右翼は朝鮮半島や中国に反発を持っていると思われがちですが、案外、一番そうでないかもしれません。
反米趣味【反米趣味】at 2004年04月10日 14:46
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