◇ポイント◇
- デグーは訓練で、道具を使い餌をとることを学び、道具の機能も理解
- 道具を使う能力は、人間やサル、カラスに限定されず、一般的な能力で獲得
- ヒトの高次認知機能を分子レベルで解明する齧歯類モデルを確立
独立行政法人理化学研究所(野依良治理事長)は、ネズミ(齧歯類:げっしるい)の一種であるデグーを訓練し、道具を使って餌をとる行動を起こさせる実験モデルの確立に成功しました。この実験モデルを用いることにより、ヒトの高次な認知機能と密接に関連する道具使用行動の脳内メカニズムを、分子レベルまでさかのぼって解明する研究を推進することができます。本研究は、理研脳科学総合研究センター(甘利俊一センター長)生物言語研究チームの岡ノ谷一夫チームリーダー、象徴概念発達研究チームの入来篤史チームリーダーおよび時本楠緒子基礎科学特別研究員らの共同研究による成果です。
研究グループは、デグーを段階的に条件づけして、遠くにある餌を熊手の形をした道具で取るように訓練しました。はじめに、熊手の内側に餌を置き、まっすぐ引くことで餌をとることを訓練しました。次に、餌の位置を徐々に離して、熊手を横方向にも動かさなければ餌がとれないような状況で訓練を続けました。最後に、餌を熊手の遠方に置き、熊手をいったん餌より先に置いた上で、それから引き戻すように訓練しました。その結果、十分訓練したデグーは、ぐるりと円を描くような合理的な操作で餌をとるようになりました。その後、これまで使ったことのない色や大きさの熊手を与えたところ、デグーはそれらをすぐに用いて餌をとりました。また、熊手の歯を浮かせて餌をひっかけることができないようなものと通常の機能的な熊手とを与えると、機能的な方を選びました。これらのことから、デグーは、熊手の外見からその機能を推測して適切な熊手を選ぶことができるようになっていることがわかりました。
この研究から、道具使用は、ネズミでも備えている、基本的な認知機能の組み合わせだけで可能な行為であり、サルやヒトのみが持っていると仮定されるような特別な脳機能は必要ではないことがわかりました。道具使用の脳内機構を探る研究は、これまで霊長類であるニホンザルなどを対象として進められてきましたが、訓練期間・コストの問題などにより、分子生物学的な技術を応用して脳内機構を探るには限度がありました。今後、実験で扱いやすいネズミを道具使用のモデル動物として使用することで、道具使用に代表される複雑な認知機能が脳でどのように可能となるのかを分子レベルで解明する研究を推進することができます。
本研究成果は、米国の科学雑誌『PLos ONE』(3月26日号)に掲載されます。
1. |
背景 |
道具使用行動は、人間とサルやカラスなど一部の動物のみが持つ特別な能力なのでしょうか? ヒトは、いつから、どうやって道具を使えるようになったのか、道具を使うために必要な脳のメカニズムはあるのか、これらの謎はまだ解明されていません。これまで、ニホンザルなどを対象とした研究が行われてきましたが、研究グループは、道具使用の脳内機構を解明するためには、実験で扱いやすい齧歯類(ネズミ)を道具使用のモデル動物として確立する必要があると考えました。
研究で用いたデグーは、アンデス山脈に棲む、体長が約12センチ(尻尾の部分を除く)、重さが約200グラム程度の大きさの齧歯類です。後ろ足で立ち上がった状態で器用に前足を使うことに加えて自発的な入れ子操作※1を行うことから、道具を使用する可能性があると考えました。そこでデグーに熊手型の道具を与え、それを用いて手の届かない場所にある餌をとれるかどうか、また熊手を道具と認識できるかどうかについて検討しました。 |
2. |
研究手法と成果 |
研究グループは、6匹のデグー(オス4匹、メス2匹)に対し、幅が3センチメートル、長さが4センチメートル、重さ2.1グラムのデグーサイズの樹脂製のT字型熊手を用いて、手が届かない場所にある餌をとらせる訓練を約60日間行いました。訓練には、入來チームリーダーが開発したニホンザルの訓練方法を応用し、段階的に条件づけする方法を用いました。
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3. |
今後の期待 |
本研究は、道具を使えるとは考えられていなかった齧歯類が、訓練すれば道具を使えるようになることを示した世界で初めての報告です。道具を使う動物として、チンパンジーやカラスなどが知られていますが、ネズミがこのような熊手を使うことは想像すらされていませんでした。これまで、野生のデグーが道具を使うという報告はありませんが、今回、研究グループは、飼育下のデグーに道具を使って餌をとらせる訓練に成功しました。これにより、これまで道具を使うことなどないと考えられていた種でも、訓練により道具を使うようになる可能性が示されました。
ヒトの高次な認知機能と密接に関連する道具使用行動には、特別な脳機能が必要であると考えられていたことから、これまでは主に霊長類を対象とした研究が進められてきました。特に、脳内機能を調べる研究ではニホンザルが用いられてきましたが、動物の確保や飼育コストなどの問題があるため、分子生物学的な技術を用いた研究には限界があります。今後は、齧歯類など他の動物種を用いることにより、道具使用に代表される複雑な認知機構が脳でどのように可能となるのかを、分子レベルで解明する研究が推進できます。研究グループは、デグーにおける道具使用の脳内機構を分子レベルで解明し、ヒトの脳機能解明につなげることを目指しています。
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(問い合わせ先) |
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独立行政法人理化学研究所 |
脳科学総合研究センター 生物言語研究チーム |
チームリーダー 岡ノ谷 一夫(おかのや かずお) |
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Tel | : |
048-467-7502 |
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Fax | : |
048-467-7503 |
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脳科学総合研究センター 象徴概念発達研究チーム |
チームリーダー 入來 篤史(いりき あつし) |
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Tel | : |
048-467-9637 |
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Fax | : |
048-467-9645 |
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脳科学研究推進部 宮澤 憲弘(みやざわ のりひろ) |
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Tel | : |
048-467-9596 |
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Fax | : |
048-462-4914 |
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(報道担当) |
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独立行政法人理化学研究所 広報室 報道担当 |
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<補足説明>
※1 |
入れ子操作 |
大きさの異なる容器を順番に重ねる行動で、定位操作の一種。物体を道具として使用できる段階にいたる上で不可欠な条件とされている行動である。

写真 入れ子操作を行うデグー
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図1 デグーの道具使用訓練 |
A: |
訓練段階。Level 1では熊手をまっすぐに引くこと、Level 2aでは引く前に横方向に移動させること、Level 2bでは前に押し出すことが要求される。 |
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B: |
最初、デグーは報酬を引き寄せることに失敗したが(1,100ms)、すぐに熊手を前に押し戻し、2度目は、注意深く位置と角度を調整することで(2,000-3,200ms)、報酬を手に入れることに成功した(3,500ms)。 |
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ms(ミリ秒)=1,000分の1秒 |
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図2 道具の動かし方の変化 |
A: |
道具を前に出せるようになった頃の、道具先端中心部の軌跡。デグーはしばらくの間餌の周りで熊手を動かしていたが、餌をとることはできなかった。 |
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B: |
上達していく過程を示した。道具の操作を獲得しつつあるmiddle1( )ではまだぎこちないが、middle2( )からlate( )にかけて軌跡が滑らかになり、合理的な引き方ができるようになったことがわかる。 |
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(*がエサで、 は熊手を最初に置いた位置、●が軌跡の始点、▲が動きの方向と行動の終了地点を表す。) |
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図3 テストに用いた熊手 |
A) 反転テスト |
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訓練とは異なり、熊手を持たせた状態で新しい餌を置いていくと、デグーは72.5%の確率で自ら熊手を移動させて餌をとることができた。 |
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B)般化テスト |
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デグーが見たことのない熊手を2種類用い、新奇な熊手であっても訓練と同じように使えるかどうかを調べた。デグーはいずれの熊手も訓練と同じように使うことができた。 |
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C)、 D) 機能テスト |
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訓練で用いた機能的な熊手と、歯の一部が欠けているため、餌を引き寄せることができないニセ熊手を同時に見せ、どちらを選んで使うか調べた。デグーは機能的な熊手を選ぶことが多かった。 |
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E) 選好テスト |
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訓練で用いた機能的な熊手と見たことのない機能的熊手を同時に見せ、どちらを選ぶかを調べた。デグーは両方をほぼ同じ割合で用いた。 |
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