メッセージは、センスよりも戦略性!

佐藤義典コラム38

佐藤 義典(2008-03-26 11:30)
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 このコラムでは、タイトル通り、身近なニュースを使ってマーケティングを考えていく。すでによく知られたニュースについて(それについて擁護も非難もする気はない)、マーケティング的な解説・切り口を説明することを目的としている。


「裁判員参上!」

 来年から話題の裁判員制度が始まる。裁判員制度をPRするため、法務省が庁舎のフェンスに看板を設置した。今回は裁判員制度の内容についてではなく、この看板について検討したい。

【看板の写真はこちら】
http://sankei.jp.msn.com/photos/affairs/trial/080325/trl0803251419010-p1.htm

 横長の看板で、そこに書いてあるメッセージは

裁判員 参上!
平成21年裁判員制度スタート

と赤字で大きく書いてあるシンプルなものだ。

 それに対して、鳩山邦夫法相が

 「センスが悪い。市民感覚のない下手くそな文章を作ったなと思う」

と言ったという。法相として無責任だ、というご意見もあろうが、それも今回はスルーする。

 とりあげたいのは、「センスが悪い」という発言だ。「センスが悪い」発言の善し悪しはともかく、そう言われた法務省の担当者は一体どうすればよいのか? 「センスが悪いと言われても……私はセンスが良いと思うんですが。どんなコピーなら「センスが良い」んですか?」と法相に聞きたくなるのではないだろうか?

 「センスが悪い」というからには、どのようなものがセンスがよくて、どのようなものならセンスが悪いのか、発言者は定義する必要がある(細かい話は私は知らないので、もしかしたら法相はすでに法務省に説明しているのかもしれない)。

 「センス」は強引に訳せば「感覚」だ。センスの善し悪しをきちんと定義できなければ、単なる個人の感覚という「好み」の問題になる。そうなると、「では法相のお好みは?」ということになり、客観的な基準は無く、「オレが良いと思うモノは良い」という恣意的な意思決定になってしまう(それで良いというのなら話は別だが)。そして、またコピーを作る人の「センス」で修正し、そしてそれを評価者の「センス」で評価する、ということが果てしなく続いてしまう。


センスの問題ではない、戦略の問題

 実は、私もこの「裁判員 参上!」というキャッチコピーにはあまり賛成できない。結論においては法相に賛成する。

 しかし、これは「センス」だけの問題ではない。メッセージの戦略、さらに言えばその上位概念であるマーケティング戦略の問題だ。メッセージを発するからには、「何か」を伝えようとしているはずだ。その「何か」は何か? メッセージの目的は何か、ということを考える必要がある。この「裁判員 参上!」は、その点が欠けているのだ。

 「裁判員 参上!」 というメッセージは、そもそも何も伝えていない。「裁判員制度が始まる」ということすら伝えていない。この看板で一番伝えたい事は何か、そもそもメッセージの「目的は何か」と考えるのが、メッセージの戦略だ。法務省は、まず戦略から考えるべきだったのだ。

 例えば、「裁判員制度」という制度名称の認知を上げたい、ということであれば、「裁判員 参上!」ではなく、「裁判員制度、始まる」で良い。来年(2009年)から始まる、ということが伝えたければ、「2009年、裁判員制度始まる」にすればよい。この場合は2009年、という文字が大きく強調されるだろう。

 また、裁判員制度の詳細をHPで見て欲しい、という場合には、「裁判員制度の詳細はwww.xxxxxx.comから」というURLを載せたり、携帯電話で見られるのならQRコードを載せておけばよい。

 さらにさらに、裁判員制度の名称や制度はすでに新聞などでよく知られているが、その導入意義やメリットが伝わっていないのが問題だ、と考えるのであれば、「裁判に国民の視点を入れる裁判員制度」や「よりわかりやすい裁判に」など、裁判員制度のメリットを訴求するメッセージにすべきだろう。

 つまり、「何を伝えたいか」という目的によって、何をどう言うべきかが全く変わるのだ。さらに言えば、この庁舎の前を通る人しかこの看板は見ないので、庁舎の前を通る人はどういう人か、という「ターゲット特性」「看板の媒体特性」まで考える必要がある。

 このような看板のキャッチコピーなどは、だから「センス」(つまり「感覚」)だけで作って良いものではないのだ。センスの前に、「戦略」、つまり何を伝えるべきかという意図が必要なのだ。センスが良いコピーに越したことはないが、センスの善し悪しは、戦略の後であって、先ではない。

 看板のコピーに限った話ではないが、このようなコピーを考えるときにすべきことは、

・誰に
・何を
・どのように伝えるか

という、まさにマーケティングコミュニケーションを考えることなのだ。

 今回、たまたまこのような記事が大きく出たから取り上げたが、実はこのような「センスが悪い」「どう悪いんだ」という話は私たちの周りでもよく出てくる。マーケティングにおいては、広告主(広告を出すスポンサー)が、制作物(いわゆるクリエイティブ)を提案してきた広告代理店に対して、よく発する言葉だ。

 広告制作者(クリエーター)も、もちろん「センスが良いと思っているもの」を提案しているわけだから、「あなたがこの広告のセンスが悪いと思うのは、あなたのセンスが悪いんだ」「いや、センスが悪いのはそっちだ」という不毛な水掛け論になる。センスの善し悪しは不要とは言わないが、まず最初にすべきチェックは、「戦略的か」、つまり、定義された目的を果たすメッセージを伝えているか、ということなのだ。


たかが看板、されど看板

 たかが看板ではあるが、されど看板だ。看板にどのようなキャッチコピーをいれようが、看板の制作費はそう変わらない。看板の制作に税金を使っているのだから、効果が高い方が良いに決まっている。だから、公務員だからと言ってマーケティングは考えなくてよい、ということにはならないのだ。

 つまり、このような看板を作る人も、「マーケティング」を知っているメリットがあるのだ。マーケティングを「マーケター」だけのものにしておくのはもったいない。そして、マーケティングとは、必ずしもモノの売買だけで起きているのではなく、このように私たちの身の回りで起きている。

  ◇

 さて、このコラム、「身近なニュースで鍛えるマーケティング脳」は、今回で終了となるが、このコラムを通じて伝えたかったメッセージが、まさに

・マーケティング的な発想は、マーケターでなくとも役に立つ
・マーケティングは身の回りで起きている

ということだった。だから、最後のトピックにはこの話題を選んだ。OhmyNewsの中では創刊当初からの息の長い連載であり、ここまでお読みいただいた方には感謝させていただきたい。私のメッセージが伝わったのであれば、これ以上の喜びはない。

 なお当コラムはこれで終了するが、私の連載は衣替えして続く。ビジネスのキャリアをマーケティング戦略の観点から考える新コーナーが次号からスタートするので、そちらもぜひ、ご愛読いただければと思う。


●参考資料
産経ニュース(2008年3月25日)
http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080325/trl0803251419010-n1.htm


〔さとう・よしのり〕 早稲田大学政治経済学部卒業後、NTTで営業・マーケティングを経験後、MBAを取得。外資系メーカーのブランド責任者、外資系マーケティングエージェン シー日本法人の営業チームヘッド、コンサルティングチームのヘッドなどを歴任後、2006年、マーケティング戦略を中核とするコンサルティング会社、ストラテジー&タクティクス株式会社を設立、代表取締役に就任。コンサルティングとわかりやすい実戦的な研修に定評がある。著書は「マーケティング戦略実行チェック」(2007年日本能率協会マネジメントセンター)、「ドリルを売るには穴を売れ」(2006年青春出版社)、「図解実戦マーケティング戦略」(2005年日本能率協会マネジメントセンター)など。読者数1万6000人の人気無料マーケティングメルマガ、売れたま!の発行者としても知られる。


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