大病院の外科に勤めるベテラン医師。穏やかで、おごらず。小さな酒場のカウンターでつかの間の休息を取りながら、いつも「あれでよかったのか」と自問している。
反省のテーマは、患者やその家族への対応。医者は不足し、患者は増え続ける今の日本。救急病院にでもなっていれば医者の忙しさは人気アイドル並みで、1人の患者にかけられる時間は数分というのが実情だ。
その数分は、医学用語を説明するだけであっという間に経[た]ってしまう。患者は「はい」とうなずくものの、実はよく理解できていない。プロが何年もかけて学んだ知識。分からなくて当たり前だが、不安はやがて医師への不信となる。
そんな医療者と患者の心の距離を縮める活動が、少しずつ日本に広まっている。各地で立ち上がった患者の会。高松市の蓮井浩美さん(42)が呼びかけて、昨年6月に始まったおしゃべり会もその一つだ。
会には、がん患者と家族が集まる。中心にはボランティアの医者と看護師。白衣の着用は禁止。ラフな雰囲気の中で、患者は病室では聞けなかった質問をぶつけ、医者の口からは医療の限界や反省、身内の病の話も飛び出す。
夫がかかった病院の対応に不満を持ち、すがる思いでアクセスしたネットで、アドバイスと励ましをくれた東京の医者に人生を救われたという蓮井さん。「“神の手”も大事。でも心はもっと大事」。
人の世はコミュニケーション。本音をぶつけ合う誠実なおしゃべりが、命を救うこともある。