現在位置:asahi.com>社説

社説天声人語

社説

2008年03月28日(金曜日)付

アサヒ・コム プレミアムなら社説が最大3か月分
アサヒ・コム プレミアムなら朝日新聞社説が最大3か月分ご覧になれます。(詳しく)

首相の決断―小沢代表が応える番だ

 ようやく福田首相が動いた。年度末まであと4日というぎりぎりのタイミングで、道路特定財源についての新しい譲歩案が出てきた。

 新提案の主な内容はこうだ。

 特定財源は08年度をもって廃止し、09年度からは一般財源とする。「10年、59兆円」という道路整備の中期計画は、5年計画として新たに作り直す。与野党協議会を設け、一般財源としての使い道などを話し合う――。

 民主党などにとっては、廃止を主張してきたガソリン暫定税率の取り扱いが明確でない点などが不満だろう。日銀総裁人事と同様、期限切れ直前の提案だ。なぜもっと早く打ち出せなかったのか。私たちもそんな思いを禁じ得ない。

 だが、首相が道路特定財源を廃止すると言い切ったのは画期的である。野党が提案を受け入れなくても実施する、と明言したことの意味は大きい。

 思い起こせば、そもそも一般財源化は小泉元首相が掲げた旗だった。自民党内の反対を押し切って郵政民営化を実現させた小泉氏にして、族議員の抵抗から先送りを余儀なくされた難題だ。安倍前政権でも難渋した。

 そんな長年の課題を、道路族議員らの後押しで首相の座に就いた福田氏が「やる」と宣言した。党内がそれをすんなり認めるかどうか疑問は残るが、歴史的な決断と言えるのではないか。

 前2代の政権と違って、首相は道路問題ではすっかり改革意欲を失ってしまった観があった。それをここまで押し込んだのは、民主党をはじめとする野党の力があったればこそである。

 道路関係職員のレクリエーション費や費用丸抱えの職員旅行……。そんなあきれるばかりの支出を、野党は次々と国会で暴いていった。特定財源のずさん極まる使われ方が世論を動かし、首相を追い詰めていったのは間違いない。

 参院で過半数を握る野党の「数の力」が大きかったにせよ、自民党政権の基本政策を変更させた国会論戦の成果は誇っていいものだ。

 そうは言っても、暫定税率は生き残るではないか。民主党は早くも、その点で新提案は受け入れられないとしている。

 だが、国と自治体の苦しい台所を考えれば、2.6兆円もの税収が消えてしまうのは大きな痛手だ。ガソリン代はまた上がるのか、税収はあてにできるのか、消費者や自治体は混乱せざるを得ない。それを考えれば、08年度は暫定税率を維持するのが現実的だ。

 むしろここは、09年度からの環境税への模様替えなどを念頭に、与党との具体的な政策協議に入るべきだ。

 特定財源の廃止をどう担保するか。暫定税率はどう見直していくか。31日までの間に与党側と詰め、言質をとるべき点はほかにもたくさんある。

 国民の生活を混乱させないため、今度は民主党の小沢代表が決断する番だ。

豪雨被害―仕方ないでは済まない

 水害について裁判所の壁はやはり厚かった。だが、予想しにくい災害だからといって、行政に責任はないのだろうか。

 00年の東海豪雨で堤防が決壊して大きな被害を受けた住民が、国や愛知県を相手に起こした訴訟で、名古屋地裁は住民の訴えを退けた。行政は計画的に河川の整備を進めており、異常な豪雨で被害が出ても責められないというのだ。

 この論理は、大阪の大東水害訴訟で最高裁が1984年に打ち出したものだ。その後、ほとんどの水害訴訟の判決で同じ論理が使われている。

 だが、今回も現場を見れば、行政の対応が十分だったか疑問がわいてくる。

 東海豪雨では、愛知県を中心に7万5千戸が浸水し、10人が亡くなった。

 このうち訴訟になった堤防の決壊は新川でのことだ。この川は約200年前に尾張藩が造った人工河川である。名古屋市街地寄りのすぐそばに、大きな庄内川が並行して流れている。

 庄内川の堤防の一部は低くなっている。洗堰(あらいぜき)といわれるもので、水位が高くなると、そこから水が新川に流れ込む。名古屋城下を守るための知恵だった。

 東海豪雨の夜もこの仕組みが働いた。すでに満杯状態だった新川に水が流れ込み、堤防の決壊に至ったようだ。

 新川で水がいくらあふれても、江戸時代なら想定内のことだったろう。当時は田畑が広がっていたからだ。

 だが、いまや住宅の密集地である。高さ2メートルもの濁流が街をのみ込み、1万8千戸が水につかった。

 水害の真の原因は、遊水地を市街化区域にした戦後の都市計画の失敗だ。とはいえ、何万人もの街をいまさら移転させることはできない。そうだとすれば、被害を抑える対策を急ぐべきだった。

 東海豪雨の後、国や県は5年の突貫工事で川を掘り下げ、下流の堤防を強化したうえで、洗堰をまず半分閉じた。「700億円の投資で5500億円の被害を軽減」と国土交通省は白書で誇る。それなら、なぜもっと早くできなかったのか。そう住民が怒るのも無理はない。

 国の治水予算は年々減っている。そんな中では、完全な堤防やダムに長い時間とカネをかけるよりも、危ない場所を選んで効果的な手を打った方がいい。

 とりわけ都市水害は川の中の工事だけでは追いつかない。遊水地に水をためたり、地下に浸透させたりする工夫をしなければならない。さらに、水害の恐れのある場所には家を建てさせないといった規制を強める必要もある。

 折しも、利根川の堤防が決壊した場合の被害想定が中央防災会議でまとまった。首都圏の広い範囲が水浸しになり、最悪の場合、6300人が死亡したり、マンションなどで110万人が孤立したりするというのだ。

 予想を超えた豪雨だから仕方がない、と言う前に、国や県がなすべきことはたくさんある。

PR情報

このページのトップに戻る