平安美を象徴する「あえか」という言葉。辞書には「美しくはかなげなさま」とある。漢字から生み出された繊細で気品ある仮名書は、「あえか」を踏まえた美である。
岡山県書壇初の文化功労者となった仮名書家の高木聖鶴さんは、平安時代の優れた古筆の臨書を通して、その美感を体の中に染み込ませた。同時に中国の漢字書にも精通し、優美さと鋭さを兼ね備えた独自の書風を打ち立てる。
高木さんの到達した世界を振り返る特別展が岡山県立美術館で始まった。ダイナミックな墨線が躍動する屏風(びょうぶ)、王朝美そのままに流麗な細字が連なる巻子(かんす)…。「書は両極の美の追求」の持論通り、一作ごとに表情が変わり、みやびで格調高い書業が会場を包み込む。
スピード感あふれる筆運びは、生まれ育った吉備(総社市)の豊かな自然の中で身に付いたものという。鳥や魚、虫の瞬間の動きをつぶさに観察し、無意識のうちに目に焼き付けてきた。
「一生の間不足不足と思いて…」。「葉隠」の一節を書き写した作品が目についた。「先人の境地に達するには二百年は修業しなければ」と高木さん。飽くなき探求心は今も衰えない。
余白の美、料紙との調和など書の楽しみ方はさまざまだ。書の奥深さ、書に注ぐ作家の美意識をじっくり味わう好機である。